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2019年8月 5日 (月)

 昭和五年勢ぞろい新年特集号『 グロテスク 』と黒石《 人肉料理 》

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 ネットで執筆人のそうそうたるのを見て驚いてしまった『 グロテスク 』昭和五年(1930年)一月新年特集号。
 見開きの目次を見ると一目瞭然なんだけど、大泉黒石を筆頭に、葉山嘉樹,尾崎士郎、川路柳虹、青野季吉、稲垣足穂、辻潤、今東光、金子洋文、黒島傳治、生方敏郎・・・尤も、案の定というのか、辻潤なんて一頁半の、しかし、

 

「 泡を吹いてゐ(い)るのだ――それは泡を吹いてゐるのだ。
 雲の中で眼も鼻もない蒼白い楕円の月が凶暴な不協和音を吼へながら凝結したミルクの泡を吹いているのだ。・・・」
 
なんてのっけからダダ的吐露。
《 一九五〇年売笑婦 》の葉山嘉樹は、

 「 一九五〇年売笑婦 と云う編集者の註文であるが、その頃には×××なってるだろう。しかし売笑婦は、×××と雖も、直ちに撲滅し尽されるものでなく、一時的には、却って激増するに違いない。・・・」

 

 と、20年後の娼婦たちについて唯物史観的だけど分かり易く言及。それ故にか、途中二カ所ほどかなりの語数が伏字ならぬ空白のまま。
 稲垣足穂、エッセイ風な創作と銘うった《 少年読本 》、定番の少年愛的饒舌が破格に20ページに及んでいる。

 

 「 何故なら、私たちはKyotoのD院に所蔵されてゐる『稚児草子』というたぐいの絵巻物をいくつか知ってゐるし、又、Nerigiやお寺の庭に植えてあるKeshiについての話もきいてゐるからです。( 何、御存じない? Nerigiとは必要に応じて手のひらの上でとくように出来た山いもの粉をかためた云わば一つのLubricantです。この種のものがUenohirokojiなどで売られてゐました。KeshiとはPoppyの粉であって、それだけのものが局所麻痺の作用をするのかどうか、それこそさっきの医学生に正してみる必要がありますが、紙に包んでこれを印ろうに入れてゐた見ぬ世の人々の間には、次のような言葉さえあったそうです。“ Keshi o ipuku mairasesorae ”)・・・」

 

 

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 黒石、この号でも《 人肉料理 》と『人を喰った男の評伝』(梅原北明の巻)のコーナーで《 快漢北明論 》なる4ページの人物伝を載せている。
 以前このブログで黒石の《 草の味 》(1943年)を紹介した際、“草木の生命の根源である葉緑素(クロロフィル)が、人間と他の生き物の生命の素であった歴史を有っているのである。”から皇軍的帰結=人肉食にまで敷衍したことがあって、このタイトルと遭遇し、植物の血液・クロロフイル=人類の血液・ヘモグロビンから人肉(血)漁りへの如何なる論理的展開ありや、と勝手に好奇の念を燻らせてみたら、短編小説でもない既存の世界の人肉食的事例を何片か紹介しているだけであった。

 

