あらかじめ出口なしの凋落物語 《 都市風光 》1935年 (二)

この《 都市風光 》が撮られたのは1935年の中期頃だろうが、阮玲玉・主演の《 新女性 》が上映されたのが同年の2月(旧正月)、阮玲玉が自殺したのが3月なので、余りに時間的に近すぎてオマージュというより、自殺の当事者を女性から男性に変更し、その形を借りての些か概念的だけど一層の直截な時代・体制批判ってところだろうか。
ともかく、その当事者の男優・唐納自身も、この映画の発表の後、阮玲玉とは若干ニュアンスは異なるものの、やはり自殺(未遂に了った)を試みている。正に自殺ラッシュ。
《 新女性 》の因となった新進明星・才女として彗星の如く現れた22歳の女優・艾霞(アイ・シィア)の自殺から始まる自殺の連鎖。


( 病院のベッドの上で・・・。阮玲玉の映画「新女性」と実際の彼女の自殺、この映画での唐納の自殺未遂と実際の唐納の自殺未遂が、渾然一体となった酔生夢死的な展開が妙味 。冒頭の酒瓶にしなだれた唐納の図が、この映画の本来の意図とは別に、中々に味わい深い)
唐納の懸想する女を財力と手練手管で手中にする金持の王の商売が茶商で、映画上ではなく、女優・阮玲玉を実質上の嫁として同居生活(彼女の母親と養女と一緒)していた《 聯華影業公司 》の株主・唐季珊も東南アジアを股にかけたこっちは本物の茶商だった。明らかに、それを意識した設定。( 映画会社は《 電通影業公司 》と《 聯華影業公司 》と別だけど、一部のスタッフ同士はそこら辺の裏事情を共有していたろう。 )
劇中、唐納がアパートの自室で質屋の娘に罵倒され睡眠薬を飲んで自殺しようとする。女と入れ替わるように家主一家や住民達が何ごとかと入り込んでくる。
「 死にたくて、睡眠薬を呑んだんだ!」
そのシーン、場面が《 新女性 》でベッドの上坐った阮玲玉が、
「生きたい!」
と叫んだシーンと相似。
すると、早速大家の娘が父親に吐き捨てる。
「 それ見なさいよ。だから、学生なんかに部屋貸しちゃ駄目だって言ったでしょ。」
ベッドの上の唐納を前にして、大家一家が、彼を病院に連れて行かなけりゃとか、部屋代すらまともに払えない店子のその病院代まで誰が払うのよとか喧々ゴウゴウ。おまけに、画面で見る限り、睡眠薬を幾粒も唐納は口に入れてなくて、かなり彼の自殺を笑いの対象にしている。確かに、これじゃ、女の方に自殺させる訳にはいくまい。《 新女性 》や阮玲玉、艾霞を愚弄したことになってしまう。
結局、大騒ぎの大家・住民たちに辟易して、質屋の娘に見栄を張るつもりの自動車を買うために貯めていた貯金箱を手に自ら歩いて病院に赴くことに。大通りをふらふら歩いているうち、バタリと力尽きて倒れてしまう。貯金箱も割れ硬貨が路面に飛び散る。当時は、現在と違って自動車って庶民には到底手の届かない高値の華。貧乏インテリ・唐納の現実感覚の欠如というより、完全な戯画化だろう。

( 上の唐納のと合わせてのベッド&ソファー・シーンのオン・パレード。唐納だけが、一人だけ淋しく哀しい病院のベッド )

( 若き江青の桃色遊技シーン。やはり年増メイクなのだろうが、実際には、この頃既に何人かの芸能界・芸術界の男たちと浮き名を流していたもて女だった )

