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2019年9月の2件の記事

2019年9月21日 (土)

 軍服をまとったモダン・ガールたち 『 一剪梅 』(1931年)

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 戦前の中国女優・阮玲玉(ルアン・リンユイ)の絡みで、時々DVDやポートレイトの画像を瞥見していた《一剪梅 》( 邦題・一枝の梅 )、岩陰に並んだ金焔と林楚楚や登場人物の軍服姿等に、そもそも映画の内容も知らない故もあって、何か彼女にそぐわない妙な違和感を覚えていた。尤も、江青も《 自由神 》で王瑩等と共に軍服姿で登場してはいたが。
 今回その《一剪梅 》、ようやく中国映画ネットで“中国語字幕版”を見ることができた。
 如何にも中国風のタイトルで旧き良き時代の鴛鴦(えんおう)胡蝶派的な恋愛物と思ってたら、シェークスピアの初期の作品《 ヴェローナの二紳士 》の翻案物という。
 何しろ登場人物の名が胡倫廷=バレンタイン、白楽德=プローテュース、施洛華=シルヴィア、胡珠麗(胡倫廷の妹)=ジュリア等そのまま。

 

 

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 ( 左から白楽徳=プローテュース、胡倫廷=バレンタイン、胡の妹・珠麗=ジュリア)

 

 そもそも監督の卜萬蒼(ブ・ワンツァン)、アメリカ人撮影技師に技術を学び、ハリウッド志向が強かったようだけど、1920年代はまだまだ鴛鴦胡蝶派的な作品が全盛の時代で、《人心》(1924年)、《戦功》(1925年)等で、何年か後には中国“中國第一位電影皇后”や“悲劇聖手”(悲劇の匠)とまで賞賛される大女優にまでなった新人女優・張織雲を見出し育て上げた。殊に美人じゃないけれどおっとりとして優雅な雰囲気が人気を博したらしい。で、御多分に漏れず、監督・女優の関係がいつの間にか恋人同士になり、同居するまでなった。
 ところが、ここで思いもしない人物が登場することになる。
 後年、かの若くして自ら生命を絶った一大女優・阮玲玉の事実上の夫となった“茶葉大王”の異名を持つ資産家・唐季珊その人。
 何と絶頂の張織雲を手に入れようと華やかな社交界を利用し、所詮一監督に過ぎない卜萬蒼より大富豪の方を選ぶべくあれこれ画策し、とりわけ彼女を育てた養母にも取り入って、ものの見事に成就。豪奢な邸で共に生活することになる。
 ところが唐季珊、有名女優との浮名で十分に自身の企業価値が高まったと踏んだのか、さっさと彼女を捨ててしまった。捨てられた張織雲、その後、野放図な散財に身をやつしたりでどんどん零落していって娼婦的世過ぎまで至ったとか噂され、戦後香港の路上で野垂れ死んだとか病死したとか悲惨な末路を辿ったようだ。

 

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 その張織雲と別れた頃、入れ替わるように監督の卜萬蒼の前に、後に戦前中国の一大明星・影后とまで呼ばれるようになる新人女優・阮玲玉が現れる。
 当時、稀代の京劇役者・梅蘭芳は、阮玲玉を、1920~30年代の米国サイレント映画の最高女優といわれたメアリー・ピックフォード( サイレント映画時代の代表的女優であり、プロデューサーでもある。チャップリン、D.W.グリフィス、D.フェアバンクスと共に映画会社《 ユナイテッド・アーティスト》社を設立。)になぞらえて、中国サイレント映画の誇りとまで賞賛したという。
 卜萬蒼、“ またと得難い悲劇女優 ”とまで直感して、張織雲以上の魅力と才能を彼女に見出し、一流の女優に育ててゆくのだけど、あろうことか再び資産家・唐季珊がその手練手管の魔手を伸ばしてきた。金と名声と奸智にものをいわせ、せっかく育て上げた阮玲玉をも掻っ攫っていった。尤も、阮玲玉の場合は、監督・女優としての関係に変化はなく、デビュー作《 掛名的夫妻 》以降も、この《一剪梅 》や《 三個摩登女性 》( 「三人のモダン・ガール」)等共に映画作りを持続していった。

