吾が邪悪の地 《 聖愚者の物語 》 甲斐大策
比較的最近、新聞の三面記事に載っててびっくりさせられてしまったアフガン主義者・甲斐大策。出火という災難だったのだけど、本人は無事、アトリエは全焼ってことだった。その後も、元気にあっちこっちに出没してるらしく、その内、新作小説も読めるのかも知れない。その彼の、2003年の短編集。
アフガン国境と隣接したパキスタン北西辺境州の州都そしてまたガンダーラ文化の中心地でもあった古都ペシャワール。
ペシャワール鉄道駅を挟んで旧市街と対峙するように位置した英国植民地以来の新市街。旧市街から伸びたサダル通りにはグリーン・ホテルやGPO(中央郵便局)、新聞社なんかが軒を連ね、バックパッカーの溜り場として有名だったカイバル・ホテルの裏側あたりからサダル・バザールの小さな界隈が拡がっていた。サダル通りの比較的大きなアフガン・カーペットやハンディークラフト・ショップと相違して、小さなアフガン・ショップばかり。
大抵がアフガン戦争による難民で、かつてはソ連軍侵攻とその後の内部紛争によって、更に現在まで至る米軍・アルカイダ=タリバンのこれ見よがしな相克戦によって出国を余儀なくされた人々が異郷で生活の糧を獲るためのなけなしの生業といったところなんだろう。場所はちょっと違うが、カブールにあった書店すらが引っ越してきていた。
そんなサダル・バザールの一角で、祖父と共に、小さなアフガン・カーペット屋を営んでいたヤワーズィ。やがて祖父が亡くなり、結局二十年近く異郷の地ペシャワールで過ごした。 将来に明るい展望がいよいよ望むべくもなくなってしまったからか、あるいは長年の念願だった“ 帰郷 ”なのか・・・ヤワーズィは、国境を越え、郷里カブールのショロ・バザールへと戻ってきた。
長い騒乱・戦争で破壊され尽くしたかつてカブール一の賑わいをみせていたショロ・バザール。しんしんと冷え始めた夜半、以前自分たち家族が住んでいた家のあったと覚しき跡地に一人坐し、すつぽりツァーダル(薄手の携帯用毛布あるいは肩掛け)に全身を包んだまま、ラジカセから流れる十二歳の時界隈の結婚式で見て以来聴き続けてきた国民的人気歌手サラハングの《 ジャネ・ハラーバタム 》にじっと耳を傾けた。
清濁混淆した汚泥の濁流・・・人間世界を凝縮したものとして自身の生まれ育ったショロ・バザールを唱ったこの曲に身をゆだねている内、かつてのショロ・バザールの隣人達の顔々が次から次へと熱い息吹をもって浮かびあがってくる。
一筋、頬を涙が伝い落ちてゆく。
既に冷たくなりつつあったヤワーズィの最後の陶然とした熱い一瞬だったのか、あるいは歩き疲れた果ての束の間の微睡み夢うつつ。
やがて、一人の老人が驢馬を引きながらやってきた。
地面に坐したまま身じろぎもしない男に気がつき、身に纏ったツァーダルから流れてくるサラハングの《 ジャネ・ハラーバタム 》に、ふと、老人は悟ったかのように呟く。
「・・・もしかしてあんた、ヤワーズィじゃないか、・・・おい!」
正に、英国・ソ連・米国によって連綿と蹂躙されてきたアフガンの近代史。
こんなショート短編が四十数篇。
《ペシャワール会》の会報に十数年間連載してきたショート短編作品集らしい。
同じく会報に掲載されてきたらしい表紙絵やイラストも一部載せられている。イスラム風のこだわりをみせた装幀も、正に甲斐大策ワールド。
《 聖愚者の物語 》 甲斐大策 (石風社)2003年
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