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2016年1月 9日 (土)

タイ中世の業(カルマ)的因果応報譚 《 クンチャーン、クン・ペーン 》

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 昨年、東アジア専門らしい門司港レトロ図書館で放出品として幾冊か貰った東南アジアの文学関係の書籍の中に、《 タイ国古典文学名作選 》 冨田竹二郎・編訳(1981年) という薄茶に焼けた一冊があった。

 タイの古典といえば韻をふんだ記述の長編が多いようで現代語に抄訳したものだけど、有名なワニ伝説《 クライトーン 》と、タイ・カンボジア国境のコ・コン(島)に碑まである中世黒魔術伝ともいうべき《 クンチャーン、クン・ペーン 》の二篇だけは、ぼくもその名前だけは知っていた。
 その両作とも映画化されていて、《 クンチャーン、クン・ペーン 》の方は《 クン・パーン 》(2002年)のVCDを持っていた。英語字幕のないバージョンなので、詳細なところまでは理解できなかったのが、今度この本を手にして、だいぶ分かってきた。


 オリジナルの物語に接して驚いたのは、映画でも確かに黒魔術を駆使する妖魔然とした騎士の割には、肝心の時になると国王パンワサーにやけに従順で、何とも煮え切らないのが鼻についてしょうがなかったが、オリジナルでも同様だったことだ。正に封建的秩序の申し子というべきなのか、タイの王制的桎梏の故なのか。
 そしてそれ以上に、幾ら“ 英雄色を好む ”的な封建主義的世界であったとしても、ともかく主人公のクン・ペーン、情けないくらいというべきか、病的なくらい女に手が早い。師事した和尚にその性向を指摘され諫められても自身で如何しようもない正に業・・・《 大菩薩峠 》の机龍之介の隠微・陰惨さこそ希薄だけれど相似。さながら、仏教的な転輪する業の紅蓮の焔と宿縁の相克図。
 
 
 アユタヤ近郊のスパンブリーに伝わってきた伝説を、19世紀前半、国王ラーマ二世~ラーマ三世自らが、当時詩聖といわれたスントーン・プーなんかと協同で編纂し韻をふんだ詩形式の物語に仕上げ完成したという。( 岩城雄次郎によれば、それ以前、アユタヤ時代に既に作られていたのが戦乱で焼失してしまってたらしい。 )
 タイの王族は文学に関わる者が少なくなく、初期は宮廷の専有物のようであった。映画も然り。現在でも、王族が監督や俳優、あるいはプロデューサーとなったりしている。


 クン・ペーンのクンは貴族の官位だけど、富豪クンペーンのクンは名前の一部に過ぎないようだ。そもそも二人は、も一人の美女ワントーン(幼名ピムピラーライ)も含めて、スパンブリーで一緒に子供時代を過ごした幼なじみであった。端整な顔立ちのクン・ペーンの幼名はプラーイケオ。金持ちのボンボンのクンチャーンは幼少の頃から短躯の禿オヤジ面。クンチヤーンのこの姿はちょうど《 西遊記 》の猪八戒のようなポピュラーな定番となっているらしく、これ以上ない対称的な人物造形だろう。

 更に、三人とも早く父親を亡くしてしまう筋立て。
 富豪のクンチャーンの父親は押し入った匪賊に殺害されるが、クン・ペーンことプラーイケオの方は、豪勇でならした国境守備隊長の父親=クン・クライが国王の野牛狩りでの不手際を理由に理不尽な刑死に至らしめられ、母親に連れられてクワイ河で有名なカーンチャナブリーに逃れる羽目に。
 
 やがて、プラーイケオが十五歳になって向学の念にもえはじめると、大蜜柑寺に入れられ、読み書きだけでなく呪文や法術まで習う。それが後年の黒魔術戦士クン・ペーンとなる機縁となるんだけど、そこから更に、生まれ故郷のスパンブリーの蝉林寺でも修行を積むことに。
 タイ正月(ソンクラーン)、蝉林寺に参詣に来た信者に混じって、プラーイケオが修行しているのを聞きつけた美娘ピムピラーライが、山ほど献上食を携えて現れたのを機縁に、ピムピラーライを中心にプラーイケオ=クン・ペーン、クンチャーンの果てしない恋情色欲・因果応報の相克劇が転輪することとなる。


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 美貌のピムピラーライ、結構気が強く、強引に結婚してくれと言い寄ってくるクンチャーンを「禿頭 !」呼ばわりして散々罵ったりする割には、惚れている当のプライケーオが迫ってくるとシャイな未通娘を決め込み、侍女のサーイトーンが間に入って取り持つのだが、この年増(それでもまだ二十歳代らしい)の侍女が曲者で、まだ十歳代のイケメンのプラーイケオにちょっかいを出そうとし、当のプラーイケオも当然のように乗っかってしまう尻軽さ。
 この説話じゃもっぱらクンチャーンがそのユーモラスな容貌・体躯そのままにコミカルな役割をふりあてられていて、偶々自分のベッドに近づいてきた年輩の侍女すら勝手にピムピラーライと勘違いして強引に手籠めにしてしまう。侍女の方はお手がついたと、ちゃっかり妾(めかけ)の一人に成りおおせてニンマリ。
 
