藍凧、青天に襤褸のごとく 『 青い凧 』(1993年)
甍と白煙、土埃舞う胡同の路上に子供達が遊び、驢馬車がポクポクと荷を引いてゆく。と、ある民家の門の中に、大八車で運んできた簡素な家具類を運び込む男達。新婚の樹娟と少竜の二人の新居に収めるためだ。その時、何処かから、ラジオのソ連の最高権力者スターリンの死を報じる声が流れてくる。1953年3月5日午後9時50分死亡・・・


1953年といえば、“第一次5カ年計画”の発布された新生(人民)中国発展の基礎となった年であり、日本では、京都・舞鶴港に、ようやく中国大陸からの引揚者一行を満載した帰国第一便が到着した年でもある。まだまだ戦争の残煙が色濃く烟(けぶ)っていた時代。
親族や仲間、近所の親しい住民が集ってのいたって簡素な結婚式で、壁に掲げられた毛沢東の肖像に二人が一礼をし革命歌を唄うシーンって、四年前に中華人民共和国として独立し、ようやく建設の端緒についたという、まだまだ新生中国に夢と希望を抱いた溌剌の象徴なのだろう。
小学校教師の樹娟(シューチュアン)と図書館司書の少竜(シャオロン)、そしてやがて生まれる鉄頭(大雨)の3人家族の、乾井という胡同を中心に物語が始まる。
少竜はじめ、3人も伴侶が替わった女主人公、田壮壮監督の母親・于藍(ユイ・ラン)を模したといわれる樹娟の、揺れ動き続ける新中国=人民中国の時代の波に呑まれ、惨澹の憂き目憂き目が、その伴侶の変転の次第を語ってゆく。
当然に文化大革命の大波にも呑まれ、3番目の党幹部の夫も紅衛兵らによる糾弾の最中凄惨に死を余儀なくされてしまう。因みに、最初の夫・少竜は、“百花斉放・百家争鳴”で有名な整風運動の波に足下を掬われ、強制労働キャンプ送りになってそこで事故死し、2番目の夫・李は、彼等の友人でもあったのが少竜を右派として密告した張本人で、良心の呵責に苛まれ、彼等に誠心誠意尽くし続けたあげく病死してしまう。第5世代監督たちの自家薬籠中的定番手法でもある。



以前紹介した《 盗馬賊 》(1985年)も結構面白かったけど、この《 青い凧 》(原題 : 藍風箏)も悪くはない。中国じゃ上映禁止のままという。今更言ってみてもはじまらないけど、社会主義的リアリズムって、社会主義国なら常道だったはずが、いずこのマルクス主義国家(権力)も目の敵にしてあれこれと弾圧に走ってしまう。狭隘なこと限りない。“革命”とは真逆。タイの諺で謂う“(一度)虎の背に乗ると(もう)降りられない”って奴なのだろうか。権力(主義)の慣性と論理だ。
それでも、ブログ見ると、田壮壮、それなりに作品発表し続けているようだ。
章子怡(チャン・ツィイー)が3世代・3役演じた《 ジャスミンの花開く 》原題:茉莉花開(2004年)に、彼も制作総指揮ってポジションで関わっていたとは知らなかった。
この《 青い凧 》、基本、胡同を舞台に描いていて、土の路、土塀、黒瓦屋根、朦々と壁から烟る白煙、群れなし戯れる子供たちの姿や、土の路からアスファルトの道路への時代の変遷も情緒たっぷり。



