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2019年9月 7日 (土)

幻の楼蘭王国の秘宝 『 沙漠の古都 』国枝史郎

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 かつてバック・パッカーの間での定番だった中里介山の一大長編時代小説《 大菩薩峠 》、パキスタン・ペシャワールの《 カイバル・ホテル 》のリビング・ルームのテーブルに積んであった泊客たちが置いていった本の中にも何冊かあったのか、一冊試しに読んでみたことがあったけど、陰々鬱々なイメージとは裏腹な、何とも喋々しい登場人物たちの饒舌さかげんに閉口したことがあった。
 大正2年から《 都新聞 》( 東京新聞の前身らしい )に連載を始め、その後さまざまな新聞を経て昭和16年までの30年近く連載し続けた文字通りの長編時代小説だ。
 その大正末にいわゆる大衆小説の決定版ともいえる吉川英治の少年向け長編時代小説《 神州天馬侠 》が《 少年倶楽部 》で連載開始し、その前年にも国枝史郎の《 神州纐纈城 》( しんしゅうこうけちじょう )が《 苦楽 》( 直木三十五が発行 )に連載されたりで、長編時代小説はなやかし時節の観がある。とりわけ《 神州天馬侠 》、《 神州纐纈城 》は伝奇時代小説の精華ってとこだろうか。

 

 

 で、国枝史郎だが、大正11年に『蔦葛木曽桟』( つたかずらきそのかけはし )で一躍有名作家の仲間入りし、伝奇時代小説を中心に活躍したらしい。時代が下るにつれて、時代の鬱屈がエログロ・ナンセンスを跋扈させるようになってからは次第に下降していったのか、昭和7年に《 ダンサー 》を《 婦人公論 》に連載し、翌年春陽堂から単行本として出版すると忽ち発禁処分にふされる。“風俗壊乱”の廉ってことなのだが、愛国・国防婦人会などが台頭してきた時節に、それも婦人雑誌上で、当時の踊子=ダンサーの奔放な世界を描こうとして、例えば、ダンサーのファン(ここでは、ダンス・ゴロと呼ばれていて、昨今のアイドルたちのオタってところ)たちが彼女たちの楽屋裏にでも赴いてのアプローチを、

 

 「 誘惑? 耳たぶを唇で食える奴、腹を無闇におっつける奴・・・・・・左のズボンのポケットの中へゴム毬を入れて来て刺激するような迚(とて)もあくどい奴もあった。」

 

 なんて戦後なら何と言うこともない描写であっても、その露骨さは官憲どころか、愛国・国防婦人会の連中の神経を逆なでするに十分であったろう。
 総じて国枝は現代物は苦手なように評されているようだけど、初期の頃、つまり人気絶頂の頃、現代を舞台にした伝奇冒険小説としてこの《 沙漠の古都 》は好評を博したという。( 但し、本名じゃなく、イー・ドニ・ムニエというペン・ネームを使って )

 

 

  1922年(大正11年)に博文館が発行した大衆向け探偵小説専門誌《 新趣味 》、翌年の関東大震災後に廃刊となり、同じ探偵小説専門誌として新たに《 新青年 》を発刊し継続したという。その《 新趣味 》で大正12年3月から10月まで《 沙漠の古都 》を連載。ポーやルブラン、デュマ、O・ヘンリー等の海外の作品の翻訳が多く紹介されていた中に紛れるように、“イー・ドニ・ムニエ・著、国枝史郎・訳 ”として。彼もあれこれのペンネームを使い分けていたようで、当初はまさか国枝自身の創作だとは誰も気づかなかったらしい。

 

伝奇冒険小説の範疇に入るのだろうが、この雑誌《 新趣味 》は、探偵小説専門と銘うっていて、確かにそんな探偵物的ミステリーのプロローグではあった。
 そもそも最初の主人公らしき人物たちは欧州の探偵。
 つまり、イー・ドニ・ムニエ著とは、正にそんな前提を逆手に取った、あるいは韜晦趣味的演出ってことなのだろう。