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 ( 一枝の梅の前でほほ笑む胡珠麗=阮玲玉 )

 

 1930年代初頭、上海映画界を席巻したのが、《 聯華影業公司 》の、それまでの旧態依然とした鴛鴦胡蝶派的な映画とは一線を画したハリウッド・ライクなニュー・ウェーブ派の、卜萬蒼,孫瑜(スン・ユィ)、費穆(フェイ・ムー)たちであった。
 そんな時代の寵児でもあった監督・卜萬蒼、当時まだ孫文=国民党の本拠地的残影濃い広州の軍警本部を舞台に、シェークスピアの《 ヴェローナの二紳士 》を基に、胡倫廷・珠麗の兄妹と、倫廷と同じ陸軍学校卒業生の親友・白楽德、赴任先の広州督辨署署長の娘・施洛華等のすったもんだの友情・愛情娯楽片。 
 《 聯華影業公司 》、広州・香港のロケまで敢行し、大勢の兵士( エキストラ ? )を駆使したりしてて、この映画に大部予算を注ぎ込んだらしい。

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( 脂粉将軍・白楽徳の鞄の底。化粧品と女達の写真がどっさり。)

 

中国ブログじや定番のように“ 情侶曲折的愛情故事 ”( 恋人同士の山あり谷ありのラブ・ストーリー)ってキャッチ・コピーがついてるけど、確かに、広州の督弁署( 督辨署 : 日本の行政システムにはない中国独特の政治単位で詳細は不明 )を舞台にした軍服姿の恋人たちの、それこそ昨今のトレンディー・ドラマと寸分も変わらずのモダーン・ラブ・ストーリー。テンポも良い。
 陸軍学校の卒業日の寮内のシーンから始まる。
 皆、将来の夢に胸を膨らませてるなか、我らが“脂粉将軍”白楽德、大きな鞄の底に隠してあった化粧品の脇の大量の女達の写真を取り出し、ためつがめつ見入っては悦に入っていた。早速、同僚たちが笑っているのを聞きつけ、彼の親友・胡倫廷がたしなめる。
 と、シーンはその胡倫廷の邸に変わり、妹の珠麗が楽曲“ 我願意 I am Willing ”を友人のピアノ伴奏で稽古。その友人が一瞬振りかえる・・・何処かで見た記憶のある特徴的な顔立ち・・・阮玲玉と幾度も共演してた黎莉莉だった。クレジットにもない、この場面だけの出演。
 サイレント映画の定番の中間字幕(面)で、その二人のところを“ 一位超越時代的摩登女性”( 時代の先端をゆくモダン・ガールたち )と記している。

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( すっかり仲の良くなった白楽徳と胡珠麗。)

 

 その珠麗を、たまたまやって来た白楽德が見染め、やがて珠麗も美男子でもない彼に行為を持つようになって許嫁の関係になる。
 胡倫廷に広東督弁署衛隊長の任務につくべく辞令が出て、広州の督弁署に単身赴く。この督弁署、軍隊が練兵しているかなり広い敷地を有した官庁で、日本の行政システムにはない政治単位のようで、適合する名称が杳として見当たらない。
 そこのトップ・施督弁が白楽德の親戚らしく紹介状を彼が紹介状を書いてくれたのだけど、忽ち施督弁の娘、凛々しく軍服を纏った洛華と相思相愛の関係に陥ってしまう。
 その内、白楽德も辞令が出て、赴任してくる。
 白楽德、子供の頃親戚同士だったので一緒に遊んだこともあったものの、すっかり成長して魅力的な女性になっていた洛華に一目惚れし、上海で待っている珠麗のことなんてもはや眼中になかった。どころか、悪心を起こし、洛華と親密な胡倫廷を疎ましく思うようになって、あろうことか冤罪的奸策を施督弁に吹聴し、追放してしまう。
 新聞に載った兄・倫廷の罷免を見て驚いた珠麗、単身で広州へ。
 洛華、珠麗に事情を聞いて、とりあえず彼女の副官として珠麗にも軍服を着させ匿う。

 

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 ( 白楽徳に陥れられ罷免・追放になった胡倫廷の新聞記事。上司であるトップの施督弁もカンカンとある。 )

 

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( 上海からわざわざ広州まで安否を確かめようとやって来た珠麗を慰める施洛華。)

