プリアタン(バリ)の舞娘たち その2
ユリアティがレゴン・クラトンのチョンドンを舞っていたプリアタンのグヌン・サリは有名だけど、二つ違いの妹ビダニーがやがてチョンドンを舞うようになったティルタ・サリの方が人気の点では上のようで、明らかに観客数も多く、衣裳や照明も凝っていた。コマーシャリズムには目もくれないグヌン・サリの方が好きだけど、勿論若干の差に過ぎない。
一方、ウブトの中心地とも謂われるウブド・パレス(サレン王宮)は、場所柄、一番観客が多く、夜の公演以外にも、昼間は子供たちの公開稽古って趣きの催物も行われていた。近くを通りついで、休憩がてらに、当方も、木蔭の石段やに腰掛けて眺めてたりしたものだった。
グヌン・サリで、ユリアティの後釜に坐ったチョンドン役の小娘も、ここでいつも一人だけ真面目くさった面もちで稽古に励んでいたのが印象的で覚えていたら、やっぱりな、と言う訳だった。これは蛇足だけど、彼女、十歳にも満たない小さな少女で、グンタ・ブアナ・サリの公演でチョンドン役で前門からチョコチョコと舞ながら階段を降りてきた時、三段の石段の段差が彼女にはチョット危ういような懸念を覚えた。と、最後に床に踏み降りた途端、ストン!と、帯かなんかの一部が落ちてしまった。ところが、彼女、一片の動揺も見せず、平然とそのままメリハリの効いた舞を続けたのだった。さすが。ユリアティの後釜に坐れた由縁だ。

このウブド・パレスを拠点にしているサダ・ブダヤの人気舞姫がグン・マニ嬢で、当時30歳代だったのだろうか?
前夜、夕方にわか雨が降ったので地面が濡れてて、通りを隔てた向かいにある集会所で催されることになったサダ・ブダヤの公演( レゴン・ダンス。サダ・ブダヤは金曜にもバロン・ダンスを公演していた )、晴天の翌日も同じウブド・パレスに公開稽古を観に訪れた。ちょっと眺めて直ぐに出ようと思ってたら、舞台の奥に、周囲の小娘たちよりも少し上の高校生くらいの年頃の娘たちが並んでいて、面白そうなので彼女たちの舞も観てみようと思った。
が、幾ら待っても彼女たちの番が巡ってこない。
どうなってんだ、と訝し気にあたりを見遣ると、いつの間にか、当方が坐っていた円形の石のベンチの周囲にサダ・ブダヤのTシャツにジーンズ風の普段着のままの男女メンバーたちがどんどん集まって来た。つい先っきまで少女たちに手取り足取り教えていたグン・マニ嬢の姿すらあった。サダ・ブダヤ関係者ばかりのど真ん中に部外者の当方だけが一人居座ってるのも何か邪魔しているようで気が引け、そそくさと反対側にある楽器にカバーを被せたままの舞台の縁に移動した。そこからだと先っきの円形のベンチの方がよく見えた。
すると、あのグン・マニが嬢が一人こっちへトボトボ近づいてきた。
舞台の縁の前に立ち止まり、一人佇んだままじっとしている。
如何したんだろうと暫し小柄な身体にTシャツとサロンまで纏って何かをじっと待っているような風のグン・マニ嬢を見遣っていたが、余りまじまじと見詰めているのも憚られ、前方の丸石のベンチ周辺に屯している男女メンバーの方に向き直った。
と、その内、黒っぽいTシャツにサロンを腰に巻いたグン・マニ嬢、ツ、ツ、ツと前方に歩み出、おもむろに一人舞い始めた。後ろ姿しか観れなかったものの、舞台とは又一味違った薄化粧の彼女舞う姿は、妙にリアルで、舞台の上じゃ化粧で幾分ふっくらと見えてたけど、殆ど素の彼女は少しやつれた感じがするがチャーミングな三十代女性であった。
その内、勝手に練習しているのだと思い込んでいたのが、実はリハーサルだと分った。
奏でられるガムランとグン・マニの舞が渾然一体となって流れ出した。
やがて、舞ながら少し乾いた声でセリフまで言い出した彼女に、指導員らしい小肥りしたパンタロン姿の中年女性が、付きっきりであれこれ指導をはじめた。ずっと当方の隣に坐っていたジーンズ姿の若い娘もサロンを纏ってその一団に加わっていった。
観ていると、まだ出来上がったばかりの演目のプロトタイプって感じで、馬の頭を被って舞っていた青年なんかはまるで慣れていなかった。それでも中々の見物で、飽きもせず眺めていたら、とっくに3時間も過ぎていた。このハプニングに近いリアル感は、やっぱし本場でないと味わえない醍醐味。

乾期の割にゃ天候不順の8月はじめ、プリアタン王宮の先の集会所に、グンタ・ブアナ・サリを観に行く。
ところが、集会所は電灯も消えガラーンとして公演が行われる雰囲気は微塵も感じられなかった。ふと、見ると、少し戻った向かいの歩道側に幕らしきものが張ってあって、ひょっとして、とそっちへ向かうと、果たして、その脇に“ グンタ・ブアナ・サリ ”の看板が立っていた。覗いてみると、露天のかなり狭い場所で、観る分には間近にユリアティ、ビダニーたちの姿が観れるのでそれは却って有難いことだったけど、まだ箒で掃除中で椅子も並べられてなかった。
ところが、やがて空模様が悪くなってきて、ポツリ、ポツリと雨滴が落ち始め、いつもの屋根のある集会所に戻ることとなった。そこで小娘から2000ルピアで買ったコーラを手に、バケツを下げた売娘たちと一緒にトボトボと元来た道を戻ってゆくと、雨が止み、すると又先っきの狭い露天の一角で演るってことになり、すっかりぬるくなったコーラ瓶を片手に再び売娘たちと戻っていった。
しかし、見上げると、上空は真っ暗。
どうみてもまだ降って来そうで、ライトをセッティングしているこのグループのマネージャーらしき髭男に、いつもの屋根のついた場所の方がベターだと進言すると、彼も結局その案に乗り、再々度移動することとなった。小雨の中、缶コーラやボトルの入ったバケツを重そうに下げた売娘たちと辟易しながら歩いて戻っていった。
それでも、楽器の運搬とセッティングに手間取ったものの、定刻より少し遅れたぐらいで開演。 ユリアティはペンディットを、ビダニーは機(はた)織り踊を舞い、レゴン・クラトンのチョンドンは例の小娘が舞った。
プリアタンの舞姫たちの世界も少しづつ変化していくのだ。
プログラムがすべて了って外へ出ると、雨はあがり、ほぼ満月が静かに夜空に輝いていた。

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