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2019年6月22日 (土)

真夜中の告発者 生ける彫像 ( 大泉黒石 )

1929

 大泉黒石の短編《 生ける彫像 》が掲載されているってことで入手してみたのだけど、いわゆる昭和初期の“エログロ・ナンセンス”を地でゆく体裁の雑誌《 グロテスク 》( 1929年=昭和4年新年号 )であった。
 おまけに、そんな雑誌の特性に合わせたように、黒石、巻末の10ページにも満たないミニ短編《 生ける彫像 》とは別に、《 勧燬(き)淫書論 ( ルビ : いんしょせいばつ ) 》なる論考をも連載しているようで、むしろそっちの方に興味を覚えてしまった。

 

 

 表紙に、“ 耽奇・探奇・談奇”とある。
 終戦直後の薄っぺらなカストリ雑誌と相違して、それなりのページ数のあるちゃんとした雑誌の体裁で、発行者は、この雑誌にも自身の論考を複数掲載している、発禁になった訳書《 デカメロン 》で有名になった梅原北明という明治の宮武骸骨に勝るともおとらない反骨精神旺盛な出版者。
 そもそもが梅原、明治末の幸徳秋水ら十数人が死刑に処された《 大逆事件 》に衝撃を受け、アナルコ・サンジカリズム運動にも影響を受けて、一時“水平社運動”に参入し結構活躍していたという。
 後年、上海のカジノで知り合った帝国海軍元帥・山本五十六も、彼のファンだったという話もあるらしく、その縁でか、いよいよ“時局”が押し迫ってきて、窮した梅原に海軍がらみの仕事を提供してくれたという。

 

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 ( チェコ出身の幻想怪異画家リチャード・ミュラーの作品。モノクロの同じ構図の作品もある。)

 

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  扉の口絵に、ページ中頃の“ グロテスク画集 ”にも掲載されているチェコ出身の画家リチャード・ミュラー( リヒャルド・ミュラー)の幻想的・怪奇的作風の絵が掲げられ、その次にとじ込みの両開きの小さなピンクの《 新年号目次 》があり、そのもう一つ後には国芳の浮世絵《 狸の睾丸画集 》と題した色刷り版画風まで折り込まれている凝り様。 
 全体的にモノクロ写真や挿絵が適時配されている。   
 梅原北明自らも( ペンネーム多いらしく、他の名で掲載しているのもあるかも知れないけど、当方には不詳 )梅原の名で複数の論考を載せていて、《 阿片考 》じゃ写真や図解まで使って阿片の吸引器具・使用法を懇切丁寧に認めている。


 《 生ける彫像 》の巻頭にも小さなモノクロ挿絵があしらわれていて、本来は、当時ヨーロッパやロシアで活躍した舞台美術・衣装デザイン・挿絵なんか手がけるベラルーシ生まれの美術家レオン・バクストの、1910年パリ・オペラ座で行なわれたロシア・バレー団の《 シェラザード 》の舞台装置の前年に描かれたものなら下絵かデッサンというところだろうか。1909年は同じロシア・バレー団の《 クレオパトラ 》だったようだ。
 シェラザードといえば、《 アラビアン・ナイト 千一夜物語 》だけど、黒石の短編と特に係わりがあるとも思えない。共に、深夜の語りって一点で共通はしているけど。

 

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 ( 中扉。先月号、つまり12月号が発禁となったとある。)

 

 それにしても、肝心の黒石の《 生ける彫像 》、余りに短かい。
 要は水子譚ってとこなんだろうけど、黒石らしく、最後の最期に一ひねり入れている。
 正に、“ 咄 々々 ”。
 ネタ元は、その何年も前、大正末の世相を騒がせた“ 柳原白蓮事件 ”なのは明白で、成金財閥、皇族・華族、それに右翼・女性権利拡張運動もが絡んだ話題に富んだスキャンダル故に、黒石的には待ってましただろうけれど、だったらもっと縦横に描いていいはずが、所詮スキャンダルってことでか、軽くあしらった。( 確かに、描きようによっては、再度、発禁 ! って事態に到りかねなかっただろうが ) 
 

 