 基本、美男のクン・ペーンと美女のワントーン( ピムピラーライ )の恋路をクンチャーンが嫉妬と欲望に駆られ権謀術策の限りを尽くしてゆく作りで、結局国王まで動かすクンチャーンの悪辣な手管にワントーンは彼の閨房に自ら居座りを決め込んでしまう。クンチャーンの間断ない攻勢もあろうが、それ以上にクン・ペーンの頻繁な女出入りに疲れてしまったのか。
 ところが、クン・ペーン、再び魔術を駆使し、クン・ペーンの閨房から嫌がるワントーンを強引に連れ出し、遠くに逃げてしまう。確かに、クンチャーンは悪辣な手段で彼女を我がものにしようとするけど、一旦自分のものにしてからは鄭重に扱ってくれる。そもそもが彼女にぞっこんで、何不自由ない生活も保障してくれる。
 そのワントーンが、クンチャーンの家に戻されて、クン・ペーンの息子を産む。
 プライガームという名で、クン・ペーンに似て美男子だけど、やっぱし女たらし。クンチャーンは嫌がらせ三昧。やがて黒魔術を習得し、長く牢に入っていたクン・ペーンと一緒に、アユッタヤー国王パンワサーのために、チェンマイの国王を黒魔術で捕らえ、その褒美にクン・ペーンはカーチャナブリーの領主=プリ・スリンに叙され目出度しめでたしっと思ったら、クンチャーンまたぞろ国王に直訴する。
 大概には辟易した国王、三人を呼び寄せ、ワントーンに訊ねる。
 
 「 ワントーンよ、お前は一体クンチャーンと一緒に暮らしたいのか、それともプリ・スリン(クン・ぺーン)と夫婦でいたいのか ?」

 が、ワントーン、煮え切らず曖昧な返答をしたため、“二心の女”として国王の逆鱗に触れ、その場で、“斬首”の刑を言い渡されしまう。クン・チャーン親子の救援活動もむなしく、ワントーンの首は刎ねられる。
 一大恋愛叙事詩なんだろうが、ともかく肝心のヒーローのはずのクン・ペーン、才色兼備だけど女出入りが激し過ぎ、最初は一途だったヒロイン=ワントーンも二人の間で争奪の憂目に晒され続けている内、倦み疲れ優柔不断になってしまっての悲劇。
 

 この中世末の物語の面白いところは、クン・ペーンだけじゃなく息子のプライガームも黒魔術を駆使する魔術・呪術師って設定。親子で魔術合戦すらやらかすのだ。
 日本の有名な英雄物にそんな魔術・呪術を駆使する話は余り聞いたことがない。安倍晴明はそこまで国民的ヒーローじゃないし、菅原道真は余りの慚愧と怨嗟の念故に生霊となったに過ぎず術を駆使した訳じゃない。
 如何にもタイ人好みな題材で、昨今のタイ・ホラー映画そこのけに、かなりエグい場面もある。山賊の17歳の娘ブワクリーに自分の子供を身籠もらせ、ある夜、娘と盗賊全員を魔術で眠らせておいて、短刀で娘の腹を切り裂き、男胎児を取り出して布にくるみ、そこを抜け出してある寺院に逃げ込むと、黒魔術の儀式に則って、胎児からクマーン・トーン( 金嬰丸 )、つまり神通力をもった無色透明な使役霊を作り出す。
 残虐な場面だけど、

 「 短くはあったが、それでも肌を許し合った、いく夜のあついあだ情けを思うと、短刀を持つ手さきがしぶった。しかしおれに毒を盛った女だ・・・」

 等と幾分の平衡性を持たせている。
 クン・ペーンはいっぱしの黒魔術・呪術師的戦士として、名馬と宝剣、金嬰丸の三つが欲しかった。それを求めての途上の出来事で十全に意図的。
 最終的に彼は黒魔術師的三宝、宝剣=ファーフーン(天雷)、名馬=シーモーク(朝霧)、金嬰丸を手中に収める。それらを得ての更なる活躍って訳だけど、何処か雰囲気がジョン・ブーアマンの1981年の監督作品《 エキスカリバー 》と通じるところがある。所謂“ アーサー王の聖杯探求物語 ”で、円卓の騎士や魔術師マーリン、魔女モルガーナ(モーガン)すら登場してくるんだけど、聖杯探求という些か宗教的哲学的なテーマの有無が異なるだけ。
 
 この冨田竹二郎・編訳の名作選の中の《クンチャーン、クン・ペーン》はあくまで抄訳で、全訳だとかなりな厚さになるので求むへくもないのだろうが、一冊本くらいの現代訳のを読んでみたいものだ。まあ、何本か作られているらしい映画って手もあるが。
 

タイ叢書 文学編13 《 タイ国古典文学名作選 》 冨田竹二郎・編訳 
                1981年発行 (井村文化事業社)

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