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2020年1月29日 (水)

ミレニアム( 2000年代記 )の造反有理 『 罪の手ざわり 』(原題: 天注定)

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 ジャ・ジャンクー賈樟柯《 罪の手触り 》( 原題 : 天注定 ) を観た。
 2013年の作品という。
 随分と前の作品で、知ったのは比較的最近。
 《 山河ノスタルジア 原題 : 山河故人 》の二年前で、彼にしては珍しく暴力を前面にもってきた作品。
 “ 武侠片(映画) ”という。
 英語タイトルが“ a Touch of Sin ”なのは、武侠映画の雄=キン・フー胡金銓監督の“ a Touch of Zen : 侠女 ”(1971年)から来ているという。
 確かに、第三話で、賈樟柯映画の常連・趙涛( チャオ・タオ )に、“ 侠女 ”よろしく果物ナイフで一方的だけど血塗れの派手な立ち廻りをさせている。殺陣の一々に京劇風あるいは武侠映画風に“決め”のポーズが入って、リアルな血飛沫な演出の中のそれは一種コミカルな様相すら呈していた。
 彼女に血塗れに斬り殺される敵役が、同監督のデビュー作《 一瞬の夢 小武 》(1997年)の主人公=スリ役の王宏偉 ( ワン・ホンウェイ ) 。すっかり小肥りした中年体型になっていて、顔役的な腐敗した地方役人の役が板についていた。彼の些かコミカルな容貌と相俟って、惨劇のはずが一種京劇空間的にあるいは古装武侠片的に戯画化され、殺伐さから免れるという効果すら結果している。  
 
 
 村(山西省烏金山鎮)の共同所有のはずの炭鉱を、かつて同級生だった焦(ジャオ)老版=社長と村長等が結託して私物化し、一向に他の村民たちには一銭の配当金も未払いしてまで独占してきたことに、長年炭鉱で働いてきた大海(ダーハイ)は憤りを覚えていた。直情径行的に、事ある毎に村長やその取り巻き達にその旨告げ、中央に告訴するぞと息まいた。
 実際に郵便局に赴き中央宛ての告訴状を送ろうとしたものの、北京 中南海 中委(中央規律委員会) だけじゃ駄目だ、ちゃんとした住所を記してくれと女の服務員に突き返されてしまった。
大海、世事に疎かった。
 社長夫婦が自家用機で戻ってきたのを幸い、出迎えの列に並んで、焦社長に直談判し告訴を告げた。早速、焦社長の配下に袋叩きにあって入院する羽目に。その時も抜け目なく、焦社長の配下が病室に現れ、見舞金の札束をこれ見よがしに置いていった。
 自身の無力さと惨めさに大海は心底屈辱に打ち震えた。
包帯を巻いたまま自宅に戻る際、特設路上舞台で、京劇なのか、地域に昔から盛んだった晋劇なのか、ドンジャン、ドンジャンと《 水滸伝 》が演じられ、林冲が見えを切る。

 

 憤怒により剣を抜き
 高俅(こうきゅう)の手下を殺した
 幸いにも柴進殿が
 書状を呉れて
 梁山泊へ行ける

 

 その時代がかった科白に鼓舞されたかの如く、大海、猟銃を手に、村長や焦社長等を次々と射殺して廻った。
 彼にとって、梁山泊って何だったのだろうか。
 この映画はすべて元となる事件があって、この大海のは、2001年10月26日夜中、胡文海が、烏金山鎮大峪口村・村長はじめ村支部汚職関係者を告訴も果たせぬ故に、男女14人を殺害したという事件で、翌年早々1月下旬に銃殺刑に処された。
 もっとも実際は、文海一人じゃなくて、弟の胡清海、知人の劉海旺も加わった3人での犯行で、弟の清海は無期懲役、劉海旺は同日、文海と共に銃殺刑。
 中国のネット見ると、水滸伝・梁山泊の旗「替天行道」や「除汚官」なんてフレーズが並んでいて、些か英雄扱いする向きもあったらしい。確かに、中国じゃ、特に地方の役人の腐敗・悪行を、同じ地方権力じゃ意味をなさないので、わざわざ遠く北京の中央まで赴いて告訴するってのは映画にもなってるくらい。只、それを阻止しようと当該地や中央でも権力関係者が有形無形の圧力・画策をやらかして中々に困難な方途のようだ。 だから、映画中、大海が巌として受けつけようとしない郵便局の女服務員に、「お前もグルか !」 と怒鳴りつけたのは、あながち大海の無知的とち狂いって訳でもない。

