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2017年6月の2件の記事

2017年6月24日 (土)

 ウブド的食彩

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 1998年の6月末から8月末までの約2ヶ月、長年観たかった本場のバリ・ダンスの堪能の毎日だった。且つ、いつも狭苦しい安宿ばかりだったバック・パッカーにとって、バリ・インドネシアの宿=ホテルの快適性は申し分ないものだった。
 例のジャカルタ暴動でインドネシア経済が、とりわけ国際的観光地バリはもろその影響を受け、散々な目にあってしまい、泊まったホテル(バンガロウ)もそれまで15000レアルだったのが、25000レアルに値上がりしていた。尤もそれでも約2ドルに過ぎず、2Fのテーブルと椅子の並んだバルコニー、広々とした調度まで付いたワンルームにバスタブのあるシャワー・ルームまで備わっていた。

 
 そこの一人っきりのスタッフ、バリじゃ定番の名前ワヤンが、毎朝、部屋代に含まれる簡単な朝食を運んできてくれるのだけど、他の宿はいざ知らず、そのパン・ケーキが中々巧かった。バンコクの定宿TT2ゲストハウスなんかとえらい違い。
 最初の朝が、ココナッツの果肉を細かく刻んだものがトッピングされたパンケーキ、フルーツ・サラダ、そしてジャワ・ティー(ポット)。
 2回目の朝は、フレンチ・トーストにパイナップルとパパイヤのサラダ。ジャワ・ティー。
 3回目は、オムレツののったトースト、フルーツ・サラダそしてジャワ・ティー。
 毎回メニユーを変えて運んできて呉れるサービスの良さ。
 それをバルコニーの竹製の椅子が向かい合わせに並んだテーブルで、青い実のたわわに実ったバナナの樹が幾本も立ち並んだ庭先、その向こうに拡がる田園風景をも眺めながら食べる朝食は、又格別だった。
 確かに、如何にも安くあがるバック・パッカー的心性に違いない。


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 一番最初にバリ・ウブドで喰ったバリ・インドネシア料理は、その宿から路地を通って出た大通りの向かいのチャンプルー屋風の小さな食堂(ワルン)。
 揚げ物が多く、好みじやないけど、とりあえず魚や揚げ豆腐その他をライスと一緒にオーダー。
 いわゆる“ナシ・チャンプルー”。(ナシ=ライス、つまり定食)
 味は辛目。まあ、こんなものかってところだった。
 一緒に、てっきり地元のコーラと感違いして頼んだボトルのジャワ・ティーは、微かに甘みのある飲みやすい代物で、日本なんかで売っているブラック・ティーとは丸で味が違う。何か加工してあるようだった。


 “カフェ・ラティ”Cafe Ratihでサテー(串焼き)を食べる。
 チキン・サテー、野菜、ライス。コーク。ビンタン・ビール(小瓶)。
 サテーは大きな瓜を半分に切ったような木製の容器の中に炭火を入れ、その上に殆ど焼けた串肉を並べたまま運んできた。後は客が好みで焼き上げるって寸法のようだった。量が少ないのにも拘わらず、そこまで手の込んだやり方するのか、と最初驚いてしまった。それをピーナッツ・ソースに漬けて食べるのだ。味は悪くないけど、ピーナッツ・ソースの味が強過ぎて、どうも今一つ納得がいかなかった。
 ビンタン・ビールは、最近じゃ、他のアジアン・ビール同様、日本でも簡単に手に入れられるようになって、時折飲んだりしてる。ピルスナーのパテント製品のようだ。
 同じマルチ・ビンタン社から、アップル&ライム味の“グリーンサンズ”GreenSands(330ml缶)という清涼飲料があって、特別美味い訳じゃないが、けっこう癖になる飲物で、ウブドの小さなコンビニや雑貨店の冷蔵棚から捜し出して買ったものだ。3750レアルと安く、“セブン・アップ”が見あたらずその代用品として重宝した。 


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 グンタ・ブアナ・サリの開演時間待ちで、カラ集会所の近くの“チプタ・ラサ”(ワルン)で夕食。
 アヤム・バカール(照り焼きチキン)にライス。
 何よりも、バナナの葉っぱの上にライスってのが気に入った。
 ネット見ると、けっこう評判の店だったようだ。 


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 バリといえば芸能の国ってイメージとチャラい若い娘たちの群れる場所ってイメージもあって、ジャカルタ暴動がなけりゃ、芸能村ウブドの通りにも若い娘たちで溢れていた(らしい)んだろうけど、その夏は、如何にもそんな娘たち向けの小ジャレた感じの店(レストラン・カフェ)の並んだ通りはひっそりとしていた。そんな店には今ひとつ入り辛い。けど、ある程度以上の規模の店はそれでも客はそれなりに多く、表のガラス・ケースにジャーマン・ブレッドも並んだ、価格も手ごろな“カサ・ルナ”には、何度か足を運んでみた。
 広めの店内に如何にも赤道直下風なトロピカル植物が生い茂っていて雰囲気が悪くない。
 ここのメニューで気に入ったのはフルーツ・ティーで、水道水を使ってそのまま作ったような色の悪い氷が多い中、ここのはちゃんとした製氷器で作ったような四角い透明度の高い氷を使っていて、パパイヤやパイナップルの切り身がいっぱい入った、ジュースとは又違った味わいが悪くない。それで2000レアルは安い。フルーツ・パイも悪くないけど、当方にはちょっと甘過ぎた。


