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2017年2月 4日 (土)

ブラフマーの聖地 プシュカル ( 旅先のパンフレット )

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 バック・パッカーには新年・正月を何処で迎えるかに結構こだわったりする者も少なくなく、ぼくもその例に倣って噂に聞いたヒンドゥー教の聖地でもある場所で迎えてみようとインド・ラジャスターン砂漠の入口にひっそりと佇んだ小さな町・プシュカルで年越し・新年を過ごしたことがあった。
 勿論別段何が変わったという訳でもないけれど、いつもの日本国内の変わり映えのしない光景とはやはり異り、異質と同一性の体験的自己確認ってところで、一人悦に入れたことは確かであった。

 とりわけ、大晦日の夕刻、アジメール側の低い灌木の覆う小さな山から、沈みかけようとしている夕陽の方に流れてゆく雲がだんだんと赤く染まってゆき、街の真ん中にあるプシュカル湖を囲繞したガート(石階段式沐浴所)のヒンドゥー寺院から鐘や太鼓や詠歌あるいはマントラが湖中に響き渡ってゆくセレモニーは味わい深いものだった。
 もっともこれは、ヒンドゥー教的の毎夕の祭祀的所作に過ぎないものだけど、刻々暮れなずんでゆくガートに面した寺院や民家の人々が、金属皿の上の燃える炎をそれに吊るした鎖でグルグル廻す所作は、遥か古のペルシャの拝火教(ザルトーシュト)以来なのか、ロシア正教のそれをも思わせ、西アジア的血脈に想いを馳せてしまう。


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 現地のブログ見てみると、外人観光客やインド国内の中産階級以上の観光客を対象にしてるのか、プール付の豪華そうなホテルが建ち並んでいるようで、ぼくが訪れた当時とは雲泥の差に近代化された観光地となっていた。湖周辺は寺院関係や住民で占められているので、郊外つまり砂漠地帯に作られたものだろう。
 国産タータのバスで団体でやって来て、そのバスの近くで煮炊きして食べ寝る地方からきた団体の巡礼たちの姿と比較してみても始まらないけど、それは何処の国も経てきた路でもあり、その最たるものの、今だ中世の遺制色濃く残るカースト国家インドであってみれば、正にあらゆる意味において生きた化石的風物詩と言えなくもない。


 そもそもこの町は、ヒンドゥー教の三神( トリムルティ )の一神・宇宙神ブラフマーを祀ったインドでも珍しい聖地。大抵はシヴァかヴィシュヌ神のどちらからしい。水上に横たわったヴィシュヌの臍から伸びた尾の先の蓮花の上に四面をもってこじんまりと単座している有名な図が示しているように、宇宙神と称された割には前二者に比して影が薄い。
 プシュカルの巡礼客相手の商店街の店頭に並べられていたインド風の薄っぺらなプリミティブな印刷のパンフレットの表紙にも、そのヴィシュヌ=ブラフマーの赤い図像が掲載されていて、その異国情緒漂うキィッチュな印刷物に興味をそそられ、つい一冊買ってみた。
 中は墨一色の単色印刷で、聖地プシュカルの神話・伝説的入門書ってところ。


 さてブラフマー、他の神々が自分たちの名を冠した聖地を持っていたのに鑑み、彼自身の名を冠した聖地を欲しくなり、蓮華を三本空中に投げた。
 一番最初に落下したのが、現在プシュカルと呼ばれている真ん中に佇んだプシュカル湖で、“年長のプシュカル”Jesrtha Pushkarと呼ばれ、二番目に落下したところは“真中のプシュカル”Madhya Pushkar、三番目は“年少のプシュカル”Kanista Pushkarと呼んだ。
 三番目のプシュカルは郊外にあってアジメールだったかの貯水池ともなっていて、英語でジュニア・プシュカルとも呼ばれてるけど、地元じゃブッダ・プシュカル(老プシュカル)とも呼ばれている。
 

