大相撲から見えてくるニッポンイズム

先だって、日本列島を、呆然でもなく、震撼でもなく、人によっては感涙に噎ぶほどに感動させたらしい横綱・稀勢の里と大関・照ノ富士の優勝のかかった一番。
勿論、前日、大関復帰がかかった琴奨菊との一番で、横に体をかわし“変化”したってことで大阪府立体育会館の観客に罵倒され唾棄されたらしい(当方はその場面は観ていたなかった)照ノ富士じゃなく、前々日受けた肩か胸の負傷を押して出場した稀勢の里に対する声援と熱狂。
本割り(普通の対戦)と優勝決定戦の両方の勝負を観た。
で、対戦はというと、のっけから、“横綱”稀勢の里、変化した。
と、どういう訳か、すぐ仕切り直しとなった。
別段両者とも立ち会いに特に問題があったと思われないのだけど・・・
そして、満を持しての再度の仕切り・・・
と、稀勢の里、またもや変化した。
結局、その一番は、大方の予想を裏切って、負傷した稀勢の里が嫌にすんなりと勝ってしまった。前日の、横綱・鶴竜に理の当然の如く簡単に敗けてしまった一番とまるで真逆。
たった一日でこうも回復してしまえるのか?
そういえば、照ノ富士、好成績をあげてきた割には、何故かこの土俵での動きが妙に覚束なかった。
ふと、その時、その日の午前中だったかに見たネットニュースを思い出した。
確か照の富士だと思うのだけど、朝の稽古もそこそこに足を引きずるように引きあげていったって消息。2週間近くの相撲で、元々痛めていた膝がいよいよ悪くなってきてしまったのか。
次の優勝決定戦。
館内は沸きに沸いていた。
前日、稀勢の里と対戦した鶴竜が、対戦した際の稀勢の里が「当たった瞬間に力が抜けていた」と、動態の下での対戦相手の身体の状態を体感できたのと同様、照の富士の脚下の覚束なさから膝の負傷の悪化を悟ったかのような勝算のほくそ笑み=余裕すら、その時稀勢の里の表情から読み取ろうとするのは考え過ぎだろうか。
そして、最後の仕切り立ち会い・・・
が、本割りじゃ見せなかった稀勢の里の十八番芸、当方は“ニッポン相撲”と呼んでいるが、要するにまともに立ち会おうせず、相手の勝負に賭けた気勢(集中力だけじゃないそれ以上のもの)を削ぐ所作=手口が早速顔を出した。
稀勢の里と栃煌山をその双頭的頂点として、同様の手口を常套する力士たちを、その殆どが何故か日本人力士ばかり(外人力士にはまず居なかったのが、もう長く“常態化”している故にか、最近は外人力士にも少しづつ増えてきている。その一人が、誰あろうこの照ノ富士だった。但し、先述した双頭的頂点たる二人の日本人力士の厚顔無恥なまでの執拗さに較べたら可愛いいもの)なので、“ニッポン力士”と命名した次第。
普通、蹲踞(そんきょ)の姿勢から仕切りにはいるため、双方同時に一度立ち上がるのだけど、照ノ富士が立ち上がっても、稀勢の里、蹲踞の姿勢のまままんじりともしない。
何としても、
“優勝!”
って、シフトなんだろう。
照ノ富士がしゃがむのをしっかと確認してから、おもむろに横綱・稀勢の里、ゆっくりと立ち上がり、そしてしゃがむ。普通、互いに立ち上がってしゃがみ、立ち会いに向けて一切を集中するってのが定式だったはずなのだけど・・・。
そして、立ち会い。
照ノ富士、さっと立ち上がり踏み込んだ。
が、稀勢の里、まるで立ち上がる気配もなく、悠然と照ノ富士を見遣るばかり。
すかさず、行事が止めに入り、仕切り直しになってしまった。
はやった照ノ富士が一方的に突っかけたって訳でもなかった。
普通に考えれば、敢えて稀勢の里が、自分の不利を悟って立ち上がらなかったってところだろう。( 勿論、ニッポン相撲の“雄”故に、意図的な“かわし”の可能性も排除できない。心理戦って訳だ。)
つまり、事実上の“横綱”稀勢の里の “待った!”。
この辺の判定の恣意性って、大概にゃ古くから指摘されていたにもかかわらずの、ニッポン相撲協会の無能と怠慢、無責任さの典型的産物。
普通なら、そのまま、立ち会いを続けさせられることもザラ。
だから、その時点で、行事が止めに入らなければ、確実に照ノ富士が勝っていた。
それとは別に、照ノ富士、この時、自分を見失っていたようで、あたかも自分で“つっかけた”かのようにペコリと審判員の誰かに頭を下げてしまった。( まさか、その審判員が何か土俵上の照ノ富士にインネンでもつけたのだろうか? 稀勢の里はじめニッポン力士達なんて常習なのに、彼等がそれで土俵下から審判員たちに叱責・注意受けるなんて、本当に稀でしかない。)
そもそもが、蹲踞して見合った後、照ノ富士が、稀勢の里の動きを確かめることもなく、あっさり立ち上がったってこと自体が彼のいつものやり方を崩しているのだから。直前の本割で、簡単に敗けてしまって、後がないってことの焦りの故なのか。
この後、稀勢の里、ようやくまともに仕切り直し、立ち会って、簡単に勝ってしまった。
まともな立ち会いをやろうと思えばやれたって訳だけど、もうその時は、照ノ富士、焦りとリズム・集中力を毀され、こう言って良ければ、完全に稀勢の里の術中に嵌ってしまっていた。
この二人の対戦で分かったことは、やっぱし、相撲って、上半身よりも下半身の負傷の方が圧倒的に致命的ということだ。だから、本当は、損傷の致命傷度は、稀勢の里なんよりも、むしろ照ノ富士の方が高かったってことだろう。
