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2017年7月 8日 (土)

改革開放的顛末 《 山河ノスタルジー 》

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 久しぶりのジャ・ジャンクー(賈樟柯)。
 第一作《 小武 》(1997年)で、国策=“改革開放”の波に何とも不器用に乗ることもできず旧態依然に翻弄されるばかりの庶民、その典型=象徴たる主人公・小武の右往左往の果ての凋落の軌跡を、これ又、改革開放的人民中国を象徴するようなくすんだ佇まいの地方都市・汾陽(フェンヤン)を舞台に描いて見せた。
 古からの名水=名酒、中国最古のレンガ造りの塔=文峰塔と鉱物資源でそこそこ有名らしい人口十数万の、石炭鉱山の影響か煤けくすんだ町の佇まいに、改革開放的溌溂さ等とは無縁な、それでいてそれなりに旧態から抜け出ようとして選んだみみっちいスリ稼業から足を洗えず鬱々とした日々を送っていた小武の姿が違和感なく溶け合っていて、絶妙な世界感覚に感動ものだった。

 
今回の現題《山河故人》、物語の基本的流れは、“ 世界の果てまで中国人 ”という、改革開放以降世界中に利潤を求めて飛び出していった出稼ぎ・新移民と、そんな資金も伝手もない零細庶民の国内的出稼ぎ盲流(=民工潮) に分かたれていった二人の幼馴染の男達との愛憎とその結節点たる女(タオ)それぞれの軌跡。
 そして、海外雄飛(ニュージーランド)していった実業家( 張晋生 : ジンシェン )の息子(ダオラー)の父親との確執と、中国語を忘れてしまったために雇われた母親と同年齢の中国語教師( ミア )に対する思慕といったところ。
 
 今回変わってる点は、物語の後半のオーストラリアでの時間設定が2025年と未来になっているところ。使っているスケルトン・タイプのノートパソコンがそれらしさを醸し出していたけど、母国語たる中国語を忘れ話せなくなるって現象は、海外に移住した人民中国(大陸)の中国人達の新世代にやがて起こりえる事柄として捉えられたのだろうが、そん新世代の青年ダオラーは、しかし、心の奥底に母親=母国中国への憧憬が不明瞭なままゆらぎつづけるって設定。
 これは、以前同じ大国インドの映画なんかでも頻繁に取り上げられていたテーマで、例えば若い娘でなくても、やっぱりカーストはじめあれこれの封建的遺風や宗教的しがらみを厭ってまだ自由の利く海外での生活を手放そうとは中々しない女達。それでも、移住先の米国でNASAでの仕事も順調なのにもかかわらず、子供の頃育ったインドの郷里に一度里帰りをし、その郷里の人々の温かな人間関係と後進性に心を捉えられ、米国に戻っても、徐々にインドの郷里への思慕の念が高まってきてとうとう帰国を選んでしまうというシャールーク・カーン主演の《サワデス》(2004年)なんかその好個の例。


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 北京からそれほど隔たっていない山西省の小さな町フェンヤンの約20年後の現在の姿は如何、と画面に展開される街並を眺めると、もはや以前の炭鉱や鉱山の町ってくすんだイメージは薄れ、否、もはやしがないスリの小武の舞台としてではなく、1999年のディスコティックなプロローグで始まる学校教師・タオと二人の幼馴染の男達の舞台って趣きに撮られた光景が展開していた。
 もはや値段票のついた安っぽい背広やサングラス、ウンコ坐りにタバコをふかしたり大きなホーロー碗で昼飯をがっつくような世界じゃなく、スマホを片手にワインでも酌みかわしそうな雰囲気。それでも、タオの父親が死んだ際、別れた実業家の夫(ジンシェン)が再婚相手とともに住む上海から、タオとの息子(ダオラー)を葬式に列席させるため呼び寄せ、迎えに現れたのが空港で、えーっ、空港も出来たのか驚いたら、どうも隣の中都市・太源のエアバスも離着できる国際空港(ほとんど東アジア便のみ) だったようだ。


 冒頭、ペットショップ・ボーイズの“Go West”(1993年)の曲にあわせて踊るシーンがある。中国では、'90年代後半に流行ってたらしい。正に、改革開放のテーマ曲って趣き。そういえば、かつて中国・雲南の大理の現地人ご用達のカフェで見た香港のビヨンドの何ともぬるい曲を若い娘達が嬉々として聴いていたのも、西方世界からの自由の春風って趣きだったのだろうが、ぼくが持参していた中国ロック(揺滾)の旗手・崔健の“紅旗下的蛋”をかけて貰い、大きなスピーカーからハードなロックが流れ始めたら、怪訝な顔して娘達はぞろぞろと店を後にしていったのを思い出した。
 この曲、最後の場面でも、薄っすらと雪の積もったフェンヤンの郊外で、かつて皆と一緒ににぎやかに踊っていた頃を思い出しながら、タオが、一人踊りはじめるシーンにも使われていて、何とも物悲しい哀愁を帯びたエピローグ。


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 東風は西風を圧す、はずが、Go West!! 西へ行こう、孫悟空一行ならめざせ西方浄土だろうし、西側世界へ出て行ってばっちり(外貨を)稼いでこい! だと、北朝鮮風味になってしまうが、改革開放的盲流の世界への流出。ダオラーが母国語すら忘れてしまう2025年頃には、世界に溢れ席巻してしまうのだろうか。
 タオが強引に押しまくられて結婚してしまう実業家のジンシェンは、やがてタオと別れ息子のダオラーを連れてニュージーランドに移り住むけれど、もう一人の、タオに袖にされる控えめな性格の炭鉱労働者の梁子(リャンズ)は、タオから距離をとることを条件に彼(ジンシェン)が買収した梁子の働いている炭鉱のそれなりのポジションの申し出を蹴って、町を出てしまう。フェンヤンからさほど遠くない邯鄲(かんたん)の夢で有名な邯鄲の炭鉱に職を求め、その内出逢った娘と結婚し、労働環境の悪い中で働き過ぎたのか病に冒され、小さな子供を連れて、再びフェンヤンも戻ることとなる。さっそく梁子の嫁がタオの家を訪れ、涙ながらに梁子の重篤な病を打ち明け経済的援助を乞う。
 上海から海外へと雄飛していった実業家のジンシェンと対照的に、小武を思わせるようなうだつの上がらぬ旧態依然の一方の典型・盲流的鉱夫=梁子のこの凋落は、やはり、小武と同致な存在として設定されているのか。意固地的旧態依然の形象?

[注] 盲流は、基本、農民達が都市部に出稼ぎにゆくことを指す。農民は農村に縛られ、出稼ぎは違法行為らしい。
 革命を起こした割には都市部と農村部の住民の身分扱いに基本的な差別を設け現在まで続いていることからすると、あの人民中国革命って、所詮、都市部住民・労働者達のための革命に過ぎなかったということになってしまう。
 荘園領主に縛られていたかつてのタイの農民達とそれほど際立った違いはなく、昨今のタイの農民達の反-軍事政権的運動の過激化の根もそこらへんにあるんだろう。
 都市部の住民が国内や海外に出稼ぎや移住してゆく流れを、中国語独特の言い回しで何と言うのか定かでないので、敢えて盲流=民工(=農民)潮の流行言葉を使わさせてもらった。

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