 その中の一つ、中国での逸話、《 股肉の膾(なます) 》なる明末、河北省での大飢饉の頃の話を紹介してみよう。
 ある旅人が昼飯をたべようと路端の客桟( 宿 )に入ると、店先に据えてある大きなまな板の上に、一人のまだ若い女が素っ裸のまま縛りつけられてて、驚いて店主に尋ねると、貧窮した自分の亭主に金を工面するために自分の肉体を切り売りしようとしているんだとか。
 旅人、女の余りの過酷さに同情し、身銭を切って女を解放してやった。
 女は狂喜し、夫に金を渡してやれれば本望とばかり、後は旅人の奴隷にでもしてくれとひれ伏した。裸のままじゃと、旅人、足元に脱ぎ捨ててあった女の衣服を手に取り、女に着せてやろうとして、ふと、指先が誤って露わな女の乳房にちょっと触れてしまった次の刹那、女はすっくと立ちあがり、憤然とした眼差しで、
 「命の恩人のあなた様へ、召使いとして一生御奉公致す所存でありましたが、しかしながら、貴女様の妾(めかけ)の類になろうなんて気は金輪際ありません! 夫以外の誰にも触れさせるつもりもないからこそ、肉体の切り売りを願い出たのですから。やっぱり、いっそのこと、この身を、肉体を切り刻んでおくれなさい。」
 と女は自ら、大まな板の上に再び仰向けに横たわってしまった。
 思わぬ勘違いに罵られた旅人は言葉もでず、むしろそれに怒ったのは店主の方で、縁もゆかりもない旅の旦那に助けてもらいながら、何ていいがかりつけやがる。こうなっちゃ、もう誰が何てったって聞かねーぞ、と啖呵を吐き捨て、大包丁を高く振り上げ、止める旅人を蹴飛ばし、渾身の力で女の裸体に叩き下ろしたという酸鼻譚。

 【 黒石評 】実に壮烈無比凄惨無類の話だ。こういう方法で身を殺し、貞操を完うする婦人は、今日はもとより昔の支那にも滅多にあるものではない。

 

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 黒石の些かクールな評だけど、話の冒頭で、“ 今でも ”と当時昭和初期の頃の中国の文字通りの人身売買の状況にちょっと触れている。
 幼女が10米国ドル、7歳くらいの男児は20ドルあたりが相場で、他の小動物と一緒に道端に並べて売られているという。いわんや飢饉旱魃の時節においてをや。
 いづこの国でも似たり寄ったりの、とりわけ子供たちの惨状ではあるが、なかんずく中国は世界に冠たるグルメ国、その奢侈の極みなのか、あるいは遥か後期ネアンデルタール世紀の遠い記憶のグルメ故の残滓的発露なのか。 
 飢饉旱魃時は西も東もゾンビー映画さながらの百鬼(昼)夜行はもはや常識だけど、日本でも天明の大飢饉の折など、道端や河原に流れ着いた屍体から始まり墓をあばき出すに到り、あるいは、わざわざ指を串に刺して焼いて食したりなんてあったらしい。指の串焼きってまともに考えるともう単なる食材扱いから美味志向まであと一歩って趣きすら窺えて、非常事態的食人が常態化してしまうと、今度は美味の追及に流れてゆくという人間の性すら垣間見えてしまいそう。
 中国美食道的探求とは正にそれなんだろう。
 天明の飢饉の極みは、死にかけた自分の母親を担保に隣人宅の屍肉を分けて貰うという、もはや流通貨幣と化してしまった例に尽きるだろう。(《 医療としての食人 日本と中国の比較 》吉岡郁夫 )
 
 尤も、人身売買って、食肉とは別途に流行りの言葉で言えば薬膳的素材としての、つまり漢方的・習俗的(=民間療法)薬的素材としての意味もあるだろうし、魯迅の《 薬 》を待つまでもなく中韓日じゃとっくに昔からポピュラーで、昨今は“臓器移植”なんて科学的医療の体裁すらとってもっと直接的なものとして流布している。

 

 因みに、ネアンデルタール人の共喰いが始まったのは、地球の環境が、丁度現在の我々が置かれているのと相似な、むしろ将来を具現したように、温暖化が進んで沿岸地帯が海に沈んで生態系に劇的変化が生じ食料難を来たしたからってことらしい。
 ネアンデルタールの異種との交配が進み始めたのも同じ頃という。現代の我々のDNAにも彼らのDNAが混じっているってのが言わずもがななんだろう。

 

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 ( 巻頭のスイス・チューリッヒの操人形劇団の特集。「操人形」解説までふされていて、二十ページ近い写真も載せてある精力ぶり。人形の顔  がグロテスクなところでの特集なのだろう。)

 

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