元々、照ノ富士が膝の負傷をしていなければ、とっくに横綱になっていたのは余りにはっきりしていたし、致命的な膝の損傷だった故に、さっさと一場所でも、二場所でも休んで完治してからでも、充分に横綱になれたのも又当時の定説的評価であった。
もし照ノ富士が横綱になっていれば、稀勢の里が横綱になる目なんて先ずあり得なかったろう。否、優勝すらあり得なかったに違いないのだから。
ところが、現実には、常識を覆しての、照ノ富士の強行出場だった。
周囲の猛反対にあいながら、“頑な”って言葉を粉砕するほどの“異常”行動だった。
自分から、自分の目前数十センチ先に、もう掴まれることをばかり待っていた横綱の地位を、一体何を思ったのか( あるいは、ひょっとして、誰かがそれを求めたのか? )、遠ざけてしまったのだから。否、力士生命すら危ぶまれる暴挙だったにもかかわらず。
これは完全に不可解なんて域を越えた、もう《 謎 》の領域だろう。
普通にまず思い至るのが、“大相撲を舐めていた”故に、という仮説だけど、だったら、その後の一、二場所で、その不可能性を悟り、やっぱし完全休場しかないと納得する他なく正解ではない。ところが、実際には、もうそれ以上の場所数を踏んでいながら、照ノ富士は、一向にそんな理に適った挙にでることもなく、只いたずらにダラダラと愚挙を繰り返すばかり。
この異常性には、いやでも、昨今の様々なこの国を取り巻く状況から、色んな疑念・猜疑が、果ては陰謀論の類まで頭をもたげてきてしまいかねない。
何しろ、ニッポン相撲協会が、ともかく如何しようもないほど種々様々な悪弊・トラブルの元凶と化して久しいからだ。
かつて柔道が国際化された頃から既に大部時間が過っているにもかかわらず、最近になってもまだ、あたかも自分たちだけには如何なる責任もない、ひたすら一切は外国の審判や・その組織にあるっていわんばかりに喧しく騒ぎ立てている国内の柔道界を見るにつけ、その徹頭徹尾の自分たちの都合と論理ばかりのお粗末な体質に、ニッポン相撲協会の底なし加減も了解できてしまう。
“ニッポン相撲” ・・・ むろん、これは相撲評論家やファンが使っている訳じゃなく、専ら当方が、昨今のこの国の趨勢に因んで命名した概念に過ぎないけど、先述の双頭的力士たち以前から延々と続けられてきた所作で、立ち会いの仕切りは、双方が呼吸を合わせ、同時に起きあがって始まる取組を、その立ち会いの仕切りの時点であれこれ意図的な工作を弄して、相手の集中力・気勢を逸らしたり乱れさせたりする悪弊だ。
“真の相撲ファン”達や評論家、ニッポン相撲協会の趨勢は、世間向けのゴタク(=詐術)はともかく、実質的には、これをむしろ肯定的に相撲的“駆け引き”として、
「何が悪いんだ?」
とばかり黙認・許してきた。
それ故に跳梁跋扈し蔓延してきたのだ。
しかし、これって、かつて柏鵬時代の一翼を担った横綱・柏戸=鏡山親方が審判(副・長)時代に口騒(うる)さく、目に余る力士には、土俵下からでも大声で怒鳴りつけることしきりだったという有名な逸話=伝説すらあったほど。
これももう旧い話になるけど、以前《八百長・相撲賭博》事件で角界が震撼とした頃、出所不明のビデオで世間の耳目を集めた、何処かの会場で、居並ぶ大勢の力士や親方衆に向かって、初代若乃花=二子山理事長が、大声で罵声をあげる場面。
その時、二子山理事長がなじっていたことこそ、件の“立ち会い”問題だったという。
「一体、お前達は、何時になったらちゃんとやれるようになるんだ!」
ってところだろう。
つまり、そういう問題ということだ。
だから、横綱・朝青龍や白鵬はじめ外人力士の方が、日本人力士たちのそんな悪弊の野放しに違和や怒りを覚えていたろう。その癖、外人力士の些細な所作やなんかじゃ大騒ぎしてみせる審判員や相撲協会(・横綱審査会)。又、白鵬たちだけじゃなく、日本人力士の中にも、そんなニッポン相撲の常習者=ニッポン力士に怒りを覚え、土俵上で対応的所作をあからさまにやって見せたりしてるのを幾度も眼にしたこともある。(尤も、満身創痍の長老格・安美錦や同じく小柄で長老格の豪風なんかが使う分には誰も文句をつける者はないだろうが。)
問題は更に、外人力士の間にもそんな風潮が徐々に拡がりはじめているってことだ。正攻法でゆくと損という利益優先的現実主義的対応って奴だろう。 その上での、先だっての“稀勢の里=照ノ富士”戦騒ぎだった。
正に絵に描いたような、排外主義的ニッポンイズム。
別段、当方、一時期流行った“真の相撲ファン”でもなければ、所謂“通”(平成風に呼ぶとオタク)でもない普通の映像でのみ観たり観なかったりのライトなファンでしかない。
キックもフルコンタクト空手もK-1も、所詮クリンチ・ボクシングと大差ないので観なくなり、相撲だけは一応フルコンタクト格闘技ってことで、凡戦も多いけど(否むしろ年々益々増えてきている)、それでも他にないので観続けるだろうけれど、何とも鬱々するばかりの今日この頃。
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