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2019年12月 7日 (土)

ジャララバードへの道

 数年前に賊に拉致され殺害された<ペシャワール会>の伊藤和也君もそうだが、今回殺害された中村医師もやはり、パキスタン=ペシャワールとアフガンの首都・カブールのちょうど真ん中に位置するジャララバードでのことだった。

 二、三十年前、パキスタン人もアフガン人も、アフガン入国を企むパッカーたちに、カンダハール(南部の要衝)ほどではないにしても、ジャララバードは危険だと警告する者もいた。ペシャワールからけっこう近く、アフガン人がよく、当時の反政府・反ソビエト勢力のムジャヒディーンとは別に連れてってやると軽い気持ちで誘っていたものだが、パキスタン西部のクエッタやカンダハール国境近くの町だと、「絶対危険だから止めとけ!」と厳しい表情で諫めていた。
 ソ連が去った後も、ジャララバード近辺で西側や国連の医師団がよく襲撃されニュースになっていたものだった。

 ペシャワール会=中村医師は、自民党権力とそのエピゴーネンたちになびくことも同調もすることなく、自主独立を堅持してきた。
 それゆえにパキでもアフガンでも現地の人々の信頼を勝ち得てきたのだろう。
 たまたま<ペシャワール会>がジャララバードに活動の拠点を置いていたに過ぎないようだが、前回の伊藤君の事件の後もひるむことなく活動し続けていたのだ。
 
 死を覚悟しての活動とは言え、中村医師は、彼の地で斃れたゆえに本望だっただろうか、それとも道半ばで斃れたのは無念だったろうか。

 <ペシャワール会>のメンバーの人々の健闘を祈るのみ。
  
 

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