 

 
 白楽德の心変わりの真偽を確かめるために、洛華は一計を案じ、白楽德と一緒に馬で遠出をする。白楽德、早速正体を現し、暴力的に彼女をものにしようとする。怪しんで跡をつけてきた同様に洛華を一方的に熱愛していた軍警督察署・署長に格闘の末阻止され逃げ出す。ところが所詮庶民に横暴な軍警のトップらしい署長、白楽德のおかぶを奪うように洛華に暴力的にアプローチ。馬で逃げ出した洛華を凄い形相で追いかける署長。あわや、と思われた次の刹那、何処から一本の投矢がうなりをあげて飛んできて署長の馬に突き刺さり馬は転倒。
 その投矢を放った人物こそ、誰あろう冤罪で追放された胡倫廷であった。
 ロビン・フッドを彷彿とさせる恐らくカラーだったら派手ないでたちであったろうモノクロだとかなりしょぼくれ感が強いのだけど、当時はハリウッドライクなロビン・フッド風ってところでむしろ颯爽としたものに観えたのだろう。

 

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( 洛華の一計にまんまと乗せられ本性を露わにした白楽徳と同様に洛華に惚れた軍警督弁の諍い。 )

 

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( 横暴な広州軍警の巡回。道路交通法違反って訳か、露天商を蹴散らしてゆく。この光景って、昆明やペシャワールでも見たことがある。)

 

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( 貧民を虐める軍警の背に突き刺さった投矢。強きを挫き弱きを助ける、御存じ一剪梅。)

 

 

 実は胡倫廷、追放されてあっちこっちと彷徨っている内、強盗団の老首領に気に入られ、どんどん頭角を現して組織を仕切るようになっていた。
 そこは生真面目な胡倫廷、皆に諮(はか)って組織の変革を図る。

 

 “ 救苦済貧 鋤強扶弱 不許調戯婦女 ”
                   ( 調戯=嘲り弄ること。)

 

 要は「強きをくじき弱きを助ける」という如何にもロビン・フッド的なモットー=綱領を掲げた義賊、その名も《 一剪梅 》。翻った旗にも梅花の紋章が刻印されていた。この作品、いたるところに梅花の紋があしらってあって、そのキィッチュなまでの拘りは面白い。
 横暴な軍警に対して匪賊( =義賊 )《 一剪梅 》が現れ、虐げられる庶民を助けつづけ、ついには関東全省軍警督察署・署長の名において、「 その生死を問わず 捕らえた者に金一千元を与える 」という触書を配布するという事態にまで発展していた。
最後は、ロビン・フッド的な勧善懲悪ものと曲折的恋愛的相関物語を結合させた娯楽片の極みで、窮地に立たされた白楽德が自らの冤罪工作を施督弁に告白し、胡倫廷も珠麗も洛華も彼を赦し、胡倫廷も元の役職も戻れ、白楽德と珠麗も元の鞘に収まり予定調和的大団円。

 

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( 梅花咲き誇る公園の岸壁に互いの想いを筆でしたため合う胡倫廷と施洛華。 )

 

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( 匪賊の老首領と並んだ匪賊から義賊へと組織を変革していった胡倫廷。背後に掲げられた大きな旗にも梅花の紋様が。)

 


 軽快なテンポで展開されるハリウッドライクな作りは余り旧さを感じさせない。
 そもそも《 一剪梅 》って胡倫廷と洛華二人が、広州の何処かの公園の咲き誇る梅花の下で岩壁に毛筆でしたためた互いの連句に因んだ二人だけが知る命名だった。
 ハリウッドライクなモダンガールの所作としては些か古風だけど、これもハリウッド映画に席巻され過ぎて危機感を共有した在来の映画会社が合同して作られた《 聯華影業公司 》ならば、“中国”風味を前面に押し出した(「復興國片」)ものってところで違和感ないのだろう。当時の邦画で、モガが茶の湯をたてるようなものに違いない。

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( 一剪梅のアジトに拉致された格好の珠麗と洛華 )

 

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( 予定調和的大団円に目出度く終わって、広州督弁署の広い敷地の中をパレードしてゆく二つのカップル。)

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2019年9月 7日 (土)

