11月のパパイヤ( 2018 )

何年か前、当方の裏庭にトロピカル・フルーツの代名詞の観すらあるパパイヤの苗を一本植えてみたことがあった。ホームセンターで偶然二百円で手に入ったからだけど、あれよあれよという間に2メートル以上伸びてしまってその成長の早さにさすがトロピカルと驚いてしまったものだった。
秋頃になって小さな花が一つだけ咲き、花びらが落ちた後に小さな蕾のような実の萌芽のようなものが残って一体どうなるのか眺めているうち、1センチくらいの黄色い小さな実の萌芽のまま冬になってしまった。あくまで観賞用に植えたに過ぎなかったのが思わぬ期待感すら抱かせられてしまい、随分と得した気分であった。



今年の初夏頃、今回は余り高く伸びないというパパイヤを植えてみた。
それでも、二メートル近くには伸び、青い大きな葉を四方に拡げ、強い陽光の下、トロピカルな風情を醸し出し楽しませてくれた。
秋頃から前回と異なって、白い花が遅々としてだけど次から次へと咲き始め、種類によってこうも違うのかと感心してしまった。やがて花弁が落ち後に残った実の萌芽のようなものも、前回よりも一回り大きく2センチくらいになった。只、それ以上一向に大きくなることもなく、現在に至っている。
それでも、もう12月にもなろうというのに、淡い緑の小さな蕾が上で四方に拡がった葉の根元に次ら次へと出来続けていて、幹も6、7センチ位に太く、前回の如く、ある霜が降りた朝、ぐったりと枯れ落ちるって事態にもなりそうには思えない。
ともかくパパイヤって、その青々と伸びた葉の下の付け根付近にできる淡い緑色の葉の萌芽や花の蕾って一種独特の初々しい生命的初原とでもいったものを垣間見させてくれるやっぱりトロピカルの粋ってやつなんだろう。

ところが、あるパパイヤがらみのブログで、南国でもない中部辺りで、やはり農家でもないらしい人の育てたパパイヤの写真がアップされていて、広い畑に何十本も植えられたパパイヤが普通に大きな実をみのらせていた。
思わず眼が点になってしまった。
雪の積もった畑のパパイヤ群の写真まで添付されていて、青いパパイヤの実はそのまま成ったまま。
広い畑地故に日光を存分に吸収できているってことが、狭い裏庭の隅に植わっている当方との基本条件の差と先ず思い至った。
これだけは如何ともしがたいので諦めざるをえない。
も一つ、春先にパパイヤの苗を入手し植えるってことをその彼は実行していたってことも留意点で、当方も前回の反省点として今春は何とか春先に苗植えをと、とは一応考えてみたものの、ネット捜してもなかなか無く、あっても商売用かと思えるほどの高額で断念してしまっていただけに、次回は何としても春先植えを実現してみたいものだ。
いやはや、直植えでともかく実がちゃんとなるって事例を見せられてしまって、列島のトロピカル化が結構今後も続くどころか、一層進行しそうな気配すら感じられる昨今、もはや東京から西側でどこの民家の庭先にもパパイヤの樹が一本植えられるという状況になりかねなくなってきた。
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