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2015年11月21日 (土)

腐ったら,負け ; HKT成長記

Hkt
 
 ( いつの時代でも、アイドルは・・・) 

 

 以前、TSUTAYAで、AKB48のドキュメント《 The Time Has Come 少女たちは、今、その背中に何を思う 》を借りて観たことがあった。一世を風靡したアイドル・グループの娘たちの悲喜こもごもをうまく構成してあって、結構面白く観させて貰った。
 そのAKB本家から、故あって、都から遥か遠い辺境、九州・博多に島流しされ、平成の菅原道真と喧伝され、更に、《 AKB48総選挙 》で堂々一位の座を獲得し、本家菅原道真をも超えてしまって、すっかり伝説の寵児にすら成りおおせてしまった指原莉乃の、陣頭指揮に立って、アイドル王国と謂われているらしい博多から、群雄割拠する列島どころか、アジアをすら射程に入れて精力的活動を展開している博多HKT48。
 
 結成当時の平均年齢13.8歳、AKBグループ内で一番若かった。
 その彼女たちのアイドルとしての、それは又、平成末を活きる一人一人の人間としての“成長記”が出版された。
 
  《 腐ったら,負け ; HKT成長記 》

  最初は気づかなかったが、よく見ると小さく“ 著・篠本634 ”とある。
 てっきり、AKB48運営の専属スタッフが書いているものと思い込んでいた。
 はじめて見る名前で、ネットで調べてみると、“アイドル・ライター”とか“おたくジャーナリスト”って肩書きのライターのようだ。
 HKTのメンバーにかなりインタビューしたのだろう、彼女たちの生な思いや声が吐露されていて興味深く、下手な小説読むよりよっぽど面白かった。 

 尤も、この篠本634氏、ネットで検索してみると、《 週刊プレイボーイ 》誌上の記事(『ガチ予想』)らしい巻頭の部分が掲載されていて、6月に開催された《 AKB48選抜総選挙 》の一位予想で、誰かが推(お)しらしい柏木由紀を持ち上げると、光文社の青木宏行氏が、「昨年はまゆゆ(渡辺麻友)が1位を取って念願が叶ったんで、“そうなると”、今年は柏木由紀しかいない」、なんて訳の分からぬ論理を展開して追従し、更に件の篠本634なるライター氏も、彼女の兼任先の大阪NMBや新たな兼任先となった新潟NGTのファンの票まで期待できるんで柏木由紀しかいない、とぶち挙げたのだけど、しかし、実際問題として、その当時であっても、やっぱし、一位は指原莉乃とまゆゆ(渡辺麻友)との一騎打ちってのが相場。後は、名古屋SKEの松井珠理奈が今回不出馬の松井玲奈の票をどれだけ取り込めるかで可能性もありえたってところじゃなかったろうか。
 
 つまり、AKB48とかなり係わりをもっていたライターってことが分かった。
 勿論、彼が個人的に出したものじゃなく、“トータル・プロデューサー”秋元康と奥付にあるようにあくまでAKBのオフィシャルな出版物ってことだ。だからこそのメンバーの全面協力も得られたのだろう。だから、サシハラが移籍し間もなく起こった、メンバー5人が特定ファンとのあるなりゆきが発覚し“活動辞退”つまり処分されてしまった事件なんかの経緯や詳細なんかには触れてない。


 ぼくが一番興味をもったのは、この手のアイドル・グループ、とりわけAKBの定番、センターのポジション巡ってのメンバーたちの心のゆらぎ。ところが、想像していた以上に振幅が大きかった。


 2012年の秋になって、AKBのCDのカップリング曲の一つとして、ようやく初オリジナル曲を貰えた。《 初恋バタフライ 》という如何にも彼女たちにふさわしい初々しさに溢れた曲だった。只、当然一期生の中から、センターともども選ばれると思い込んでいたメンバーたちの意表をついて、新たにたった数ヶ月前にオーディションで採用されたばかりの二期生たちの中から3人も選ばれ、更に肝心のセンターには、秋元康が“十年に一人の逸材”として賞賛してやまなかった二期生=研究生のまだ小学生だった田島芽瑠が抜擢されれてしまった。
 それまでセンター的ポジションにいた児玉遥(はるっぴ)や、同年の総選挙唯一でランクイン(47位)した宮脇咲良(さくら)を差し置いて。


 「 宮脇 『 結局、はるっぴは泣きすぎちゃって、そのままレコーディング(《 初恋バタフライ 》)できなかったんです・・・・・・私もショックで声が出なくなっちゃって。・・・・・・後日、再録になってしまって。
 スタジオから出たら・・・そこで、さっしー(指原莉乃)を囲んで1期生たちがみんな泣いてました。なんていうか、そのみんなの姿は“壮絶”でした。』」


 「 田島『 正直、選抜に入ったのでさえビックリだったのに、“えー?”って思いました。・・・・・・1期生さんも泣いてる人もいて・・・・あまり見られなかったです。ずっと下を向いて、床を見てました。・・・・・・なんか1期生と2期生の間に挟まれてる感じです。1人、孤独でしたね 』」

 そして翌年初春、念願のデビュー・シングルの選抜が発表された。
 二期生の3人を含めて同じ顔ぶれ。センターも田島芽瑠。
 

 「 児玉「 『 もう、あの時は本当に気持ちが荒れていました。正直、今だから言えますけど・・・頭の中で“ デビューシングル、出なければいいのに ”って・・・・・・』」


 「 田島『 ・・・“ さすがにありえない ”って思いました。だってデビューシングルですよ。・・・・・・“ なんで ? なんでまた私が”って。もうプレッシャーがすごかったです。正直、あの頃って笑ってる記憶がないです。』」

 オーディションの時から既に“ キラキラオーラ ”(同じ二期生たちが感じた印象)を発していた天真爛漫なはずの田島芽瑠ですらが、孤絶的ぐらいにプレッシャーを覚えていたとは、当時YOU TUBEなんかにアップされていたニコやかな映像からは、想像すらできなない。舞台の上、カメラの前では愛くるしく微笑んでみせる芽瑠や他のメンバーたちであっても、心の内では鬱々悶々としていたってことか。
 尤も、当時、彼女たちのパフォーマンスの映像なんかを観てると、彼女たちの想いとは別に、芽瑠(曲によっては美桜と並んで)のすぐ両脇後に児玉と宮脇が控えている図は決して悪くないむしろ華やかな布陣で、ぼくは気に入っていた。
 やがて何枚目かのシングルの時になって、やっと宮脇はまゆゆ( 渡辺まゆ )と二人でAKBのシングルでダブル・センターに、児玉はHKTのシングルのセンターに抜擢されたのだけど、その頃には、もう二人ともセンターにそれほど執着することはなくなっていて、むしろ中心的メンバーとして、HKTというグループを如何盛り立ててゆくかの方に腐心するようになっていたという逆説。
 いつかは・・・と、思いっきり伸ばした両の手の一センチ先にゆらぐ自らの夢を追い求め、彼女たちは健気に笑みを浮かべ続けるのだろう。


      《 腐ったら,負け ; HKT成長記 》 著・篠本634 ( 角川春樹事務所 )

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