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2016年11月の1件の記事

2016年11月26日 (土)

憑依的現象論 小説《 血と霊 》 

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 帝都を震撼させた関東大震災の起きた大正十二年( 1923年 )、日活(向島)で、映画の新しい波=ドイツ表現主義のおどろおどろしい恐怖映画《 カリガリ博士 》ばりの表現主義的趣向の作品を作ろうと、その年デビューしたばかりの溝口健二監督の、《 血と霊 》が撮影された。
 当時、彗星のように現れ、すっかりベストセラー作家となっていた大泉黒石が、日活の脚本部専属として原作を書いた恐怖・探偵物映画であった。《 カリガリ博士 》と同じ雰囲気を狙ってか、ドイツの小説家・ホフマンの《 スキュデリー嬢 》を元に、異国情緒漂よう長崎を舞台にした禍々しい呪われた血の相克劇にしたてあげた。映画とタイアップし、映画封切りより前の、七月に春秋社から、他の短編と合わせて短編小説集として同じタイトルで出版された。〈巻頭〉、こう記してある。


 「 読者姉兄へ

  私は日本活動写真株式会社向島撮影所に新設された脚本部へ顧問として入社しました。そして著作のひまひまに向島撮影所に出かけます。そこで従来作られてゐた新派映画とは無関係で、私の作品を撮影する事になつたのです。これが会社としては既に行き詰まつてゐる日本映画改革の第一歩らしいのです。その宣言の手始めに作るのが、この一巻に収めてある『 血と霊 』。それから『 絨緞商人 』と云ふ順序になり、いづれも純表現派(エキスプレッショニズム)の形式で撮影してゐます。だから、今月の初めでなければ来月の末に映画(フィルム)となつて、皆さんの前に現はれるでせう ・・・・・・
                         一九二三年六月下旬  」
        
          
 《 絨緞商人 》の方も“撮影してます”とあって、つい真に受けて 《 絨緞商人 》のフィルムも本当は残されていたのか、一切はあの関東大震災によって灰燼に帰してしまったのかとミステリアスな伝説にもう一つ項目を増やしたくなってしまうけど、その後 《 絨緞商人 》の撮影に関して取りざたされてないのだろうから、まずタイアップの予定の先書ってところだろう。

 “ 霊の生活は血の中にあり ” 

 この観念って、当時(大正)流行ったらしい劇作家ストリンドベリや精神学者ロンブローゾの影響らしい。
 そう、まさに“血”。 
 “ 霊は血にあり ”とは、個々一人ひとりの血の中にそれぞれ霊が棲んでいるということなのだろうけど、その霊って、旧約・新約キリスト教世界的常識としては神の霊(性)ってことになる。ところが、この物語では、“憑いた霊”と称され、悪霊をすら含んだ八百萬(やおろず)神的な超越的存在( 古代日本でも“チ”=血という概念で、同様に自然の生物・無生物には精霊“スピリッツ”が宿っているという概念を指し、又、人間の生命力の根源も血にあるとする。つまり、古代世界的に通底した、アニミズム的発想。ふと、以前黒石が《 草の味 》で論じていた植物の葉脈と人間・動物の血の同一性を想起してしまう。)、霊一般的なものとして考えられている。
 この時代は、戦後ほど分析的じゃなく大雑把だったようで、黒石も“整合性”なんてものを“姑息”に逐一斟酌することもなく、一気呵成に筆の赴くままに展開している。以前に紹介した秀吉の朝鮮侵略の頃の平城を舞台にした短編《 不死身 》でも、丁度ホラー映画《 エクソシスト 》のプロローグを彷彿させるような、エクゾチックな雰囲気を演出しようとアラジンの魔法のランプの魔精( ジン )の如く、当時の日本人になじみの薄い回教(イスラム)の神を異教の神として登場させ、それを又、“ 悪霊 ”とも呼んでいた。
 それはさておき、もう少し霊=憑依に拘ってみるために、大まかなあらすじを記しておこう。