幻の楼蘭王国の秘宝 『 沙漠の古都 』国枝史郎

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 かつてバック・パッカーの間での定番だった中里介山の一大長編時代小説《 大菩薩峠 》、パキスタン・ペシャワールの《 カイバル・ホテル 》のリビング・ルームのテーブルに積んであった泊客たちが置いていった本の中にも何冊かあったのか、一冊試しに読んでみたことがあったけど、陰々鬱々なイメージとは裏腹な、何とも喋々しい登場人物たちの饒舌さかげんに閉口したことがあった。
 大正2年から《 都新聞 》( 東京新聞の前身らしい )に連載を始め、その後さまざまな新聞を経て昭和16年までの30年近く連載し続けた文字通りの長編時代小説だ。
 その大正末にいわゆる大衆小説の決定版ともいえる吉川英治の少年向け長編時代小説《 神州天馬侠 》が《 少年倶楽部 》で連載開始し、その前年にも国枝史郎の《 神州纐纈城 》( しんしゅうこうけちじょう )が《 苦楽 》( 直木三十五が発行 )に連載されたりで、長編時代小説はなやかし時節の観がある。とりわけ《 神州天馬侠 》、《 神州纐纈城 》は伝奇時代小説の精華ってとこだろうか。

 

 

 で、国枝史郎だが、大正11年に『蔦葛木曽桟』( つたかずらきそのかけはし )で一躍有名作家の仲間入りし、伝奇時代小説を中心に活躍したらしい。時代が下るにつれて、時代の鬱屈がエログロ・ナンセンスを跋扈させるようになってからは次第に下降していったのか、昭和7年に《 ダンサー 》を《 婦人公論 》に連載し、翌年春陽堂から単行本として出版すると忽ち発禁処分にふされる。“風俗壊乱”の廉ってことなのだが、愛国・国防婦人会などが台頭してきた時節に、それも婦人雑誌上で、当時の踊子=ダンサーの奔放な世界を描こうとして、例えば、ダンサーのファン(ここでは、ダンス・ゴロと呼ばれていて、昨今のアイドルたちのオタってところ)たちが彼女たちの楽屋裏にでも赴いてのアプローチを、

 

 「 誘惑? 耳たぶを唇で食える奴、腹を無闇におっつける奴・・・・・・左のズボンのポケットの中へゴム毬を入れて来て刺激するような迚(とて)もあくどい奴もあった。」

 

 なんて戦後なら何と言うこともない描写であっても、その露骨さは官憲どころか、愛国・国防婦人会の連中の神経を逆なでするに十分であったろう。
 総じて国枝は現代物は苦手なように評されているようだけど、初期の頃、つまり人気絶頂の頃、現代を舞台にした伝奇冒険小説としてこの《 沙漠の古都 》は好評を博したという。( 但し、本名じゃなく、イー・ドニ・ムニエというペン・ネームを使って )

 

 

  1922年(大正11年)に博文館が発行した大衆向け探偵小説専門誌《 新趣味 》、翌年の関東大震災後に廃刊となり、同じ探偵小説専門誌として新たに《 新青年 》を発刊し継続したという。その《 新趣味 》で大正12年3月から10月まで《 沙漠の古都 》を連載。ポーやルブラン、デュマ、O・ヘンリー等の海外の作品の翻訳が多く紹介されていた中に紛れるように、“イー・ドニ・ムニエ・著、国枝史郎・訳 ”として。彼もあれこれのペンネームを使い分けていたようで、当初はまさか国枝自身の創作だとは誰も気づかなかったらしい。

 

伝奇冒険小説の範疇に入るのだろうが、この雑誌《 新趣味 》は、探偵小説専門と銘うっていて、確かにそんな探偵物的ミステリーのプロローグではあった。
 そもそも最初の主人公らしき人物たちは欧州の探偵。
 つまり、イー・ドニ・ムニエ著とは、正にそんな前提を逆手に取った、あるいは韜晦趣味的演出ってことなのだろう。