田壮壮の両親は共に映画(俳優・制作)に携わってきた生粋の映画一家らしい。
ところが驚いたことに、ここでもあの江青の影が禍々しくとぐろを巻いていた。
母親の于藍が有名俳優・趙丹と共演した《 不屈の人々 》原題 ; 烈火中永生(1965年)に、自分も原作が気に入って撮りたかったのを横取りされたと怨んで、わざわざ撮影所までやってきて難癖をつけたという。2年後、文革の嵐が吹き荒れ始めると、早速、于藍と夫の田方ともどもに“反革命分子”のレッテルを貼られ追及され投獄されてしまう。詳細はつまびらかじゃないけど、そもそも江青の目の上のタンコブ=趙丹と共演したとばっちりもあったかも知れない。田方は獄死したが于藍は生き延びた。が、獄中の身体的トラブルで女優の路を断念し、制作の方に専念することになった。
その時の体験がこの映画にも反映しているらしい。
3番目の党幹部の義理の父親の邸まで押しかけてきた紅衛兵の一団に、義理の父親が指弾され持病の心臓病を発症してもそのまま追及集会場か何処かへ連れ去られようとするのを、見かねて止めに入った母親も紅衛兵たちに暴力を揮われ一緒に連れて行かれてしまう。まだ少年の鉄頭も何とか母親を取り返そうとするも多勢に無勢、思い余ってレンガを手に紅衛兵の一人に殴りかかりはするものの直ぐに袋叩きにされ、地面に臥(よこた)わったまま、ふと空を見上げると、木の枝に引っかかった藍い凧が風に小さくなびいていた。原題の《 藍風箏 》の藍って、母親・于藍の藍でもあるのだろう。
しかし、遺憾なことに、江青の名も、名付けた者が、“青出於藍更勝於藍”から取ったらしい(別の説もある)。彼女の上海女優時代に使っていた“ 藍蘋(あおりんご) ”から発想したのだろうが・・・



監督 田壮壮
編劇 肖矛
音楽 大友良英
樹娟 呂麗萍
少竜 濮存昕
李 李雪健
制作 北京電影製片廠(1993年)
« インド=ボリウッド 旅先のポストカード | トップページ | ミレニアム的ゆらぎ 帰ってきたヒトラー(2015年) »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 高杉晋作=東行庵(下関・吉田) 再訪(2026.03.31)
- 黒石ブログ的近況 《 笑うべからず 》同類異種的島田清次郎への接近(2026.03.18)
- わたしと共に磔刑を覚悟する者はいないか ! 古海卓二《 九州の百姓一揆 》(2026.02.23)
- 甲斐大策的軌跡 古い港町のオアシス・グリシェン・カフェ(2026.02.07)
- 浮遊と舞い上がり(2026.01.24)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 高杉晋作=東行庵(下関・吉田) 再訪(2026.03.31)
- 黒石ブログ的近況 《 笑うべからず 》同類異種的島田清次郎への接近(2026.03.18)
- わたしと共に磔刑を覚悟する者はいないか ! 古海卓二《 九州の百姓一揆 》(2026.02.23)
- 甲斐大策的軌跡 古い港町のオアシス・グリシェン・カフェ(2026.02.07)
- 浮遊と舞い上がり(2026.01.24)
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 高杉晋作=東行庵(下関・吉田) 再訪(2026.03.31)
- 黒石ブログ的近況 《 笑うべからず 》同類異種的島田清次郎への接近(2026.03.18)
- わたしと共に磔刑を覚悟する者はいないか ! 古海卓二《 九州の百姓一揆 》(2026.02.23)
- 甲斐大策的軌跡 古い港町のオアシス・グリシェン・カフェ(2026.02.07)
- 浮遊と舞い上がり(2026.01.24)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 高杉晋作=東行庵(下関・吉田) 再訪(2026.03.31)
- 黒石ブログ的近況 《 笑うべからず 》同類異種的島田清次郎への接近(2026.03.18)
- わたしと共に磔刑を覚悟する者はいないか ! 古海卓二《 九州の百姓一揆 》(2026.02.23)
- 甲斐大策的軌跡 古い港町のオアシス・グリシェン・カフェ(2026.02.07)
- 浮遊と舞い上がり(2026.01.24)
「音楽」カテゴリの記事
- 甲斐大策的軌跡 古い港町のオアシス・グリシェン・カフェ(2026.02.07)
- 蒼茫的2026年・・・(2026.01.02)
- 美死霊は切々と東シナ海を越えて 切られた小指 / 大泉黒石(2024.11.02)
- 7月の弾丸 JULY BULLET (2024.07.27)
- 犬肉食禁止という欧米先進国という名の帝国主義列強とそのサーバント達の新・差別主義(2024.01.27)