 南京から異国・長崎に移り住んだ宝石商・鳳雲泰、実は、母親ゆずりの宝石に対する異常な偏愛的性向が、母親が死んだ( その病を悲観して夫、つまり雲泰の父親が殺害 )年齢と同じ四十三歳に達するやいなや、夜な夜な支那人街での宝石がらみの殺人行に及ぶこととなってしまった。
 そして、それも束の間、深夜、店の顧客の白人が持っていた宝飾懐中時計を奪い返そうと襲いかかり返り討ちにあって、ついに弟子の牛島秀夫の眼前であえなく絶命。
 捨子だった秀夫(雲泰が、わが子同然に可愛がって育てた)が、あろうことか、雲泰の一人娘・アシと恋仲にあるのを知って、雲泰は、断固反対し、別れさせていた。母親からの“呪われた血”を、更に蔓延させてしまう恐怖からだった。
 ある夜、自分の正体を秀夫に知られてしまい、雲泰は血の秘密を打ち明け、秀夫一人の胸に秘すことを誓わせた。そして最後の夜、よりによって秀夫が雲泰を殺害した犯人と誤解され官憲に捕縛される。怪訝に思って牢獄に面会に訪れた女流画家・杉貞子( 雲泰が傾倒して彼女の描いた絵を多数収集し、その故に、そもそのこの事件の発端となった人物 )に、秀夫は“呪われた血”の真相を告白してしまう。
 原作といわれているホフマンの《 スキュデリー嬢 》では、その後も長々と救出劇が展開されるようなのが、黒石はここで物語の幕を下ろしてしまう。秀夫と雲泰の娘・アシがその後どうなったのか、雲泰の遺言にしたがって子供を作らなかったのかどうか、いわんや娘・アシが母親と同じ年齢に達した時、“呪われた血”が鬱勃と姿を現すことになったのかどうかも不明のまま。


 次に、霊に憑かれた雲泰の如何ともしがたい心的現象を列挙してみると、  

 
 「 其四十三の夏を迎えた俺は、不意に波打ちの轟きを胸の奥底に、聞いたのだ。・・・」


 「 俺は自分で自分が解らなくなり、物凄い血のどよめきを五体の隅々まで感ずるのだった。『 殺せ!殺して取り返せ!』さう云う、重苦しい声が、どこからとも伝つて来て、俺に命ずるのだ」


 「 全く、卑しい、まっ暗な、そして、俺の力では打ち勝つことの出来ない、神秘(ふしぎ)な、そして非常に、非常に厭らしい不浄な、目に見えぬ力に心を握り絞られてゐたのだ。その不思議な力は、俺の心を暗まし、俺に眼かくしをして此處へつれ出したのだ・・・」


 圧倒的な霊の力に、雲泰は有無も云わされず、紅い宝石奪回のため顧客たちを鋭い刃で屠りつづけてきたのだけど、“常識的”に考えると、いつの間にか分け入ってきた“声”とは、現実と拮抗する自身の、いわゆる自問自答的な内面の声に過ぎなかったのが、情緒的あるいは環境的な不安定・軋轢によって、内面のバランスが崩れ亀裂が走って生成されたいわゆる病的現象( あるいはひょっとして下意識的本能的なバランス回復作用としての衝動 )=分裂的な多重人格的な声となって“威力”まで帯びてしまったものじゃないのか。
 心奥からの圧倒的な威力を発揮する声(言葉)って、普通には、何らかの身体器官的・精神的な病的発現=症候群って判断されてしまう。それが親子に継続的に発現したとなると器質的“遺伝”。
 ところが、これが“霊”的な存在(者)から発現したものとなると、あくまで自己と対峙するものとして、その霊的存在(者)が自身の肉体に巣食ったものなのか、自身の外、外部から働きかけてくるものなのかが問われる。
 外部なら超越的存在(者)ということだろう。
 普通、神的存在(者)を意味するものの、昨今、これには宇宙人も含まれ、更にもどきとして、番外にこの数十年来の科学的魍魎“電磁波兵器”までが控えている。  
 勿論、ここじゃ、“ 霊は血にあり ”なんだから、自身の肉体、その根源としての血に巣喰ったものってことになる。


 プロローグの、〈私〉とその友人の物理学者との問答の中で、一つの定式(仮説)が、物理学者によって提示される。


 「 此処に一つの、妙なる美しきものがありますね。よろしいか? あなたに限らず誰でも、それを一と目見た瞬間の、恍惚とした感情を禁ずることが出来ない、とします。その讃嘆の念は、やがて一つの憧憬となり、次には欲望、占有と云った情に変わります・・・・・・つまり、こゝにあらゆる同形同質の美に対する独占の欲望が起こることになるわけです。これは自然の勢ひではないでせうか?」


 「 この熱望が、その爛熟、沸騰点に達するときを考へるものです。もしもそのときに、或る一つの大きなショックがあつて、熱望に駆られ、夢中になり、美を求めてゐる人の心や肉体を、たゞ一撃の下に粉砕し去るならばです。・・・・・・
 甲の熱情が、甲の肉体の瞬間的な破壊によつて跳び去るとき、その熱情や意志は、エーテルの波動と同じく、乙に伝はるか、さもなければ、殆んど同質同形の血液をもつた他の人に感応するものです。」


