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2019年5月11日 (土)

平成=令和のアベノミクス的残影 門司港

Chuo-2

 

 

 平成→令和に年号が変わった。
 しかし、平成の粋たるアベノミクス、そのアベノミクス的凋落は令和にも持ち越され、列島中その仄暗い残影に蔽われたままいよいよかそけき終末へと突っ走ろうとしているのかと見間違いかねない。
 そんな気息奄々的命脈の象徴たる商店街が、門司港にもあった。
 改修も終わり( 一部では未了 )リニューアルした門司港駅近辺には、折からの観光シーズン中、何しろ狭い区画故、内外の観光客に埋め尽くされた感があった。その雑踏から些か離れた住民エリアの一角にひっそりと佇む戦後闇市時代の面影を残したアーケード商店街《 中央市場 》( 英語もどきに“ Chuo Market ”とも併記されている。)は、つい最近も又一軒消えてしまって、いよいよ昼尚仄暗いシャッター商店街色も極まってしまった。

 

Chuo-5

 

 

Chuo-4

 

 

 高々と伸びた蘇鉄の葉が生い茂る公園側と駅方面に向かう道路に面した側の2ブロックに件の商店街は分かれていて、道路側に面したブロックには八百屋と魚屋、雑貨屋のせいぜい六、七軒、それに引き換え公園側の入口の両側には果物屋と比較的最近できた食堂があり、食堂、古書店、茶葉屋、裁縫店、花屋、雑貨屋等十軒近く、勿論点々とだけど一応軒を連ねている。
 本来の店舗の三分の一程度ってところで、これは列島の地方都市じゃ平均的なパーセンテージじゃなかろうか。

 

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( 昭和・平成・令和の庶民的生活臭の凝結したような色褪せ朽ちた佇まいの一角。奥の建て増し建て増し城砦が件の商店街の外貌。)

 

Chuo-8

( 表通りから奥に件の商店街を望める一角。)

 

 

 一階だけが店舗になっていて、上階は居住エリアのようだ。
 何しろ戦後の焼け跡に建てたらしく、大通りからその燻すみきった旧い建物の一角が覗けていてその香港のミニ九龍城的な佇まいを窺い知れる。
 そんな如何にも場末ったシャッター商店街であるはずの、その公園側のブロック、最近になって次々と食物屋関係が増えるという人通りがますます僅少になってきている現象に逆倒した珍現象あるいは怪現象が起きている。
 元々このブロックには年配女性の営ってる狭い間口のカウンター式喫茶店があったきりだった。

 レトロ・ブーム的余波とでもいうべきか、一軒、又一軒と手打ち蕎麦屋、食堂等の開店ブームが始まった。
 正にこのブロックじゃ、食物屋がブームになっているのだ。
 いよいよ数少なくなった通行人、客を皆で取り合う消耗戦になってしまいかねない危惧など何処吹く風らしい。まあ、こんなエリアで“ 一儲け ”をたくらむ物好きも居ないにしても、そこそこ何とか喰えていければ良いって平成風味な有様なのだろうか。

 

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 ( 二つのブロックの間の通り。商店街と直角に並んだ店々。如何にものんびりとした雰囲気。)

 

Chuo-7

 ( 駅側の入口に向かってシャッターばかりが連なっているけど、向かって左側に普段はおばちゃんの営っている店なんかが二、三軒並んでいる。)

 

Chuo-6

 ( 反対側の公園に向かう連なり。廃品雑貨屋が片側を占めている。この街を象徴する店。珍しく、二人の青年が頑張っている。)

 
 そんな中で、一軒異色な店ができた。
 《 大都会 》と看板にあった。
 当初は“ 情報紹介 ”と銘打って、如何にも風に衣服や雑貨、思想書などを並べていたのが、やがてその前を通る毎に、【 珈琲 】から【 角打ち 】(酒)、【 おでん 】等とだんだん置いてある食べ物系の種類が増えていった。
 昼間はまず客らしき姿は稀で、大抵奥の机で一人パソコンに向かっている印半纏の店主の姿ばかり。夜間はそれなりにあるのだろう。
  最初から商売っ気の類は窺えなかったものの、次第にあれこれと多角経営的方途に赴き始めたのを見るにつけ、やっぱり彼なりに利益を出そうとしているのかと思わず苦笑してしまった。
 そして、直近では、このブロックのブームに乗っかってか、【 朝食 】まで商路を拡げていった。さしずめ、この商域に喰い入ろうとすれば、このブロックの手練れの食物屋のカバーしてない時間帯=早朝=朝食しかないという消去法的アプローチだったのではないか。
 まあ、余計な詮索、余計なお世話に過ぎないのだけど、何とも悠揚迫らぬ人の好さそうな店主を見るにつけ、つい心もとなく、推量してしまった。
 ブログ見ると、彼は熊本産らしく、あれこれ巡り巡って、この三か月しかもたない国際定期航路( 韓国 )港のプレハブ・カスタムもいよいよ朽ち果てもっぱら青々とした雑草ばかりが五月の陽光に眩しく映えるばかりの場末った港町の、ひなびた一角にすっかり居ついてしまったとの由。
 たしかに、港町の風情ではある。

 

 

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 ( 件の「大都会」。所狭しとインフォメーション・ボードや貼紙が並べられ、珈琲どころか角打ちまで揃っている。早朝七時のブレイク・ファーストらしいけど、みそ汁・ライスの和朝食のようだ。黒板に毎月のこの店での催物の予定が掲示されていて、些か挑発的なタイトルが踊っていたりする。)

 

 

 

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