( 王社長の秘書と質屋の娘の侍女。王社長が破産するや、残された金目のもの全部車に積んで二人でドロン。侍女役の白璐、一人颯爽として、江青・張新珠のお株を奪うくらい印象的。 )
案の定、唐納は死ぬこともなく、病院のベッドの上で、看護婦にミルクを手渡されながら、自分の写真の載ったゴシップ新聞に暗澹として見入る。
“ 自殺未遂之恋愛作家李夢華 ”
と、派手な見出しをつけられ、その横に彼女の結婚写真も並べられていた。
《 新女性 》でも、ゴシップ新聞に、
“ 女作家 偉明自殺 ”
と派手な見出しで報じられてしまったのと相似。
阮玲玉自身の自殺の時は、ゴシップ新聞どころか、中国中の新聞が報じたのだろうが。
自殺は出来なかったものの、恋愛作家・唐納、治療代も払わず病院をトンずらし、部屋はとっくに貸し出され、もはや帰るところとてなく、流離(さすら)う外なし。
どんどんと零落・凋落してゆく様を、足下だけの描写で実に簡明に示してくれるのだけど、最後は仏壇(道教のだろうが)祀られてしまうってのは、もうおちょくりの類だろう。
確かに、せっかく、それなりの期待と夢を抱いての上海行だったのが、如何転んでも、そんな悲惨・陰惨な結末しかあり得ないような物語を観せられた日にゃ、つい勇んでいた足並も動揺し、ためらい、混乱してしまうもんだろう。それが、最後の列車に乗れず右往左往してしまうシーンなのか。

( いかにも怪しげな西洋鏡の唄い手を自ら演じた監督・袁牧之。半月刊映画雑誌「電通」の表紙。)
この映画、後に唐納と浮き名を流すかの江青が、チョイ役だけど出ている。
映画監督・史東山の紹介で、江青、この1935年の3月に《 電通影業公司 》に入り、藍蘋(ランピン: 青リンゴ)という芸名を使うようになったらしい。6月には《 《上海業余劇人協会 》の話劇(舞台)《娜拉 ノラ(邦題「人形の家」)》に人気俳優・趙丹と共演し、魯迅も観に来たくらいにヒットしたのが、それ以降は、それが本来の姿なのだろう劇団の花形スター王瑩(ワン・イン)の独壇場。人一倍プライド高く、成り上がり志向の強い江青、恨みを呑んだに違いない。
この頃、江青、《 電通影業公司 》と《 聯華影業公司 》で続けざまに映画にあれこれ何れも端役で出ているけど、唯一、蔡楚生・監督のコミカル映画《 王老五 》 で準・主役級の役を得て、劇中歌まで披露している。只、それなりにはヒットしたようだけど、後に繋がるようなものではなかったようだ。
この《 都市風光 》では、若き江青、しかし、茶商・王のリッチな装いの愛人役のようなのだが、画面上の彼女、どうにも年寄り臭い。4、50代の女にしか見えない。まさかそんな設定なのか。王社長が懸想した質屋の娘はまだ若く、彼女の侍女役の白璐(バイ・ルー)なんて役柄も面白く、溌剌としていて印象的。何処かで見た覚えがあると記憶を手繰ってみたら、蔡楚生・監督の《 孤島天堂 》(1939年)で本土からヒモ男と一緒にやってきた騙され令嬢役で出ていた。淑女然とした役回りと、泥棒ネコ風のコミカルな娘役とじゃ当然に現れ様も違ってくるのだろうが。
この映画で、江青、王社長といちゃつく場面がありキス・シーンまであるのだけど、文化大革命の頃、資本主義的・旧弊的害毒一掃キャンペーンを暴虐の極みにまで展開していった四人組の頭目としては、正にダモクレスの剣として、甚だ厄介な代物であったろう。当然、康生の諜報部の総力をあげて隠滅したに違いないにしても、《 孤島天堂 》の如く、オリジナル版が杳として行方知れずってことになってなくて良かった。
唐納 (李夢華)
張新珠 (張小雲)
白璐 〔王+路〕 (侍女)
顧夢鶴 (王俊生)
藍蘋=江青 (王の愛人)
蔡若虹 (陳秘書)
監督・脚本 袁牧之
制作 電通影片公司

( 若き江青と唐納。この映画の頃知り合い、唐納がのぼせ上がる。野性味が新鮮だったのだろう。しかし、その後一緒になってからが修羅場の始まり。唐納、数度自殺未遂事件を起こすことになり、ゴシップ新聞を賑わす )

( 行方をくらました江青の親の居る斉南まで追いかけていって自殺を計った唐納の記事 )
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