 「 美しきものに対する極度の憧憬である場合の、所謂遺伝なるものは、自らまた異なってゐると云はねばなりません──つまり趣味の遺伝です。」


 あまり明晰な記述の仕方じゃないけど、プロローグの最後に、“趣味の遺伝”と明示され、その具体例として語られたのがこの物語であり、雲泰の母親の奇態であった。
 これって、世間によく散見される、ある“欲望”が昂じてタガがはずれ底なしの肥大化の果ての自滅という欲望追及の論理的帰結とも観れる。
 でも、これが、“趣味の遺伝”と予め明示されていることから鑑みると、息子の雲泰の方で、それが憑依として語られているってことは、そもそも母親自身が既にその異常なまでの性向・器質を彼女の親族(両親)から遺伝によって受け継いでいたのかも知れないという可能性を排除するものではない。
 あるいは、母親が彼女の43年の“生”の過程の何処かで、何らかの理由で、(悪)霊に憑依されたために、息子・雲泰と同様の尋常ならざる執着・妄念を余儀なくされてしまっていたという可能性をも。当然その場合、母親にも、霊(=声)は絶対的威力をもち、猛威をふるっていたってことになろう。
更に、ひょっとして、雲泰に見られた暴力性を、物語上じゃ触れられることはなかったけど、ひょっとして母親も有していたのではないかという可能性も。( あるいは逆に、母親には見られなかった暴力性を、何故に雲泰がのみ顕現するに至ったのだろうか、と問うこともできよう。)

 一見、憑依と遺伝って、相矛盾する概念のように思えてしまう。
 そもそも、憑依って、あくまで外部から当事者に取り憑くことを意味するし、遺伝とは、代々その当事者の親族(先祖)から受け継ぐものであって、その当事者の人生の過程のある時点で鬱勃と顕在化してくるものだろう。
 この両概念の整合性を、しかし、黒石は、計ることなく物語の脈絡のダイナミズムで押し切ってしまう。元ネタのホフマン作《 スキュデリー嬢 》の中にその契機があった。
 《 スキュデリー嬢 》では、懐妊中の母親が、貴族に抱き寄せられた際、彼女の心を奪った貴族の首飾りに触れた刹那、貴族がその場で脳卒中で死亡し、死体に抱かれたままの状態で助け出される。胎児の時に母親が経験したこの恐怖が、生まれてきた子供の犯罪に結びついたとされる。これが、この物語《 血と霊 》の塑形なのだ。
 《 遺伝と感応  大泉黒石の『血と霊』 》で中沢弥は、ストリンドベリの影響をあげながら所謂先天的遺伝と微妙に異なるこの憑依的遺伝を“胎内感応”と呼びこう規定している。
 

 “ 親の血に流れている性質が血を通して遺伝するだけでなく、妊娠時の母親の経験や感情が胎児に影響する ”


 でも、昔からこの両者を包含する概念はあった。
 巷間、奇態な憑依現象が代々現れる特定家族を指して、“憑きもの筋”と呼び慣わされてきた。昔から閉鎖的共同体内では疎まれ、その被害を回避し、あるいは補償するものとして様々な方策が採られてきたようだ。
 その悪霊、日本だと“狐憑き”が有名で、タイじゃ“ピー・ガ”といって家系に憑くのも存在するらしい。
 タイ(カンボジア)風にちょっと戯画化してみると、雲泰の母親が誰かに強く疎まれ、その人物が呪術師(モー・ピーあるいはラーンソン)に頼んで悪霊を憑かさせたに違いないという、彼地じゃ現在でも日常的茶飯事らしいおどろおどろしさも倍増の憑依譚となってしまう。
 その上、タイには、そんな人間関係的しがらみとは別個に、ピーパー( 森の霊=浮遊霊 )といって、森に潜んでいて人間や動物に憑き、その人間・動物が死ねば他の動物に憑いてゆくのもいる。デンゼル・ワシントン主演の映画《 悪魔をあわれむ歌 》でも、これに似た人間や動物に憑いて悪事を働く悪霊( 悪魔ベゼル・ブブ )が、次から次へと秒単位で通りを歩く人々に憑依してゆく様が不気味に描かれてもいた。


  『 血と霊 』 大泉黒光 (春秋社)1923年7月


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