 と、ある成金資産家、“五十万”( 大正時代頃の資産家の財産基準らしい )とのっけから但し書きし、いわゆる財閥レベルじゃないところをあらかじめ明示している。理由はモデルにした“ 柳原白蓮事件 ”故に、九州の石炭財閥当主そのままに登場させる訳にはいかなかったのだろう。
 叩きあげの筑豊・飯塚の炭鉱王・伊藤伝右衛門の方はともかく、妻の、歌人として知られていた伊藤の半分の年齢の柳原白蓮=燁子( あきこ )の方が問題だった。
 彼女の父親・柳原前光は、大正天皇の生母の柳原愛子の兄で元々の公家、彼女の兄・義光は貴族院議員、姉・信子の夫・入江為守は東宮侍従長とどっぷり天皇=皇族・華族的しがらみに漬かっていた白蓮=柳原家。とりわけ、貴族院議員の兄・義光の選挙資金がらみの政略結婚の噂が喧しかったようだ。
 そんな白蓮が、よりによって、大陸浪人・革命家として高名だった宮崎滔天( 当時は既夢破れて病床に伏していたらしい )の息子・宮崎竜介と不倫関係になり、失踪し、竜介の下に走ってしまった。
 市井の一市民同士の不倫失踪ならまだしも、それでも当時は姦通罪に問われてしまうが、皇族=華族がらみってことでかなり世間にバッシングを受けた。成金財閥の伊藤自体はそれ程悪しざまに言われるような質の人物じゃなかったらしいものの、裸一貫で切った張った三昧の炭鉱労働者関係と渡り合ったりのおよそ教養とは無縁の処世故に、華族深窓の歌人娘との対比で如何にも式に女性権利拡張論者・運動家から誹られつづけたという。その辺の所も斟酌・加味した黒石的展開にはなっている。
 宮崎滔天は息子と白蓮との結婚を応援していたようだけど、世論は厳しかった。
 福岡の右翼団体《 黒龍会 》も白蓮非難の急先鋒だったようだ。
 それでも白蓮、不義の子を産み、何年か後には龍介と一緒になってしまう。
驚いたことに、その子を、当時の宮内省が、伊藤が怒りを露わに断っても断っても、執拗に伊藤に自分の子としての認知を迫りつづけたという。終いには、伊藤、自ら精子検査を受け“生殖不能”、つまり彼の子じゃないってことを証してしまう。
 

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 ( 巻末の新春増大号扱いで、黒い縁取りが付されている。)

 

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 ( 1910年のパリ・オペラ座での<シェラザード>のレオン・バクストの舞台装置。<生ける彫像>の巻頭に配された挿絵とは別のもの。写真かと思ってよく見てみると絵のようでもあり、定かじゃないので画像としておく。バクスト自身の手による作品かも。)

 

 
  「 ・・・動物の貂皮でおおわれた臂(ひじ)掛椅子に、ふかぶかと身を埋め、閃く石の美しい双手に、額を支え、皺だらけの顔に沈痛な色をうかべ落ち窪(くぼ)める眼に愁しげなる涙さえ湛えて、物思いに沈む、半白の老紳士があった。言うまでもない。これが此の部屋この邸の主人なのだ。彼はこの夜の枕に就くべく、ここに入り来ってより数時間を、この姿こうしているのだが、時々はその暗い面を静かに擡(もた)げて、寝臺(しんだい)の真上の壁に、沾(うるお)える眸(ひとみ)を向け、そこに掛けてある額を瞶(みつ)めながら、深い溜息を洩らすのである。額の中には世にも比類なく麗しき夫人の肖像が嵌めこまれている。」

 

 

 冒頭の資産家が深夜、彼の自宅の一室で亡くなった愛妻の追慕に浸り悲嘆にくれるシーン。
 “ 人の心や社会の底を流れゆく時の風潮”に疎い無教養者( イグノラント )とある。
 よくある叩きあげ資産家なんかの定番の通俗的人物像であろうが、かといって封建的家父長的な因業横柄さとは無縁の思いやり深い酸いも甘いも噛分けた善人で、彼女が“ 心やさしく夫に尽せば、それに倍して彼は妻を愛した ”という愛妻家でもあった。
 

 

「 いつも美しく、いつも若々しいのが、子を生まぬゆえに、容色の衰えを免れる夫人の徳である。分娩は美貌の敵という、彼女は宛(さなが)ら不老泉に住む永遠の乙女のその如くに水々しかった。」

 

 

 「 子なき寂しさは、絶えるまもなく胸底に往来し、年と共に強くなるばかりであった。ただ彼の美しき同伴者である『 生ける彫像 』によって慰められていた。いや自ら慰められていたのであったが、哀れむべし、遂にはその唯一の慰藉者にも遠くえ往かれてしまった。」

 

 

 「 老いて子なき夫が、頼りとする妻に先立たれたる心中は。いかなる人の言葉も慰め和らぐるには足りないであろう。嘗てそこには優しき佳人の愛情ある面影を見た一室に閉じ籠り、無情の想いに胸を掻き毟る彼の心は、痛ましくも悲惨なものであった。」

 

 

 財産家の美麗な妻とその妻との間の子宝に恵まれなかったことへの哀惜の最中、ふと、小さな物音が響いた。

 

 

「『 コッ。コッ。コッ。』
 他聞(ひとぎき)を憚るように、ほとんど聞きとれぬほど、微かに静かに此の部屋の扉を叩く音がして、覚めかけていた黙想から、はッと老人。やや驚きの面差で、背後へ振りかえった。
『 誰じゃ ? 』」
 

 「 しづかに入って来たのは正に少年。風采凛として、豊かな頬に、さも懐かしげな愛情のほころびを泛(うか)べた品のいい、しかし、全く見も知らない美少年であった。」
 

 少年は唐突に自分が財産家の息子だと告げた。

 

 

