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2016年7月 1日 (金)

2016・時代閉塞的集団ヒステリー 10 クローバーフィールド・レーン

10_cloverfield_lane


封切りの翌日曜の2回目で鑑賞。
 客は疎ら。
 前作《 クローバーフィールド 》(2008年)の悪夢的世界は結構気に入っていた。
 その後、“2”もやがて出来るような情報も見かけて期待してたのがさっぱり。忘れた頃、8年も過ってようやくくリリースされたのがこの《 10 クローバーフィールド・レーン 》。
 随分と前作とは別様な、というより、前作=オリジナルの世界像を持てあぐね、物語の導入でしかないはずの部分をめいっぱい引っ張って、最後にほんのちょっと形ばかりのそれらしき体裁を取り繕ったって尻切れトンボ的代物。
 いわゆる続編、“2”を前提としてしか了解性を有てない仕上げになってるのだ。
 え、えっ・・・・確か、この作品って、前作の続編じゃなかったっけ?
 前作《 クローバーフィールド 》もそんな作りだったはず。昨今“ 続編につづく ”的な尻切れタイプが流行ってはいるが。勿論、これも現実って必ずしも予定調和的に物事が解決・完結するわけじやない、否、むしろそのまま曖昧模糊のまま迷宮入りって方が少なくないのだからそっちの方がリアルといえばリアル。

 
 ブログ見ると、制作のJ・J・エイブラムス自身は、現在的に、《 クローバーフィールド 》当時と相違して巨大怪獣を登場させメインに据える理由・状況がないと考えているらしく、今回のこの作品も外からの持ち込み企画だったらしい。
 突如夜のニューヨークに降って湧いた形姿曖昧に黒々と聳えた巨大な怪魔(スタッフたちはクローバーと呼んでいたらしい)、宇宙からの侵略者と断定する者は居ても定かではなく、正体不明なまま怪魔はニユーヨーク10クローバーフィールド・レーン破壊しまくってゆくのだけど、時代は正に、《 9・11 》の記憶いまだ醒めやらぬ逢魔ヶ刻、国際貿易センター・ビルの黒煙の象徴の如く巨大化した夢魔(=クローバー)と無数の殺戮球体の跳梁跋扈するおどろおどろしい一抹の悪夢ってところが中々の妙味だったのだけど、今度の作品は、前作との差異を特化しようと密室ソリッド・シチュエーション・ホラー、猟奇誘拐殺人等あらゆるジャンルの演出をまぜこぜにし、怪魔クローバーは何時現れるのを今か、今かと期待して待っている観客の先入観を弄ぶように何時果てることもなく長々と引き延ばしつづけ、やっと最後にクローバーとは別個の、怪魔というよりエイリアン風の巨怪が出現するって次第。
 これって、トム・クルーズの主演した《宇宙戦争》(2005年)と相似過ぎ。
 トム・クルーズと娘のダコタ・フェニングが招かれた隠家(シェルター)の持主の男との猜疑に満ちた共棲関係ドラマが延々と展開されつづけてるような代物で、これまでの経緯からしてどうにも疑わしい更なる続編“2”を、さももっともらしく匂わせ正当化を計っている。


前作の集団劇と違って、冒頭、同居していた男に愛想を尽かして一人家を逃げるように出てゆくメアリー・エリザベス・ウィンステッド扮するミシェルを主軸に物語は展開してゆく。
 昨今流行の“ アクティブな女 ”の範疇なんだろうけど、そこから一歩も二歩も踏み越え逸脱したヒステリックで短絡的な、何とも“危ない”女で、傍にいるとどんな惨劇に引きづり込まれるか分かったもんじゃない。冒頭の別れた男って、このキャラだとむしろまともな男だったのかも知れないって疑念すら浮かんでくる。これって、2010年代末期資本主義米国の鬱屈し苛(いら)ついた若い女たちを象徴するキャラなのかも知れない。
 事故った彼女を助け出した、と自ら称するシェルターの主(ジョン・グッドマン)を、彼女は、やがて猟奇誘拐殺人犯と決めつけ(映画のあっちこっちでそういう流れにもっていこうと符号合わせ的伏線を施してはいるのだけど)、終いにはシェルターもろとも潰えさせてしまう。怖い、怖い・・・一体どっちが危険人物なのか分かったもんじゃない。
 そしてやっと真打ちの筈の宇宙怪獣の登場となり、終幕。

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