 蓮華といえば、チベットに仏教を伝えた開祖パドマ・サンブァバ、名前の通り“蓮華生”と呼ばれ、蓮の花から生まれたという伝説で有名だけど、水上に浮かび大輪の紅花を咲かせる蓮華って、確かに神秘的かつ鮮やかで、シンボリックな連想を抱かせる。鬱蒼と茂った草林の奥の小さな沼や池に一輪紅い花弁を拡げる蓮華も極美だけど、靄の向こうの湖上一面に鮮やかに咲きほころんだ蓮華も極彩色のマンダラを彷彿とさせる。
 push=華、kar=(ブラフマーの)手ということでプシュカルらしく、そこで沐浴をすれば罪深い者達の罪が浄化される、ということで、毎日、インド中から信者達が参集してくる。ジャイナ教やイスラム教徒達までもが訪れるという。


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 このパンフレットによると、あらゆる聖地での沐浴は罪人達の罪業を払ってくれるけど、このブラフマーの聖地プシュカルだけは最も罪深い者達の罪すら浄化してくれる最も霊験あらたかな聖地なのだ。では、なぜ、そうなったのかと言えば・・・

 そもそもがブラフマーの聖地たるこの三つのプシュカル湖で沐浴さえすれば、ブラフマー神の慈悲によって、誰でも罪を浄化され死後天国へ昇れるようになった。この実に簡単な方法で救済と天国での至福の享受を得られることを知った人々は、本来ヒンドゥー教徒なら行うべき日々の精進や祭祀を軽んじ顧みなくなった上に、彼等で天国は溢れかえてしまった。
 ある日、そんな状況を危惧した神々達は、ブラフマー神のところに連れだってその由々しき事態への懸念を伝えた。すると、ブラフマー神はためらうことなくこう答えた。


 「 確かにあなた方の仰る通りでしょうが、あのプシュカルはもはや私と切っても切れないくらいに親密で不可分な場所となっているし、それに今更自分の作ったものを変えようとは思わない」


 そうはいかじと神々達、尚も喰いさがった。


 「 おお、宇宙の創造者よ!
 プシュカルの聖なる沐浴のおかげで、実に容易に人々は天国のキップを手に入れた。罪人達でさえ、我々と同等になってしまった。
 このままいけば、誰も日々の精進やら祭祀にソッポを向き、神々の聖火に供物を捧げることすらしなくなってしまう。我々の立場はどうなるのか?」


 そこまで言われて、さすがブラフマー神、おのれの失敗を悟った。


 「 いや、確かにあなた方の仰る通り。
 じゃ、人々の罪を浄化するプシュカルの力に制限を加えましょう。
 Kartika月(11月~12月)のShukla Paksha(新月からの最初の二週間)の最後の五日間にプシュカルで聖なる沐浴をした者だけの罪業を浄化することにしましょう。そのかわり、すべての神々は、この五日の間にプシュカルを訪れたすべての人々に祝福を与えて下さい。」


 神々はそのブラフマーの言葉を聞き、安心して天国へ戻っていった。
 それ以降、人々は、最も霊験あらたかなKartika月の最後の五日間、聖なる沐浴をするようになった。


 その五日間が、いわゆる《キャメル・フェスティバル》 ラクダ市の日(実際には二週間の祭り)でもある。結構盛大なものらしく、さすがに人、人、人で溢れまくるフェスティバルは、ぼくは遠慮させてもらった。プシュカル湖のガートや周辺の木々に屯するラングール猿達で充分。


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 プシュカルの南西にあるというアジガンデシュワル(Ajgandheshwar)寺院にまつわる説話も興味深い。
 かつて、ヴァシユカリ(Vashkali)と呼ばれた悪魔が居た。
 どんな心持ちでか定かでないけど、何と一万年もの間、プシュカルでブラフマー神に則って瞑想・苦行を続けたという。ブラフマー神も喜び、悪魔の願いを聞き届けてやることにした。
 悪魔ヴァシユカリは申し出た。


 「 おお、神よ。宇宙創造神よ。もし、本当に私の願いを叶えてくれるなら、私を決して人間や神々にさえ殺すことのできない不死の身体にして貰いたいのですが」


 上機嫌のブラフマー神、たやすく悪魔の願いを聞き入れた。

 「 悪魔よ。今日からお前は、神々によっても、いかなる人間達によっても殺すことの出来ない存在となろう 」


 さっそく悪魔ヴァシュカリ、厳粛に誓いを立てた。
 プシュカルの湖で沐浴し、ブラフマー神の祭祀(Darshan)を行い、毎日食事を供すると。


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 やがて悪魔の仲間達がその噂を聞きつけてやって来て、インドラの王国、つまり天国に攻め込み、その乗っ取りをけしかけた。悪魔はそそのかしに乗り、大軍を率いて天国へと進軍していった。強力な悪魔軍はまたたくまに天国軍を蹴散らし、インドラはほうほうの態で天国から逃げ出した。
 こうして悪魔ヴァシュカリは天国、人間、悪魔達の三つの世界の王となり、法(ダルマ)に従ってきっちり支配することとなった。それでも、悪魔は、日毎のブラフマー神の祭祀ダルシャンとプシュカル湖での沐浴を怠ることはなかった。

