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2016年1月 1日 (金)

イニシエーション・ラブ - 遭(あ)うは別れのはじめパラドックス -

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 松田優作のねっとりとしたところを長男・龍平が受け継いだとしたら、如何にも好男子の弟・翔太は両親の良いところをほど良く頂いたってところなんだろうか。
 元AKBの前田敦子と共演したこの《 イニシエーション・ラブ 》、人気があるのかレンタル屋の棚に20本近く並んでいてもいつも全部貸出し中だったのを偶然一本だけ残っててやっと借りて観れて、野性味溢れた異端児の子であっても、やっぱし二世の育ちの良さってものはあらそえないんだなとつくづく人間存在の物質性・環境性ってものに思い至らせられてしまった。

 乾くるみの原作 《 イニシエーション・ラブ 》( 2004年 )はミステリーという。
 けれど、堤幸彦のこの映画に関しては、それをミステリーというには少々こじつけが過ぎよう。
 物語の基本は遠距離恋愛。
 もはや遠距離恋愛の帰趨・顛末って直-関係の希薄化による別離が常識。
 そこを逆手にとって時・空間的もつれの如く仮構した物語ってとこで、意味ありげに時間を表示してみせる流行の時間(=空間)的トリック的手法を使っている。が、映画の進行プロセスにミステリアスな如何なる場面もない。最後の方で種明かし的にそんな仕掛けをこじつけ的に明示しただけ。どんでん返し、といえばそうなんだろうし、もはやいずこの映画でも駆使され尽くした定番・常道の感さえする手法だけど、殆ど終幕のドサクサ紛れでの種明かしで、「エエッ! 何っ!」って感じじゃあミステリアスな映画とは言えない。これも映画宣伝のためのネタの類に過ぎなかったのだろうか。
  
 
 この映画、何か2004年の韓流映画《 僕の彼女を紹介します 》に雰囲気が似てるようにも思えた。“死”の匂いに溢れた感傷性の強いメロドラマで、前田敦子の“純情”を前面に押し出したようなむせび声が一層悲哀感を漂わせているからそう思わさせたのか。
 この声色・口吻は以前、NHKで放送された《 あさきゆめみし 〜八百屋お七異聞 》(2013年)で主演のお七を演じた時も前田敦子が使っていた。
 この《 イニシエーション・ラブ 》のヒロイン繭子は、ともかく、“純情”なイメージを纏わされ、それが最後のドンデン返しで意表を衝く効果を発揮するって仕掛けになっている。腕白娘然とした前田敦子と“純情”性は馴染まず、《 苦役列車 》でも原作者の西村賢太に柏木由紀の方が良かったと駄目出しされたぐらい。尤も、土壇場で明らかになるむしろ女の現実主義的な“ したたかさ ”にも、本当は前田敦子はも一つ馴染まず、もっとあっけらかんとしたわがまま娘ってところ。もちろん、女優たるもの、自分の性向と真逆な役回りであっても見事に演じきるってんじゃなければ一人前とは言われない。

原作はA面・B面の二部構成らしく、この映画でも踏襲している。
 前半は合コンで前田と小肥りした森田甘路が出会ってから恋仲になってしまう静岡編。
 前田=繭子の、も一つ合点のいかぬ不可解さを残した諦念じみた優しさにおしなべられ、悪戯っぽい大きな瞳をギラギラさせた笑み顔のクローズ・アップが不気味さすら喚起し、純情の装いの奥の正体を覗かせて違和感を掻き立てる手法だったのか。これ見よがしな笑みのこの不気味なシーンが唯一“ミステリアス”といえば言えなくもない。
 後半は森田が会社命令で出向した東京編。
 前半の終盤で小肥り体型からの脱却を目指すことを誓ってからの後半の幕開けで、早速、もはや小肥り体型とは無縁の、すらりとした肢体のイケメン松田翔太に交替。
 途中のプロセスを省略した変容って慣行的手法の了解性を逆手にとってのトリックという訳だ。案の定松田が同僚の都会的な洗練された女(木村文乃)とできてしまい結局繭子と破局してしまう。が、松田が繭子に暴力を揮って別れた際の罪悪感にとうとういたたまれなくなって、結局繭子に会いに向かうのだけど、そこで出会ったのは元の自分ならぬ小肥りした森田甘路と熱愛中の繭子であったというどんでん返し。つまりダブル二股。


 本当はダイエットしていなかった森田甘路ってわけだが、B面=東京編の最初にすらりとして凛々しいイケメンの松田翔太の姿が画面に現れた時、これもつい、かつてタイのバンコクの映画館で観たアンディー・ラウ(劉德華)主演の香港映画 《 ダイエット・ラブ 》(原題:痩身男女(2001年) を思い出してしまった。特殊メイクでめいっぱい肥え太ったアンディーがダイエットしてすらりとした痩身のイケメン、本来のアンデイー・ラウになってしまうってコミカル・ムービーだったけど、そん時驚いたのは、すらりとした本来のアンディーとなって画面に登場した時、館内の少なからずの娘たちが溜息を洩らしたことだった。中国系が多いバンコクではあるがタイの若い娘たちにそんなに人気があるとは考えもしてなかったので、映画の内容はともかく、印象的なシーンだった。
 

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