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2015年12月 5日 (土)

旅先のお気に入りの一枚(3) パラゴン・ホテル( カルカッタ )

Culcutta_2  

 1993年のパラゴン。
ネパールから下ってきて、インド亜大陸をぐるりと二カ月で廻ってきてのカルカッタ(コルカタ)だった。
二月のカルカッタは少し肌寒く、ネパーリの縞シャツをTシャツの上に着て丁度良かった。
カルカッタ(コルカタ)といえば、旧英国植民地時代の褪せた赤レンガの建物と緑が点々と並び、街中を鉄の塊のような老朽化した路面電車がノロノロと走るくすんだ旧都のイメージが強かったけど、開通したばかりの地下鉄も真新しく、公園にはレーニンの像なんかも立てられた複雑混淆した一種独特の都市(まち)であった。


表通りから少し入った安ホテルばかりが蝟集した一角にあったマリア・ホテルと並んで有名な外人貧乏旅行者御用達ホテル、パラゴン。
 写真奥の、つまりパラゴン前の路地のつき当たりに以前にはなかったチケット屋ができ、パラゴンの中も、入ってすぐのレセプション・カウンターの中や奥の小さな飲料関係の売店も改造中で、悠久のインドにも、こんな路地裏の安宿にすら、着々と近代( 資本主義 )的化が進行( 侵攻 )してるんだなーと諦念めいた感心を覚えたものだった。
路地をはさんだ向かいに見えるパラゴン・マリアとこの狭い一角で、三つ巴の安宿のボトム争奪戦を展開していたモダン・ロッヂも、現在はどうか定かじゃないが、当時は他と同様老朽化した建物で、ネズミがはい廻わっているので有名な個室専門ホテルだった。
 隣接したエリアに有名な一大マーケットや映画館街もあってともかく廉価、乏しい予算で少しでも長く旅しようとするバック・パッカーたちに人気があったのだろう。


 パラゴンは南京虫はじめベッド・バグ類が豊富なところでも有名だったようで、ドミトリーの同室者たちは皆一様に被害にあってたけど、インドだけじゃなかったぼくなんかはいつもシュラフ( 寝袋 )をリュックの底に携帯していて、めったに刺されることはなかった。
それでも稀に刺されることもあって、出来るだけ少しでも日当たり・風通しの良い窓側にと、誰か窓よりのベッドの住人がチェック・アウトする毎にすぐ移っていった。
カルカッタはデリーやなんかと違って、東南アジア的気候に近く湿気が多いからだろう、窓際だと明らかにその違いは実感できた。尤も、窓際でも刺される者は刺されてたけれど。

ぼくが本格的にベッドで被害にあったのは、カンボジア・キャピトルⅡのベランダ脇のシングル部屋でのことだった。ただし、それはベッド・バグの類じゃなく、小さな赤蟻だった。
日本でも赤蟻は黒蟻より攻撃的だけど、カンボジアのはも一つアグレッシブな凶暴な代物。背中の特定部分全体に赤い斑点状に刺された跡が残っていた。リュックの奥にその可能性を考慮してビニール袋で包んで容れておいたスナックに集っていたのだ。
アンコールワットで有名なシェムリアプの宿に泊まった折、夜ベッドの下にリンゴを落とし面倒でそのまま寝てしまって、翌朝そのリンゴを取り出してみるといやに軽いので怪訝に思って確かめてみると、外側の赤い皮だけ残して中の果肉を全部くり抜いたように食べていた。さすがにゾッとしてしまったけど、同時にその鮮やかさには感心してしまった。さすが、亜熱帯カンボジア。


いつもパラゴンの前に出店を出しているヒンドゥー・ポストカード屋のサトシ、実入りが良くなったからかそれともDNAのせいなのか、以前は細っそりしてたのが徐々に肥え始め出したのも丁度この頃からであった。

 二階のドミトリーで、45Rs(ルピー)。 


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