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 最初の舞台は、スペイン・マドリード。
 ホームズばりの神出鬼没な慧眼の探偵・レザール、相棒(ワトソン的存在というのか)の“描かざる画家”ダンチョン、そしてラシーヌ探偵の三人組が、遙か東方・幻の湖と呼ばれた羅布湖(ロプノール)の汀に栄えた回鶻( ウイグル )人の都・楼蘭(ろうらん)王国の隠された財宝を求めて、延々とロシア、楼蘭、北京、上海そしてボルネオ・サンダカンまで追跡してゆくのだけど、それに美貌のトルコ娘・紅玉(エルビー)、第二章から出てくる張教仁、そして袁世凱の後身たる悪役=世界征服を企む秘密結社の首領・袁更生までが絡んでくる次第。
 【 支那青年の忘備録の抜粋 】という形で登場する、袁世凱の生命をつけ狙うその青年・張教仁が実質的主人公といっても差支えなく、三人の探偵グループの方が、むしろ狂言回し的な存在といえよう。中国の秘密結社好きで造詣も深いらしい国枝の嗜好から来ているのだろう。語り口も、プロローグのスペインより、中国( 小説内では、当時の一般的呼称・支那が使われている )国内に入ってからの方が躍如としている。
  
 
 「 此の頃北京は物騒であった。政府の高官顕職が頻々として暗殺された。そして犯人はただの一度も逮捕されたことがないのであった。
 その又殺し方が巧妙であった。巧妙というよりも奇怪であった。その一例を上げて見れば、或る白昼のことであったが、警務局の敏腕の班長が、二人の部下を従えて、繁華な灘子(だんす)街を歩いていた。街路の両側の小屋からは、幕開きの銅鑼の賑やかな音が笛や太鼓や鉦に混って騒々しい迄に聞こえて来る。真紅の衣裳に胸飾、槍を提(ひっさ)げた怪美童を一杯に描いた看板が小屋の正面に懸かっている。外題はどうやら、『 収紅孩 』らしい。飯店に出入りする男子の群、酒店から聞こえる胡弓の音、『 周の鼎、宋の硯 』と叫び乍ら、偽物を売る野店の売子、雑踏の巷を悠々と班長と部下とは歩いて行った・・・」
 

 

 ある唄声を聴こうとして、暮れなずむ上海旧市街の巷、“ 不潔な道筋 を眼を顰めさせながら ”そぞろ歩いてゆく探偵ラシイヌ。

 

 「 日没を合図に内外の市街は――県城内の旧市街と県城外の新市街とは、交通を遮断する掟であってその日没も近づいているので、ラシイヌは廓門の一つから城内に急いで這入って行った。城内の街の狭隘さは、二人並んで歩くことさえ出来ぬ。凸凹の激しいその道には豚血牛脂流れ出し殆んど小溝を作している。下水の桶から発散する臭気や、葱や、山椒や、芥子などの支那人好みの野菜の香が街に充ち充ちた煙と共に人の臭覚を麻痺させる。小箱のような陋屋からは赤児の泣声や女の喚き声や竹の棒切で撲る音などが、巷に群れている野良犬の声と、殺気立った合唱(コーラス)を作っている。」

 

 

 同じ隠された秘宝探求の冒険活劇映画《 インディー・ジョーンズ 》のようなジェット・コースター・ムービーがそうであるように、かなり御都合主義的な展開が少なくない。
月刊雑誌の連載という性質上、テンポ良く進行せざるを得ないのだろう。
 後半から舞台はボルネオ(島)・サンダカンから河を遡った奥地のジャングルに移ってゆくが、当方的には些か中だるみの感が否めない。有尾人=ピテカントロプスなんかも登場したりするのだけど。
 確かに、大正時代当時だったら新鮮で遙か西方沙漠の秘宝を追い求めて地球半周ってのは面白かったに違いない。

 

 

 明治20年(1887年)、長野の役人の四男として生まれた国枝史郎。
 早稲田の英文科に入り、小川未明の主宰する《 青鳥会 》に参加し、そこの生田蝶介に口説かれ《 講談雑誌 》で《 蔦葛木曽桟 》を連載を開始。評判良く、翌1923年(大正12年)には《 沙漠の古都 》を《 新趣味 》に連載。
 一応《 沙漠の古都 》以外にも、《 東亜の謎 》、《 犯罪列車 》(南信日日新聞=現・長野日報に連載)なんて現代物もちゃんとあるようだ。 
 1943年、終戦前に喉頭癌のため死去。

 

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