 

 逮捕後、胡文海曰く、
     
 “ 我不是村霸,我殺的是村霸 ! ”
 ( 俺は村の顔役じゃない、俺が殺ったのが村の顔役輩だ ! )

 

 因みに、処刑された年に、中国のパンク・バンド《 盘古楽隊 》が《人民英雄胡文海》を作っている。

 

 

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 この映画、一応四部構成ではあるけれど、オムニバスではなく、それぞれが何処かで繋がっている連環画( 中国の伝統的漫画形式 )ならぬ連環電影的四部構成。
 第三話の冒頭で不倫相手の小玉( 趙涛 )と縺れ話をしていた男・佑良が、第四話での広州・東莞の製縫工場の責任者の男だったとは、ネットで知った・・・ちょっと地味過ぎて全然気がつかなかった。
 順序は前後するが、第三話の小玉の場合は、湖北省の宜昌の風俗サウナの受付嬢として働いている時に、これも地元の腐敗役人が彼女にマッサージしろと執拗に絡んできて札束で散々小玉を叩き続け、終いには堪忍袋の緒を切ってしまった小玉、ドラゴン怒りの鉄拳ならぬ女侠の怒りの刃(果物ナイフ)を炸裂させる。役人、血塗れに転がり落ちてしまう。返り血に塗れながら小玉、フラフラと外に彷徨い出、自ら警察に通報。
 
 実際の事件は、2009年5月、湖北省巴東県野三関鎮のホテル“雄風”付属のサウナ“梦幻城”での同地方の役人達と従業員・鄧玉嬌の間で起こった。映画じゃ小肥り役人一人だけだったけど、実際は役人複数殺傷。
 事件後、世論は彼女に同情的で、“当代烈女”、“東方烈女”、“民族女英雄”等と讃え、逆に死傷した悪徳役人( 汚官 )達の方を非難した。結局、罪は問われず、精神病院に強制入院させられた後、釈放された。市政府やら官憲が色々と旧態依然な歪曲・捏造を策謀したようで、かなり世論も彼女の救援に盛り上がったらしい。
 
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 小玉の不倫の相手だった佑良が責任者の広東省のある縫製工場で、第四話の主人公・小輝(シャオホイ)が規則違反の業務中の私的会話で仲間の従業員に怪我をさせ、佑良は彼に怪我した従業員の補償をしろと威気高に叱責した。おとなしく気弱な小輝は抗議することもなくそこを逃げ出し、東莞市のもっと実入りの良い高級ナイトクラブでボーイで働くことに。
 そこのホステス蓮蓉と恋仲になるものの彼女には既に子供がいることが告げられ、そこを辞め、友人の紹介で台湾系の世界的電子部品企業の工場で働くことになる。ところが、銀行に行くと残高がゼロになっていて、そんな時に限ってか、早速母親から送金の催促、あげく縫製工場で怪我した仲間が他の男達を連れ脅してくる始末。
 大海や周、小玉の如く、憤然と反撃することを放棄し、些かの煩悶の後、あっさりと高層宿舎から飛び降りて自殺してしまう。

 

 この台湾系の電子部品企業、実はアップルやデル、任天堂なんかに部品提供している世界的電子部品メーカー富士康で、映画でも制服につけるネームバッチにFの文字が覗けていた。労働環境の悪さで悪評芬々、昨今の日本でも喧しい従業員の自殺者がダントツに多いので悪名を中国中に轟かせ社会問題にまで発展したという。
 暴力衝動が内向してしまった典型として、彼を選んだのだろう。青・若年層に多い傾向ってのは聞いたことがある。

 

