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2016年8月14日 (日)

あらかじめ出口なしの凋落物語 《 都市風光 》1935年 (一)

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暦の上の〈立秋〉が過ぎたせいか、夜明け前、東の低い山影のちょっと上方に、星光は小さいけどくっきりとオリオン座が浮かんでいて、本当に久し振りで暫し立ち止まり眺め入ってしまった。ベテルギウスはまだ健在だった。
 
 
 以前は中国のサイトをかなり探しても掠りもしなかった“まぼろし”の1930年代モダーン中国映画《 都市風光 》(監督・袁牧之)が、いつの間にか、YOU TUBEに普通に他の同年代の中国映画と並んでて、思わず眼が点になってしまった。
 早速中国サイトにアクセスして確かめてみると、様々な無料サイトで《 都市風光 》が犇(ひし)めいていた。
 著作権の期限が切れたのだろうか?
 この分だと、唐納は出てないけど、江青が彼女と因縁深い舞台女優・王瑩と共演した《自由神》の方も時間の問題だろうか。だったら、いっそ《孤島天堂》のオリジナル版なんかも公開して欲しいけど、ちょっと難題に過ぎるだろうか。


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 ( 西洋鏡、日本では覗きカラクリ。生き馬の眼を抜く魔都・上海を舞台の、現在風に言えばバーチャル・リアリティー凋落物語。)


Q1

 ( 当時の時代の寵児・唐納。軟弱な貧乏インテリ役がよく似合う。)


この《 都市風光 》に興味を持ったのは、毛沢東の嫁として〈文化大革命時代〉に苛政を極めた元凶の一人として中国近代史に凶々と輝き続ける赤色超巨星・江青のまだ若かった女優時代に、彼女と短い間であったが夫婦となった当時の映画界の寵児・唐納と共演した作品だったからだ。

 先ず、銘打たれていた“音楽喜劇片”の意味が、この映画を観てやっと了解できた。
 「ワラ、ワラ、ワラ、ワラ、ワ!」
 という調子の良い掛け声をあげながらの衣料の安売り光景なんかも披瀝しながらの上海=大都会の繁栄と喧噪を音楽で端的に表していて、二年後の同じ袁牧之監督作品《馬路天使》では、更に端的に、主人公たちを町(上海)の楽隊屋や娘歌手って設定になった。暗く重い世相で四苦八苦しながらも、あくまで新時代を信じて生きようとする路地裏界隈のラッパ吹きの趙丹をリーダーにした若者達のコミカルな青春群像劇だった。


Q5

 ( 手にした服を裏表見せながら、ワラ、ワラ、ワラ、ワラ、ワ!!と掛け声をあげるのだけど、作者の創作なのか、当時の実際の流行なのかは定かでない。)


Q2


 ( 上の衣料店の上階のベランダに陣取った楽隊。ワラ、ワラ・・・に合わせて奏で続ける。)


 上海近郊のある田舎駅で、四人連れの男女(一家)が、あこがれの大都市・上海行の列車を待つ間、ちょっと当時流行っていた大きな西洋鏡(=覗きからくり)を覗いてみようとするところから物語は始まる。
 覗きレンズから中を窺っている内、いつの間にか、中に設えられた上海の町に取り込まれてしまう。めいめい上海のモダンボーイやモダンガール、そのモガの両親へと変身しするが、悪夢の如く、のっけから彼等の財布の中身を象徴するように、経済的破綻寸前の境遇から始まる。
 早い話、西洋鏡の中の大都市=上海物語なのだけど、貧乏インテリ・唐納が、自身の経済性もかえりみず惚れた傾きかけた質屋(=〈押〉 : 中国の質屋。総じて規模が小さい。〈当〉の方が一般的に知られていて規模も大きい。)の娘・張新珠に貢ついだあげく、恋敵の資産家茶商に奪われ、娘に唾棄され、服毒自殺をはかり、病院へ。
 質屋の亭主は、自分の娘の相手が茶商経営者と知って渡りに船とばかり喜んで嫁がせる。が、一緒になって幾らもしないうちに、茶商経営者の秘書にけしかけられたのか、お決まりの株に手を出し破産。秘書は質屋の娘の奉公娘・白璐(王+路)と一緒に茶商や娘の金目の物をネコババしてドロン。茶商も隠していた宝石類をポケットに上海を去るべく、寝てる娘をそのままに駅へと急行。慌ててやってきた父親が娘を起こし、金目の物すべてがカラッポになつていて、事態を悟って、必死で茶商の後を追いかけてゆくが、既に列車は出た後・・・


Q3

 ( 父親の営っている質屋「押=小さな質屋」の玄関から出ようとして、待っていた車夫たちにぐるり囲まれる娘。最初、真上から見下ろす角度で撮り、車夫たちの差し伸べた手がぐるり円形を形作っているという凝った撮り方をしていて、正にモダーン 。)


Q4

 ( 如何にもモダーンな大都会って風の大きな「当」の文字が粋な大規模店の質屋。)


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 ( 娘の実家で麺の軽食を御馳走になる茶商の経営者と秘書。娘の隣は奉公娘。中々溌剌として、江青よりも印象的。)


 要は、“旧中国大都市社会生活的種種畸形醜態”(中国サイト)、つまり“魔都”と戦前呼ばれていた頃の国際都市上海の資本主義的様態ってところ。それに、“マンガ式的手法”
ってラベルも貼られていて、これは発表された当時から既にあったものなのだろうか。
 確かに、この映画の当時のポスターやなんかにもマンガが使われてたし、映画の中にもアニメ映画を観るシーンもあり、それ以上にコミカルな戯画化って手法がそう発想させたのかも知れない。そういえば、同時代の映画《自由神》の宣伝にもマンガが使われてもいた。

 最初想定したいたものと随分と相違した作りになっていて、それなりに面白くはあったのだけど、観ている途中で、ふとこれって睡眠薬自殺した女優・阮玲玉や彼女の主演した映画《新女性》へのオマージュなのかって驚いてしまった。と言うのは、この映画と《新女性》って同じ1935年公開だからだし、彼女の死もその間に起きた事件だからだ。

                            (以下、続く)


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