 一方、敗走し天国の王位を失ってしまったインドラは意気消沈し悶々とした日々を送っていた。それから一万年過ったある日、インドラは破壊神シヴァ神のところへ赴き訴えた。


 「 私は悪魔ヴァシュカリによって王国を奪われ、天国から追い払われてしまいました。ブラフマー神が、彼奴に決して神や人間に打ち倒されないよう加護を与えたからです。」


 シヴァ神は答えた。


 「 おお、親愛なるインドラ。
  ならば、山羊に化けて悪魔ヴァシュカリを確実に葬ってしまおう。」


 悪魔は毎日ブラフマー神のダルシャンの前にプシュカル湖で沐浴することにしていた。
 シヴァ神は羊の姿で現れ、悪魔はその大きな山羊を見つけ、弓矢で殺そうとした。その時、あわてて悪魔の配下の大臣が、ひょっとしてあの山羊はヴィシュヌ神かシヴァ神かも知れないと諫め止めるのも聞かず、例えそうであったとしても、ブラフマー神以外ならどんな神だろうと皆殺しにしてやると息巻き、毒矢を放った。
 山羊=シヴァ神、毒矢をものともせず悪魔に大きな角で一突き、悪魔は即死してしまった。影でその様子を窺っていたインドラや天国を追われた神々は、シブァ神を褒め称えた。そこにはブラフマー神も居て、シヴァ神を賞賛しながらこう言った。


 「 もし、あなたが本当に私に好意を示してくれるなら、私の最愛のプシュカルに名声と栄光を与えて下され」


 その時、あたりを揺るがせてシヴァ・リンガが大地を突き破って現れた。
 
 「 ここにこのリンガは残り続け、カルティカ月のシュクラ・パクシャの十四日目には、必ず私はやって来る。」


 そう告げ、神々を災厄から救ったシヴァ神は立ち去っていった。
 すべての神々は歓喜のうちにリンガを祭り、インドラの後に続いて天国へと戻っていった。
 この恐らくシヴァ派なのだろう寺院の起源譚なのか、ブラフマー神の聖地の中での別神シヴアの面目躍如って説話だけど、この薄いパンフレットには他にもブラフマー神的脈絡に横やりを入れ拮抗し終いには圧倒するシヴァ的説話も少なくない。やはりシヴァ・ヴィシュ両神に較べ何とも脆弱な感は否めない。
 この悪魔ヴァシュカリの説話でも、最後に彼を倒したシヴァ神を賞賛する神々の列にどういう行きがかりでなのか、いつの間にかブラフマー神も一緒に並んでいるってのも、今ひとつ判然としない。薄いパンフレット故に本来の筋を割愛したのかも知れないが、あるいは、ヒンドゥー教の三神一体(トリムルティ)論的に、ブラフマー=創造神、ヴィシュヌ=維持神、シヴァ=破壊神って訳で、一度悪魔ヴァシュカリに不死の力を付与(=創造)したからには、ブラフマー神にもはやそれを止め立てすることはできず、後はもう破壊を司るシヴァ神の出番しかないって三権分立的規範なのか。そこら辺の微妙なところが割愛されているのが残念。
 因みに、プシュカルでの沐浴の基本はカルティカ月の最後の五日間の最終日、つまり満月の日(=プルニマpurnima)。

 この他、ゴール朝の王・ヴラドラータ(Vrahdratha)の、カルティカ・プルニマの満月の夜になるとプシュカルの三つの湖を沐浴することなく静然と巡りつづける輪廻転生譚なんかも興味深い。

 (注)リンガLinga ; 男根の豊饒多産的シンボライズした砲弾型の石像。その基底にヨーニ(女陰)を象ったものと結合した形が一般的。普通、シヴァの代名詞。

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