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2018年12月15日 (土)

イスラム的危機と二人のイエス  《 プラド美術館の師 》

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( 《 新黙示録 》Apocalypsis Nova )


 スペインの売れっ子作家ハビエル・シエラの、もう三年も前に出版されていたこの《 プラド美術館の師 》(2013年)、以前から知ってはいたけれど中々手に取る気になれなかったのが実際にページを繰ってみると、のっけから《 新黙示録 》や実は“親戚関係”にあったイエスと洗礼者ヨハネって如何にも読者の好奇心をくすぐり手繰り寄せる手際の巧みさに遂最後まで読み切ってしまった。 


 物語の時間軸は現代であっても、モチーフのラファエロ、ダ・ヴィンチ等の絵画作品が創られた十六世紀が舞台。コロンブスがアメリカ大陸を発見したといわれた次の世紀。
 この頃の欧州およびキリスト教世界に関しては殆ど無知だった当方には初見にして刺激的な事柄ばかり。
 舞台の十六世紀の西欧って、まだまだ地中海を越えて侵攻してきたイスラムの影響冷めやらぬといった時代状況にあったらしく、コロンブスのアメリカ大陸発見と同じ1492年にそれまでイスラム勢力に占領されていたイスラム勢力最後の牙城グラナダ(スペイン)が漸く陥落したばかりの余燼の跡も生々しいものだったようだ。

 
 610年にムハンマドがイスラーム教団を起こしてから、瞬く間に西アジアを制服し、711年にはジブラルタル海峡を越えイベリア半島(スペイン)まで到り、半世紀後には後ウマイヤ朝がコルドバ(スペイン)を都に定め支配することに。当時は、西欧よりも、イスラム諸国の方が遙かに文明が進んでいて、コルドバはイスラム文明全体の精華ともいうべき存在になっていった。
 西欧諸国は目と鼻の先のイベリアと対峙しつつ、地中海も殆どイスラム勢力下にあって、十一世紀~十三世紀の間にはイエサレム奪回を口実に十字軍運動を起こすが、十三世紀にはモンゴルの侵攻も受ける。それらはやがて十四世紀~十六世紀のルネサンス運動に結実してゆき、更に今度は凋落してゆくイスラム勢力に取って代わるように西欧(キリスト教)文明が次第に世界を席巻してゆくことになる。

 
 そんな醒めやらぬイスラムの脅威と不安もあってか、十六世紀初頭はバチカンのキリスト教義的本道とは裏腹の予言や占いが瀰漫し、教会幹部の間にすら浸潤していたという。そんな中の一つに、フランシスコ会士の福者アマデオ・デ・シルバが記した《 新黙示録 》Apocalypsis Novaがあった。
 そもそもその黙示は天使ガブリエルの言葉を彼が記したものという触れ込みだったらしく、その中に十六世紀初頭に“ キリスト教徒に平和をもたらすべく《 天使教皇 》すなわち聖霊の恩寵を受けた教皇が現れ、皇帝と一体化し、イスラム教の台頭を食い止める ”という予言があって、それに自身を重ね合わせた教皇レオ十世を、別の予言書で自分こそが教皇にふさわしいと得心したサウリ枢機卿が毒殺しようと画策したというエピソードが時代背景を了解させてくれる。


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 ( ダ・ヴィンチのこのドローイングは、比較的はっきり幼子イエスと少年洗礼者ヨハネとを描き分けている )


 それ以上に興味深いのが、イエス・キリストにヨルダン川で洗礼を授けた洗礼者ヨハネとイエスは実は親戚関係にあったというエピソードで、ハビエルはラファエロやダ・ヴィンチの作品に描かれた聖母マリアと洗礼者ヨハネの母親エリザベツ、幼子のイエスと洗礼者ヨハネに触れながら、やがて“双子説”まで持ち出してくる。( この本には掲載されてないが、相似な幼子二人が聖母マリアの膝元で“口づけ”しているダ・ヴィンチの弟子Marco d'Oggionoの絵や、同じく幼子姿の洗礼者ヨハネが真ん中に立ちその左右にイエスの双子とも言われていたらしい使徒ユダ・トーマスとイエスが向かい合って坐っているベルナルディーノ・デ・コンティの《 三人の聖なる子供たち 》の絵などもまで存在している。幼子の無邪気な親愛というよりも如何にも神(秘)学的ニュアンスに満ちている。)
 双子説は、福者アマデオの《 新黙示録 》じゃなく別の出処のようだけど、人智学者ルドルフ・シュタイナーもルネサンス時代の画家たちの作品から感得したという。アンブロ―ジョ・ベルゴニョーネの《 神殿の博士たちの間で論議するイエス 》では少年イエスとまったく相似なもう一人の少年が描かれている。
 “ 双子説=二人のイエス ”の論者からすると、イエスと相似な幼子に洗礼者ヨハネの象徴たる羊飼いの先が十字になった長杖や毛皮はそれを隠蔽するための所作ってことらしい。確かに当時だと教会側が許さず異端審問で厳しく追及されかねない。
 因みに、福者アマデオの弟、聖・ベアトリス・ダ・シルバはコンセプシオン修道会の創設者で、十七世紀、新大陸のメキシコとスペインと同時存在(バイロケーション)で有名なマリア・ヘスス・デ・アグレダはじめ“ 青い衣の女たち”の所属していた修道会だった。


 イスラムの脅威によって生じた危機意識的産物って、デ・ジャヴのようにインドでのヒンドゥー・仏教における《 シャンバラ 》を想起しまう。
 そもそも八世紀頃インドに入って来て十一世紀頃に本格化したイスラム侵攻ってことだけど、十世紀頃の経典《 ヴァガバッド・プラーナ 》で、紀元前後に成立した叙事詩《 マハーバーラタ 》の転輪王ビシュヌヤシャスを、ヴィシュヌ神の化身であるカルキ・ビシュヌヤシャスとして再生しイスラム台頭に対抗しようとしていたという。
 十三世紀には滅んでしまうインド仏教( 密教 )では、十一世紀に成立したらしい仏教(密教)経典《 時輪タントラ 》でもカルキは歴代続く王として定位され、イスラムに対抗し最終戦争で勝利し新しい輝ける世を迎えるって思想で、やがてチベット(仏教)に流布することになる。


 勿論、小説の方はその後も、プラド美術館に収蔵されているボッツチェリーやティツィアーノ、ヒエロニムス・ボスなんかの作品に触れてゆくのだけど、やっぱり個人的には《 新黙示録 》=双子のイエスに興味が向いてしまう。
 因みに、物語の実際の進行は、ハビエルの分身らしき大学生ハビエルとプラド美術館の主の如く知悉し尽くしたなルイス・フォベル博士の“師弟関係”が中心に展開されてゆく。

《 プラド美術館の師 》( 2013年:国内2015年 )ハビエル・シエラ 訳・八重樫克彦・由貴子(ナチュラルスピリット)

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