« アスリート・ファースト  平成=令和のアベノミクス的残影 | トップページ | 真夜中の告発者 生ける彫像 ( 大泉黒石 ) »

2019年6月 8日 (土)

黎明的ゆらぎ  『 菊とギロチン 』

G1

 

 

 you tube にある秋山清『 白い花 』の土取利行の朗読がけっこう気に入っていて、その戦中に認められた詩の彼自身の解説があるということで読んでいた《 わが解説 》( 文治堂書店 ) 、ところが、ふと立ち寄ったレンタル・ビデオ屋の棚に、秋山と遠戚関係にあるらしい中浜鉄を中心とした《 ギロチン社 》の面々を主人公にした瀬々敬久監督《 菊とギロチン 》が並んでいた。
 

 

 大正末、関東大震災直後の軍部( 権力 )や自警団による“ 朝鮮人・中国人・労働組合活動家・社会主義者 ”たちの虐殺に、一矢報いようとテロルを画策するアナキスト集団《 ギロチン社 》、そして当時巷で流行っていたその殆どが東北出身者だったという女相撲の一座《 玉岩興行 》、その二つの底辺的存在がひょんなことで遭遇することになった。
 同じ《 ギロチン社 》を扱った山田勇男監督の映画《 シュトルム・ウント・ドランクッ 》( 2014年 )とは又些か趣きを異にした大正末・青年群像劇。
 戦前この国の貧窮の象徴のように謂われた東北地方、昭和十一年の《 二・二六事件 》等でも決起将兵の中にも東北出身者が多く、女相撲も大半が東北出身者によって占められていたらしい。昨今の女たちのスポーツ界進出も華々しくなった状況にダブらせるように、“ 強くなりてえ ! ”と、女たちの置かれた困窮的因習的差別的あるいは暴力的現実から這い上がろうとする藻掻(もがき)を、一向に“ 解放・革命 ”を具体的現実として実現できずに藻掻きつづける《 ギロチン社 》と絡めてみた物語の成り行きは、しかし、依然として仄暗い黎明が彼方にゆらめくばかり。

 

 G2

 

 相撲といえば、確か秋山清も、地元の浜鉄の柄杓田の隣村、今津で村祭の際に行われる奉納相撲でけっこう活躍していたという。 
関東大震災の直前、大正十二年夏、秋山は東京から一時帰郷し、一夏故郷の夏休みを満喫したのだけど、夏祭の余興の素人相撲に、何を思ったか、青年・秋山、借りたマワシを締め、飛び入りで参加した。ところが、素早い取り口で勝ち進み、その強さに村の相撲の頭取( 親方 : 各村に居たらしい )に気に入られ、近隣の村祭りの相撲に参加することになったという。勝つと紙に包んだ花( 御捻り )が投げ込まれた。それなりに人気があったのか、結構な額の花が貰えたらしい。映画の方じゃ、花じゃなく、野菜や魚なんかの現物のようだったけど。
 村の相撲が開催される際、他の村の相撲取りにも参加して貰うため、開催地の頭取の遣いの者が他の頭取の家の前で、任侠の仁義に似た、腰をかがめて口上を述べるのを、秋山の近くに親方が住んでいて何度か見たことがあったという。
 年配の相撲取りが彼の四股名を秋山に呉れたという。
 《 今響 》
 今津と響灘をかけた四股名なんだろうが、アナキストや詩人で相撲の四股名を持っているなんて、まず他にはいないだろう。
 この映画の時代設定の頃、浜鉄の親戚の秋山も、裏門司といわれた地域一帯の土俵の上で活躍していたとは・・・

 

|

« アスリート・ファースト  平成=令和のアベノミクス的残影 | トップページ | 真夜中の告発者 生ける彫像 ( 大泉黒石 ) »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事