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2017年6月10日 (土)

プリアタン(バリ)の舞娘たち その3

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 8月の後半、そろそろバリ=インドネシアの二ヶ月の滞在ビザの残り少なくなってきたある夕刻、グンタ・ブアナ・サリ公演のある集会所の斜め前のプリ・カレランを訪れる。
 今夜も上空は黒っぽく雨雲が垂れ、時折ポツリ、ポツリと雨滴が落ちてはいたものの、何とかなりそうな雲行き。既に会場には椅子が並べられていて、左寄りの中央あたりに坐った。ここは場所が狭いので前後2列にしか並べられない。
 やっぱり、屋根がついているとはいえ室内より、狭くても野外の方が好い。
 ここの前門は、他と違って、踊娘たちが登場してくる階段が三段しかなく、段差がはげしいので、小さな小娘たちには急過ぎるのじやないかと気になった。案の定、例のチョンドンを舞う小娘が最後の段差降りた時帯か何か落とす事態を招くことになったのは、前回述べた通り。
 開演1時間前の6時半頃には、いつもの清涼飲料の入ったバケツをかかえた売娘たちの顔も揃った。美形の“アクセサリー・ブティック”の娘は来てなかった。今夜は客が少ないと読んだのだろう。お決まりの小娘から2000ルピアでコーラを買う。もう、値段交渉もなく、ストレート。


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 ここは控室に入るには通路が一つしかなく、同じ庭の左端を通ってゆくしかない。
 当然、踊娘たちがそこを通るので、その脇に佇み、次から次へとやって来る彼女たちを眺めた。例の余り踊りが巧くない二人組の娘たちが姿を現す。この娘たちだったか定かじゃないけど、スクーターかバイクの後部座席に乗って現れた踊りの今一な娘が、化粧箱を片手に妙に気取って“わたしは違うのよ”とばかり、しゃなりしゃなりと奥の控室に向かうのを横目に、同じくらいの年頃の15、6歳の小肥りした楽団員が露骨に嘲笑ったのを想い出した。ひょっとして同級生なのかも知れなかった。面白くもあり、微笑ましくもあって、思わず笑ってしまった。
 やがて、ユリアティとビダニーの姉妹も連れだって現れ、入口から端の通路に入ると、急に駆け出し走り抜けていった。この二人もそうだったけど、大抵の踊娘は顔だけはメイクを既に施していたものの服装はTシャツやなんかの普段着のまま。
 その後、例のチョンドンのあの小さな小娘が、父親なのか兄弟なのか、30歳前後の男の運転するバイクの後に乗ってやってきた。バリス(騎士)役らしい中学生くらいのメンバーはバリスの派手な衣裳を纏って堂々と現れた。


 雨雲もいつの間にかかき消え、7時半に演奏が始まった。
 いつもシンバルを叩いていた肥えた青年の姿がなく、代わりに中学生くらいの男子が坐って小さなシンバルを亀の形をした5個シンバルが並んだ台に叩きつけた。
 のっけからユリアティが花撒きの踊に出演。
 やがて真ん前で止まり、大きな瞳と紅い唇で微笑みながら舞う彼女に暫し魅入られてしまった。
 場所が狭いので客と間近なせいもあるのだろうが、客と視線を会わすまいとしてか、ぼくと隣の白人女性の間に視線を据え、彼女の些かの緊張すらが伝わってきそうで、思わずドギマギしてしまった。


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 クリンチ・ダンス(少女たちのウサギ踊)で、女優・岩下志麻に似た可愛い娘が先頭に立って石段を降りてきた。いつもの如く、幾分緊張し興奮気味の表情を顕わにしていたのが、やがて二人づつ向かい合わせになって踊るパートになると、フッと本当に嬉しそうに微笑んだ。
 緊張が解けた一瞬なのだろう。
 表のGBSの看板に、彼女の大きな写真が掲げられていて、何時だったか、スタッフがファンらしい女性日本人客と一緒に彼女を並べさせ写真を撮らさせていたこともあって、その志麻ギャル、ビダニーより一、二歳下なのか、人気上昇中の舞娘のようだった。名前も知らないけど、その後どうなったろう。第一線で活躍してるのだろうか。
 ビダニーは、機(はた)織り踊に途中から出てきた。
 何かの事情で遅れたのだろう。
 あげく、途中から入ってきたので勝手が違ったのか、珍しく、一回廻る方向を間違えてしまった。それでも、その四人の中じゃ、素人目にもだんとつに一番巧かった。
 

 終了後、通路の段にも入口のあたりにも現地の住民たちが群がっていて、ユリアティ&ビダニーも志麻ギャルも小走りに駆け抜けていった。ユリアティ&ビダニーは家人のバイクの後に煌びやかな衣裳のまま横坐りし、プリアタンの夜闇に颯爽と消えていった。
 束の間の喧騒を余所に夜空を見上げながら、単体の星なのか星座なのかすら定かでないパッカーたちがあれだそれだと言い合っていた南十字星を捜してみたけれど、さっぱり分らず、そん時以降赤道直下を訪れる機会もないまま現在に至ってしまって、残念至極。

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