無一物的遁走へ Spectator《 つげ義春 》特集

この数年、ホント古本屋を訪れることがなくなった。
ネット、とくにアマゾンでチェックして安く買うことが多くなり、物によっては殆ど送料だけってこともあって、懐事情を鑑みざるをえない当方としては有難くもあるけれど、これだと古本屋の方が軒並み潰れてしまいかねなくなる資本主義的矛盾律というより論理的帰結への危惧の念の方が一層強まってくる。
とはいえ、例えば手持ちの新旧の書籍を処分しようと古本屋へ持ってゆくと、足元を見尽くしたように二束三文、そして何日か後にはその古本屋の書棚に信じられないような価格で収まっていたりするのを見たりしていると、やっぱし、アマゾンの方に食指が動いてしまう。
アマゾンって、すっかり苔むし蔦類が覆ってしまったどう見ても廃屋然とした民家のガラス戸が突然軋みを立てて開き、仄暗い中から当たり前のように住民の姿が現れたりするアベノミクス的平成末=末期資本主義的風景の只中で、一切を白熱に輝く終焉へと導くファンファーレの奏手=真っ白い両翼の天使なのだろうか。
久し振りの新刊書店の雑誌コーナー、青灰色の地に独特のタッチで描かれた表紙絵に思わず眼が止まり、手に取って見てみると、果たして、つげ義春の特集号であった。
《 スぺクテイター》Spectator 、なじみのない雑誌名で、奥付を確かめると、なんと所在地が長野。
つげの特集って定期的に何年かに一度は何処かの雑誌が企画しているみたいで、もう作品を描かなくなって随分な年月が過ぎているのも関係しているのだろうが、やっぱし変わらない人気の故に尽きるだろう。
近影からはまだまだ元気って感じだ。
《 おばけ煙突 》、《 ほんやら洞のべんさん 》、《 退屈な部屋 》の三点が掲載され、後は周辺的な記事。
巻末の、取材嫌いらしいつげに何とかアプローチした苦肉の策ってとこだったらしいインタビューが興味を惹いた。
昨年八十才になったつげ義春、それを記念してだったのかどうか定かでないが、《 日本漫画家協会 大賞 》を貰ったのが、会場に姿すら現さなかったらしい。
編集部に近況を問われ、
「 近況は、早くこの世からおさらばしたい。もうそれだけですよ。」
と、にべもない。
眼を悪くし絵が描けなくなってしまっていることもあってか、もはややり残したこともなく唯だ日毎の生活に追われるばかりの生に辟易している風。
一刻も早くこの世から消え去りたいって呪句、昨今の“生き延び過ぎた”老人たちが頻く吐露する流行り言葉の感すらある常套句だけど、つげの場合、一切から解放されたいという彼自身の抱懐する“逃げる思想”= 仏教的解脱ってことらしい。
(本来)無一物の最高の境地としての“乞食”に対する憧憬の念すら明らかにし、そういえば、つげの作品に幕末の流浪俳人・井上井月に触れたものがあったのを思い出した。
《 スぺクテイター》41号 2018年 (発行・エディトリアル・デパートメント)
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