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2018年7月の4件の記事

2018年7月28日 (土)

白人至上主義的ヒートアップ ? 

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 ( 黒焼所は、和漢方薬としての動物の黒焼き製造薬房 。現在でもあるらしい。)

 列島トロピカル化してもう十年以上過ぎたけど、思ったほどには中々に40℃世界って訳にはならないようだ。
それでも、数日前の昼過ぎ外で温度を確かめてみたら、42℃くらいになっていた。これが普通になりはじめると恐らくクーラー全開で発電所がヒート・アップし厄介な状況に陥ってしまうだろうし、45℃以上になったらもうクーラーも効かなくなってしまいかねない。
 そんな地球の温暖化の真夏にあって、今夏も例年の如く中国・広西チワン族自治区玉林市で開かれた《 狗肉祭 》はじめ夏の風物詩ともいえるアジア各国の犬肉節、そのアンチたちの告発・難癖との応酬合戦も、一層白熱を帯びてきているようだ。
 ところが、欧米各国の動物愛護主義者達とその追従勢力たる韓国・中国・台湾・ベトナム・インドネシア等各国の白人至上主義者達の国際世論とやらをバックにしたシュプレヒコールもなんのその、むしろ犬肉食が増えているという。

 インドネシア、確かにバリ島には大きな野犬が通りにたむろし、夜に催されるバリ舞踊・ガムランの帰り道なんか結構怖い思いをすることもあった。時折、観光客なんかに噛みついたりして、狂犬病がらみで問題にもなっていたのを思い出すけど、そんなバリ島だけでも年に一万匹( 世界じゃ毎年二、三千万匹らしい )のそんな野犬も含めてだろう犬たちが屠殺され食肉として人々の胃袋に収まってしまうらしい。バリの有名な肉料理といえば、日本の焼き鳥同様に小さな串に刺して焼いたサテで、当方も、幾度かオープンの店で御相伴にあづかり、決して悪くはない庶民の味ってところで嫌いじゃない。そのサテの材料に、犬肉が流用されているという。ひょっとして当方も知らぬうちに舌鼓でもうっていたのかも知れない。 

 犬肉は何処の国でも大抵貧しい庶民の貴重なタンパク源で、インドネシアもしかり。
 ともかく安価で大きさも手ごろでなので面倒がかからないってのが、業者にとっても享受する顧客にとってもコスト・パフォーマンスも良い日常食ってところ。さすがに貧困層も若干経済レベルが上がって来たのか、肉類=犬肉に対する需要も増えてきてるという。
 勿論、経済的に発展した中国・韓国なんかでは、もはや牛・豚・鶏と同様の嗜好食に過ぎないのだろうけど、やっぱし土用のうなぎならぬ土用の犬肉=補身湯ポーシンタン(犬肉スープ)は、伝統食としての地位はゆるぎないようだ。韓国・中国は犬肉料理の歴史が長く種々様々な調理の仕方があるようで、犬酒ってものすらあるという。


 それらの国々じゃ犬だけにとどまらず、猫からネズミまでその食材的バリエーションは網羅されているのだけど、現在のところ犬だけに限定されて反対・排斥運動が展開されていて、先じゃネズミはともかく、猫肉食にも一大反対・排斥運動が拡がっていくのだろうか。勿論現在でも、猫肉食に反対する運動はあるがまだ微々たるもの。

 彼らの論理って、結局、自分達が食べないからって一点に尽きている。

 可哀そうとか、理不尽とか、鬼畜的所業だとかの修辞で飾られてはいるものの。
 欧米、とりわけ米英オーストラリア・ニュージーランドなんかの、要するにアングロ同盟国は、自国の牛や豚・鶏・羊の肉をさんざん押し付けてきた当事者でもあって、彼等の金看板“人道主義的動物愛護 ”って甚だ胡散臭い。
 つい最近インドで、牛を移送中のイスラム教徒が、見つけた村人達に襲われたというニュースがあった。インドの大半を占めるヒンドゥー教じゃ、牛は神様の乗物って訳で、聖地バナラシーの沐浴場あたりで牛に踏み殺されたりすると、もう最高の死・至福の極みとも言われているくらいで、そんな神がかりの牛を食用のため移送していたってことで、とりわけイスラム教徒がやっていたってことで余計事が大きくなってしまったのではあろうが。そんな聖なる存在=牛を、サァーどんどん喰えって、日毎大量屠殺し、送り付けてくるアングロ同盟国って、しかし、一体どんな国なんだろう。
 中国でも日本でも、戦後暫くぐらいまでは、牛は農家の大事な労働力で、家族同様大切にされてきていた。禅の十牛図なんかその証左でもあろう。そんな近しい牛を只喰うために屠ったり、食肉業者に売ったりするなんて、当時なら鬼畜的悪行と誹られたであろう。
 我が日本人達といえば、アングロ同盟国の傀儡・自民党権力が押し付けてきたそれもかなり汚染された牛( 豚・鶏 )三昧政策で、もはやすっかり骨の髄まで汚染牛的組成となってしまっている。


