ミレニアム的ゆらぎ 帰ってきたヒトラー(2015年)

一昔前、確か角川文庫の《 アドルフ・ヒトラー 》(著・ルイス・シュナイダー)だったか、小さな本屋で買って読んだことがあった。一度、ヒトラー=ナチスの実像を大まかであっても把握しておこうと思い至ったからであった。ところが、読んでみると、余りに決めつけと誹謗中傷、つまり何としても貶めようという心底の見え透いた“アンチ・ヒトラー=ナチズム”的プロパガンダ以上のものではなく、辟易してしまった経験があった。
ヒトラー・ナチス=アウシュビッツという錦の御旗の下、ともかくあれこれ難癖をつけ、誹謗中傷し、貶めれば、国際的な官許的ステータスを得られた時代の典型的な産物ってところだったんだろう。
実際、当時、海外のテレビ番組なんかでも、ナチスの宣伝相ゲッベルスが演出したらしいヒトラーの演説(あるいはそのニュース映画等も)の際の、“如何に民衆の心を掴むか”というパフォーマンス的手練手管、例えば表情やポーズをとったりしていた事なんかを、滑稽で欺瞞的詐術だと侮蔑し、化粧までしているとこき下ろしたりしていたのだけど、ところが昨今、何処の国の政治屋・権力者も、もうそんな演出的パフォーマンスなんて常道といわんばかりの踏襲ぶり、どころか、ゲッベルス=ナチスの頃を遙かに凌駕して恥じることなし。
あのヒトラー=ゲッべルスに対する稚戯めいた誹謗・侮蔑って、一体何だったんだろう。
ドイツ国内で250万部売れたからだろう、色々物議を醸したらしいその2012年のティムール・ヴェルメシュ著《 帰ってきたヒトラー 》を映画化し、それも大ヒットしたという2010年代ドイツの時代相を知るには端的な作品といえなくもない。
基本設定は、今流行のタイム・スリップもの。
連合国の猛攻に今や崩壊寸前の第三帝国(=ナチス・ドイツ)・首都ベルリンの総統地下壕で愛妻エヴァとともに自殺したはずのヒトラー、何故かミレニアム2014年に突如姿を現した。現在では総統地下壕跡地となった植込みに、拳銃自殺後に部下によってガソリンで焼き払われる手筈だったそのガソリンの臭いをプンプン漂わせながら。
近くのキオスクの店主に助けられ、テレビ会社をクビになったカメラマンの男の目にとまって、彼のテレビ局復帰のための動画の主人公にされ、ドイツ各地を巡るロケの旅に出ることになる。
やがて、ヒトラーのそっくり俳優として件のテレビ会社に雇われ、トーク番組に出演しどんどん人気者となったと思ったら、会社の内紛に巻き込まれテレビから姿を消してしまう。それでも、内紛で追放された元局長とカメラマンの男にヒトラーの書いた本を元にした映画の主役に抜擢される。そんな矢先、とうとうカメラマンに、そっくり俳優じゃなくて本物のヒトラーと見破られ、拳銃で命まで狙われ追い詰められてしまう・・・

原作がスラップ・スティックと評されたように、ヒトラーがパソコンでグーグル検索するシーンすらあったりするコミカルな映画にしあげられている。
だからといって、喜劇という訳でもない。
あっちこっちの街角で通行人達と、ヒトラーの扮装のまま対話する場面もある。
余りにすんなり通行人・市民達と会話がなされているので、実際の対話じゃなく、俳優達が市民を演じているようにすら思えてしまう。ぼくはそのどっちとも判別出来ず小首を傾げながら観ていた。この手のシークエンス(場面)の構造って、大抵が、通行人やらの違和が基準といってもいいくらいなのが、それが全く感じられない。もう、現在のドイツじゃ、“ ヒトラー=ナチス ”って、思わず生理的拒否反応を示す質のものじゃなくなってしまっているようだ。
面白かったのは、ヒトラーが支持する政党を問われ、ネオ・ナチではなく、〈緑の党〉を選んだ場面。国土の汚染を嫌うってところでシンパシーを覚えたって設定なんだろうが、確かにヒトラー、酒もタバコどころか珈琲までも嫌っていたのは有名。喫煙と癌との関係をドイツの医学者が警告したかららしい。ヒトラーが公共の場での喫煙まで規制していたとは知らなかった。昨今の健康志向の先駆けってとこだろうか。
そもそもが、ヒトラー役のオリヴァー・マスッチ、《 ヒトラー 〜最期の12日間〜》(2004年)のブルーノ・ガンツと較べても明らかに似てない。髪型と鼻髭そして軍服でそれらしく見えているに過ぎない。典型的特徴の記号性ってところでの了解性の上に成り立っているだけ。それでも、現地ドイツ国内の市民達は彼を“ヒトラー”と認めたのだから。
それも、流行のスマート・フォンでのツー・ショット撮影の洗礼を受けるほど、好意的に。
“ そっくりさん ”というエンターテイメント的了解性が既にあっての好意的対応だったのだろう。
映画後半で、カメラマンの男に拳銃で狙いをつけられたヒトラーが云う。
「 ( 嘗てナチスが政権をとったのは ) 大衆が扇動された訳ではない」
「 彼等は計画を明示した者を指導者に選んだ 」
「 わたしを選んだのだ!」
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