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 最初の舞台は、スペイン・マドリード。
 ホームズばりの神出鬼没な慧眼の探偵・レザール、相棒(ワトソン的存在というのか)の“描かざる画家”ダンチョン、そしてラシーヌ探偵の三人組が、遙か東方・幻の湖と呼ばれた羅布湖(ロプノール)の汀に栄えた回鶻( ウイグル )人の都・楼蘭(ろうらん)王国の隠された財宝を求めて、延々とロシア、楼蘭、北京、上海そしてボルネオ・サンダカンまで追跡してゆくのだけど、それに美貌のトルコ娘・紅玉(エルビー)、第二章から出てくる張教仁、そして袁世凱の後身たる悪役=世界征服を企む秘密結社の首領・袁更生までが絡んでくる次第。
 【 支那青年の忘備録の抜粋 】という形で登場する、袁世凱の生命をつけ狙うその青年・張教仁が実質的主人公といっても差支えなく、三人の探偵グループの方が、むしろ狂言回し的な存在といえよう。中国の秘密結社好きで造詣も深いらしい国枝の嗜好から来ているのだろう。語り口も、プロローグのスペインより、中国( 小説内では、当時の一般的呼称・支那が使われている )国内に入ってからの方が躍如としている。
  
 
 「 此の頃北京は物騒であった。政府の高官顕職が頻々として暗殺された。そして犯人はただの一度も逮捕されたことがないのであった。
 その又殺し方が巧妙であった。巧妙というよりも奇怪であった。その一例を上げて見れば、或る白昼のことであったが、警務局の敏腕の班長が、二人の部下を従えて、繁華な灘子(だんす)街を歩いていた。街路の両側の小屋からは、幕開きの銅鑼の賑やかな音が笛や太鼓や鉦に混って騒々しい迄に聞こえて来る。真紅の衣裳に胸飾、槍を提(ひっさ)げた怪美童を一杯に描いた看板が小屋の正面に懸かっている。外題はどうやら、『 収紅孩 』らしい。飯店に出入りする男子の群、酒店から聞こえる胡弓の音、『 周の鼎、宋の硯 』と叫び乍ら、偽物を売る野店の売子、雑踏の巷を悠々と班長と部下とは歩いて行った・・・」
 

 

 ある唄声を聴こうとして、暮れなずむ上海旧市街の巷、“ 不潔な道筋 を眼を顰めさせながら ”そぞろ歩いてゆく探偵ラシイヌ。

 

 「 日没を合図に内外の市街は――県城内の旧市街と県城外の新市街とは、交通を遮断する掟であってその日没も近づいているので、ラシイヌは廓門の一つから城内に急いで這入って行った。城内の街の狭隘さは、二人並んで歩くことさえ出来ぬ。凸凹の激しいその道には豚血牛脂流れ出し殆んど小溝を作している。下水の桶から発散する臭気や、葱や、山椒や、芥子などの支那人好みの野菜の香が街に充ち充ちた煙と共に人の臭覚を麻痺させる。小箱のような陋屋からは赤児の泣声や女の喚き声や竹の棒切で撲る音などが、巷に群れている野良犬の声と、殺気立った合唱(コーラス)を作っている。」

 

 

 同じ隠された秘宝探求の冒険活劇映画《 インディー・ジョーンズ 》のようなジェット・コースター・ムービーがそうであるように、かなり御都合主義的な展開が少なくない。
月刊雑誌の連載という性質上、テンポ良く進行せざるを得ないのだろう。
 後半から舞台はボルネオ(島)・サンダカンから河を遡った奥地のジャングルに移ってゆくが、当方的には些か中だるみの感が否めない。有尾人=ピテカントロプスなんかも登場したりするのだけど。
 確かに、大正時代当時だったら新鮮で遙か西方沙漠の秘宝を追い求めて地球半周ってのは面白かったに違いない。

 

 

 明治20年(1887年)、長野の役人の四男として生まれた国枝史郎。
 早稲田の英文科に入り、小川未明の主宰する《 青鳥会 》に参加し、そこの生田蝶介に口説かれ《 講談雑誌 》で《 蔦葛木曽桟 》を連載を開始。評判良く、翌1923年(大正12年)には《 沙漠の古都 》を《 新趣味 》に連載。
 一応《 沙漠の古都 》以外にも、《 東亜の謎 》、《 犯罪列車 》(南信日日新聞=現・長野日報に連載)なんて現代物もちゃんとあるようだ。 
 1943年、終戦前に喉頭癌のため死去。

 

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