 年々取れ高が減少してきて絶滅危惧種の可能性すら取沙汰されている土用のうなぎも、この際、かつて江戸時代の初めころは冬になると競って犬肉に舌鼓をうっていた歳事に因み、土用の犬肉ってのもありかも知れない。何しろ、明治以降廃れてしまったとはいえ伝統の風物詩なのだから。

2018年7月21日 (土)

列島無惨の淵源?

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 かつて米国・カリフォルニアで大地震( 1989年のロマ・プリータ地震か1994年のノースリッジ地震のどっちか忘れてしまったけど )が起き、建物や高速道路の倒壊やらで少なからずの犠牲者が出た時、わざわざ当時の建設次官=自民党官僚が現地に飛び被災地を訪れ、高速道路の倒壊など、我国・ニッポンではありえない ! と、米国の行政と建設産業を罵倒したことがあった。
 被災地にわざわざ赴いて、米国権力の走狗でしかない自民党議員風情が白人旦那の御座所でよくもそんな罵詈雑言を欲しいままにしたものだと、感心し呆れもしたのでよく覚えていた。

 ところが、それから幾らもしない1995年、六千人以上の犠牲者を出した例の阪神・淡路大震災が起こった。高速道路が倒壊・崩落したのでも有名になって、一体どんな根拠があってのものなのか、かの自民党官僚ともどもの当たり前のように流布していた“ ニッポン製神話 ”が跡形もなく崩壊してしまった。
 で、その件の建設次官だけど、国内外に向けて放なったに等しい米国愚弄と大言(壮語)の謝罪をしたとか責任を取ったとかいう話寡聞にして聞いたことが現在に至るもない。( ひょっとして何処かでしてた ? )


 今回の西日本集中豪雨の当日、正に西日本諸地域で悪戦苦闘・無惨陰惨が繰り広げられている最中、当の半世紀支配政党自民党政府の幹部たちが酒宴に酔い痴れていたというニュースを知って、さらにその後の彼等の、世間の批判・非難等どこ吹く風といわんばかりのシレ―とした態度をも知って、ついそんな旧い記憶が甦ってきた次第。
 何よりもその宴の音頭をとっていたのが外ならぬ、翌早朝のオーム真理教の尊師・麻原をはじめ教団幹部の計七人の死刑執行を指示した現・法務大臣=上川陽子だったという。
 念願の絞首刑執行の“ 前夜祭 ”という趣きもあったのだろうとは誰しもの脳裏を過(よ)ぎる単純推論だけど、そもそも所謂《 オーム真理教サリン事件 》自体、その真偽のほどは決して自民党権力とマスコミが喧伝しているようには明々白々とは到底言えない虚偽・隠蔽・世論操作の数々に塗れた何ともいかがわしい代物。彼等がさっさと証拠隠滅宜しく殺害したに過ぎないのだから、これで一安心とばかりのさぞや美味い美酒に酔い痴れた夜宴だったのだろう。