 「『 何かの間違いではないか? 寝呆けて戸惑っているんじゃないか? 儂の名は入江九衛門。邸の門札に出ておる筈じゃ。子どもなどは一人もないわい。』
 『 ありますよ。僕がそうです。』
と少年。にこりと微笑する。」

 

 

 訝る財産家、少年に自分の顔をよく見てくれと言われ改めてまじまじと見直してみると、確かに亡くなっ妻の花貌のあれこれが生き写しだし、財産家の部分的特徴と相似な造りも見て取れた。もし妻との間に子供が出来たとしたら、正に、面前の少年の容貌のごとくであったろう。
 得も言われぬ想持に囚われた財産家、少年に誘われるように、邸を出、暗い夜道を少年の後についてトボトボ歩き続けてゆくと、人通りの絶えた商店街の常夜の電飾看板や街燈にぼんやり照らし出された通りに差し掛かった。

 

 

 「 ・・・曲がり角にある外国書籍店のまえにぴったり立ち停まった少年は、いかりに耀く眼を、くわッと見ひらき、店窓(ショウウインドウ)の中に飾られた外国本の一つを恨めしげに睨ねめつけながら『 僕は、それ、その黄表紙の悪魔に殺されたのです ! 』」

 

 

 突然、少年は蒼白となった貌に悲憤の念を燃え上がらせ、そう、叫んだ。
 驚いた財産家、あわててガラス越しにその黄表紙の洋書のタイトルに両の眼を凝らしてみたもののさっぱり英語は解らず眼を白黒。ふと、少年の方を振り返ると、忽然と姿が消えていた。
 少年の姿を通りに捜す財産家の背後のショーウィンドウ・・・

 

 
 「 煌々たる電燈の光りに黄表紙の背文字が踊るばかり。×××××夫人著。“ BIRT CONTROL”! 咄々々!」

 

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 ( リチャード・ミュラーのグロテスク画集の中の一片。エッチング )

 

 この××夫人とは、幾度も来日した米国の産児制限運動家・マーガレット・サンガーで、黄表紙本のタイトルとは“ BIRTH CONTROL”。
 この短編じゃ、“H”が抜けて“ BIRT CONTROL”となってるけど、黒石が意図的にやらかしたのか、この雑誌《 グロテスク 》の編集者の校正ミスなのかどうか定かでない。というのは、黒石のもう一つの掲載物《 勧燬淫書論 》の最後の“ 附記 ”に印刷所のミスを記しているから、ひょっとしての可能性も捨てきれない。
 当時、日本でも女性権利拡張運動の一環として注目されはじめ、避妊(器具)推進等で、米国ともどもに権力・保守勢力にあの手この手の阻止にあったようだ。なかんずく、マーガレットは米国で投獄の経験すらある女闘士。
 

 

 でも、これって、成金財産家の入江九衛門の積年の願いとは裏腹に、当の水晶の花貌、心優しく夫に尽くしてきたはずの妻は、一緒に連れ添った20年もの間、まさか旦那が認める訳もない避妊を、つまり女性側の意志での避妊を隠れて行いつづけてきたってことになる。
 正に、不実。
 実在のモデル、成金財閥・伊藤伝右衛門も、妻・白蓮に裏切られ、後ろ脚でめいっぱい汚泥をかけられ若い龍介のところに逃げられてしまったが。
 幼馴染の娘と一緒になり、沢山の子供をもうけた黒石とは真逆。
 子沢山の故もあるのか生活苦に喘いでいた黒石こそ、マーガレット・サンガー女史の唱えるところの貧窮からの脱出のための産児制限が必要だったのじゃないのか、と自嘲したのか、内外のそんな運動に後ろめたさや反撥心を覚えてしまっての結晶化した作品なのか。
 

 その妻の20年にも及ぶ背信的所作って、物語中にも述べられていたように、彼女の若々しい美貌を保つためだったのだろうか。

 

 「 いつも美しく、いつも若々しいのが、子を生まぬゆえに、容色の衰えを免れる夫人の徳である。分娩は美貌の敵という、彼女は宛ら不老泉に住む永遠の乙女のその如くに水々しかった。」

 

 この如何にも意味ありげな言葉は、やはり前フリってことだろう。
 旦那もそれを愛でていたからこそ、彼女も子宝を断念し、若々しい美貌の保持の方を敢えて選んだってのもありえなくはないのかも知れない。
 あるいは、容色の衰えが旦那の寵愛を遠ざけてしまうという懸念からか、それとも専ら自身の美意識のなせる術だったのか。
 それにしても、多年の間、無数の避妊で、どれだけの本来的結合的結晶が未完のまま汚物として廃棄されてきたのだろうか。

 この視点からすると、なんとも途方もない罪業の淵って趣きが濃くなってくる。

 その水子にすら成り得なかった前-水子霊の群が真夜中の訪問者の少年として結晶化したってことなのだろう。
 昨今、この伝でいけば、毎夜の如く、自分によく似た風貌の少年・少女たちにドアをノックされる人々の数って半端ないに違いない。

 

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 ( 裏表紙 当時、中国でも仁丹やなんかと一緒に流布したクラブ化粧品の歯磨きの広告。)

 

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