 元を質せば半世紀支配の自民党的施政に結果する昔から列島中で毎年起こる自然災害という名の災厄でしかないと言えなくもなく、彼等自民党権力にとっては、幾ら多くの住民が被災し犠牲となり、呻吟し塗炭の苦しみに嗚咽していたところで、所詮他人事でしかなく、事後にのこのこ現れ、ちょっと神妙な表情やまことしやかな言葉を振りまき“ 復興支援 ”の金看板をちらつかせてやればもうすっかりこっちのもの・・・という長年連綿と続けてきた慣行から十二分に知悉した住民たちの反応に対する所作(=手口)へのゆるぎない自信ってものがあって、野党やマスコミが小手先の非難・批判をやってみせたところでびくともするものじゃない。
 おまけに、今回は、何故か、猛批判して然るべき野党がどういう訳か蚊の泣く声で呟いたに過ぎなかったようだ。ある野党が同時刻宴会を催していたのにひけ目を覚えたらしいようだけど、政権当事者と野党とじゃまるで立場が異なることぐらい子供でも分かろうに。所詮バーチャル・デモクラシーのバーチャル野党でしかないってとこなんだろう。

 それにしても、一体この国は、何時になったら、災害専門のレスキュー部隊をちゃんと作るのだろう。自分たちの存在を正当化するために近隣国を仮想敵国として喧伝し、彼等の白人旦那=米国の飼犬(走狗)して戦争挑発行為を繰り返してきた絵にかいたような憲法違反の自衛隊をさっさと廃して、国民誰もが望み緊要なレスキュー部隊を創設すべきだろう。
 そもそも、普通に考えたら、憲法を踏みにじり、自衛隊をこの国でゴリ押しして作った権力って、既にその時点で、クーデターを起こしているってことになる。 


2018年7月14日 (土)

 平成末的門司港残影

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 ちょっと前、門司港レトロ・エリアでこの街の如何にもローカルな港祭なんかが催されていた頃、友好姉妹都市・大連の旧ロシアの東清鉄道事務所の洋館を復元した国際友好図書館に行き、二階の図書館に向かう階段を登ろうとすると、階段の前に貼紙があり、読んでみたら何と三月いっぱいで“廃館”とあった。
 尤も、図書館だけが廃されるだけで、後日観光施設としてリニューアルという。
 中国・韓国なんかの東アジアの蔵書、満州関係のかなりの資料もごっそり何処かへ移されたのであろう。一キロぐらい離れた場所にある雑書館とも謂うべきチャチな図書館の倉庫に移すには余りにも膨大・・・はちょっとオーバーかも知れないが、それでも明らかに多過ぎて、同じくらいの図書館がもう一ついるぐらいの量ではある。
 恐らく、以前幾度か訪れてみたことのある隣町の図体ばかりデカい図書館の方に大半が移されたのだろうが、まず宝の持ち腐れってところだろうか。

 例えば、十五巻ぐらいの分厚い中国語の辞典、勿論中国の辞典だからすべて中国語だけど、最近こそさっぱり音沙汰になってしまったものの以前は色々と重宝させて貰った。調べ物でなくても読んでるだけで勉強になるくらいの有難い代物で、一体、その他の大きな都市の大図書館でも備わってないだろうその大辞書は何処へ隠されてしまったのか。 その隣町の大きな図書館の薄暗い倉庫の奥に黄ばみ朽ちるまで半永久の眠りにつかされてしまうんじゃあるまいか・・・等と、何ともうら寂しい想いに捕らわれてしまった。


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 文化じゃ金にならないってとこなんだろうか。
 この国際友好図書館、そもそもが図書館と銘打っていたものの、図書室の照明は薄暗く、テーブル上の卓上蛍光灯を傍に寄せてもまだ照度不足なくらいの、本当にまともに利用者に本を読ませようという気なんてあったかどうか甚だ怪しい代物ではあった。レトロな建物が欲しくて、図書館を口実にしたってところじゃなかったろうか。メインはレトロな建物って訳で、書籍は飾り。それでも、観光コースと思った観光客たちがゾロゾロと入って来てはチラリと一瞥し出てゆくのを尻目に、ごく少数の利用者が疎らには散見されはしたけれど。
 
 
 どころか、あれだけ何度も出来ては消えを繰り返してきた、韓国五千万=ニッポン一億総ベンチャー時代の象徴たる日韓国際フェリーの発着所=玄関前に雑草も伸び庇も朽ち始めてた国際旅客港のカスタム事務所の玄関にも一枚の張紙が貼ってあった。
 何と、裁判所の公示書。
 地元の債務企業が勝手にその元のカスタム事務所の設置物や地権を移動させてはならぬという通達らしいけど、一体全体如何なる経緯でそんな訳の分からぬ仕儀に至ってしまったのか。ここの自治体か第三セクターか知らないけど・・・この国際図書館も国際旅客ターミナルも平成的産物で、正にニッポン末期資本主義的アベノミクス的凋落の好個の例として海峡史に刻印されるべきもの。
 思い起こせば、明治維新直後の長州及びその走狗と化し利権を漁ろうとした既存の元の小倉藩庄屋(小倉藩じゃ、手長と呼ぶ)たちに困窮・呻吟した農民たちが蜂起した企救郡一揆の際の小倉藩領地を支配していた長州側のトップが誰あろう、安倍の先祖・佐藤寛作だったという因縁つき。
 
 そういえば、対岸の下関と向かい合った海岸沿いの古戦場ともいうべき小山の端に立っていた国民宿舎跡に何か立つはずだったのが、その業者が暴力団がらみだったとかいう事で宙に浮いたまま、いつの間にやら、トロピカル列島化した現在には一等不向きなコンクリ床の露天展望台ってところに落ち着いてしまっていた。確かに、役人たちのやる事だろう。


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2018年7月 7日 (土)

無一物的遁走へ Spectator《 つげ義春 》特集

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 この数年、ホント古本屋を訪れることがなくなった。
 ネット、とくにアマゾンでチェックして安く買うことが多くなり、物によっては殆ど送料だけってこともあって、懐事情を鑑みざるをえない当方としては有難くもあるけれど、これだと古本屋の方が軒並み潰れてしまいかねなくなる資本主義的矛盾律というより論理的帰結への危惧の念の方が一層強まってくる。
 とはいえ、例えば手持ちの新旧の書籍を処分しようと古本屋へ持ってゆくと、足元を見尽くしたように二束三文、そして何日か後にはその古本屋の書棚に信じられないような価格で収まっていたりするのを見たりしていると、やっぱし、アマゾンの方に食指が動いてしまう。
 アマゾンって、すっかり苔むし蔦類が覆ってしまったどう見ても廃屋然とした民家のガラス戸が突然軋みを立てて開き、仄暗い中から当たり前のように住民の姿が現れたりするアベノミクス的平成末=末期資本主義的風景の只中で、一切を白熱に輝く終焉へと導くファンファーレの奏手=真っ白い両翼の天使なのだろうか。


 久し振りの新刊書店の雑誌コーナー、青灰色の地に独特のタッチで描かれた表紙絵に思わず眼が止まり、手に取って見てみると、果たして、つげ義春の特集号であった。
 《 スぺクテイター》Spectator 、なじみのない雑誌名で、奥付を確かめると、なんと所在地が長野。
 つげの特集って定期的に何年かに一度は何処かの雑誌が企画しているみたいで、もう作品を描かなくなって随分な年月が過ぎているのも関係しているのだろうが、やっぱし変わらない人気の故に尽きるだろう。
 近影からはまだまだ元気って感じだ。
 《 おばけ煙突 》、《 ほんやら洞のべんさん 》、《 退屈な部屋 》の三点が掲載され、後は周辺的な記事。
 巻末の、取材嫌いらしいつげに何とかアプローチした苦肉の策ってとこだったらしいインタビューが興味を惹いた。
 昨年八十才になったつげ義春、それを記念してだったのかどうか定かでないが、《 日本漫画家協会 大賞 》を貰ったのが、会場に姿すら現さなかったらしい。
 編集部に近況を問われ、

「 近況は、早くこの世からおさらばしたい。もうそれだけですよ。」

 と、にべもない。 
 眼を悪くし絵が描けなくなってしまっていることもあってか、もはややり残したこともなく唯だ日毎の生活に追われるばかりの生に辟易している風。
 一刻も早くこの世から消え去りたいって呪句、昨今の“生き延び過ぎた”老人たちが頻く吐露する流行り言葉の感すらある常套句だけど、つげの場合、一切から解放されたいという彼自身の抱懐する“逃げる思想”= 仏教的解脱ってことらしい。
 (本来)無一物の最高の境地としての“乞食”に対する憧憬の念すら明らかにし、そういえば、つげの作品に幕末の流浪俳人・井上井月に触れたものがあったのを思い出した。


 《 スぺクテイター》41号 2018年 (発行・エディトリアル・デパートメント)

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