 最後になったが、この映画のプロローグで、バイクに乗って烏金山鎮の大海の村付近郊外の人影のない道路を通過中、突如現れたハンマーを持った地元の三人組の追剥に取り囲まれ、ところがいとも簡単に三人とも射殺してしまうシーンで印象的な重慶出身の強盗・周、映画では第二話の主人公。
 重慶の実家に戻るところから始まり、久しぶりに家族が集まるのだけど、周自身の妻と小さな息子だけが彼の拠りどころ。妻は出稼ぎ先かららしい、しかし、あっちこっちの遠方から大金だけが送られてくるのを怪しみ訝ってて、ふと彼のリュックの中を整理しようと一つ一つテーブルの上に並べ出した時、黒光りした重いものが出てきた。何かと確かめてみると、果たして、オートマチック拳銃の実弾の詰まった弾倉(マガジン)であった。問い詰められた周、曖昧な説明しかせず、疑いが確信に変わり、暗澹としてしまう。もう金は要らないから、ここに居てくれと訴えても、

 

 「 こんなつまんない田舎になんて居れないよ ! 」

 

 と、にべもない。
 名目の出稼ぎに向かう直前、よりによって、重慶市内で犯行に及ぶ。
 大胆にも、銀行から出てきた夫婦連れに容赦なく銃弾を撃ち込み、嫁さんの抱えていたショルダーバッグを引ったくって逃げ去った。バスに乗り、目的地に着く途中で降りた。恐らく警察に足取りを掴まれないための彼なりの配慮なのだろう。
 

 

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 この映画の主人公達、皆暴力の現れ方がそれぞれ異なっているけれど、この周の場合、いわば暴力行為の専業といってもいい強盗殺人犯で、他の主人公達と比べ異質。
 皆、血塗れの惨劇の根底にあるのは、つまるところ“造反有理”だろうし、とりわけ周の場合は、“ 復讐するは我にあり ”って訳に違いない。緒形拳・主演、今村昌平・監督の《 復讐するは我にあり 》( 1979年 )と通底する雰囲気がある。

 

 実在の周は、本名・周克華、公安に“ 蘇湘渝系列拳銃強盗殺人事件”、つまり蘇( 江蘇省 )、湘( 湖南省 )、渝( 重慶 )の広域拳銃強盗犯としてA級指名手配されていて、懸賞金総額が500万元( 日本円で8000万円 )にも及んだという。
 中国全土を股にかけた2004年~2012年までの8年に渡る拳銃強盗殺人事件で射殺した被害者数11人。負傷者多数。正に超弩級指名手配犯だった。
 映画でも描かれた陽光の下、重慶の人々が行き交う街角で、突如銀行から金の詰まったショルダーバッグを大事そうに抱えた夫婦を背後から狙い撃ちする大胆な手口の強盗殺人が、彼、周克華の最期の犯行となったのだけど、実際は、恐らくその直後だろう銀行( 映画じゃ重慶銀行だけど実際は中国銀行 )のガードマンが追いかけて来て周に腕を撃たれ、そこから逃げた15分後にも偶然出くわした鉄道私服警官を射殺してもいた。 銃の腕前はプロ級。頭部を狙い撃ちすることが多く“ 爆頭兄 ”( ヘッド・ショット )の渾名すら冠されていたという。
 只、実際の所、明らかになった事件だけの記録に過ぎず、本当の所はもっと犠牲者と事件は多い可能性もありそうだ。
 映画じゃ出てこなかったが、周には重慶に張貴英という若い美容師の愛人が居て、彼女の口座に強奪した金を振り込んだり、むしろ周と共謀した事件も何件かあったらしい。5年の刑期を了え、2017年に出獄している。
 ネットの写真見るとすらりとしたチャーミングな娘で、その上、彼女が元々癲癇を患っていたのもあってか、同情的な声もあったらしい。
 

 周克華の父親は文化大革命時代、地方に下放され、彼の下で育った周克華は貧しい少年時代を送っていたという。学校の成績はさして良くもなく、それでも読書だけは好きで、大人になってからも、酒・タバコ・ギャンブルはやらずとも読書の趣味だけは手離さず、探偵小説やなんかから犯行に関する様々な知識を得てもいたようで、無口で個性が強く、腹の据わった性向は母親ゆずりという。

 

 2012年8月10日9時頃、重慶市内の中国銀行前で強盗殺人事件を起こした周克華、数日同市内に潜伏していたのか、14日早朝、市内を歩いているのを発見され、追跡の私服警官2名と路地で遭遇、先ず周克華が発砲し、私服警官達が電柱の陰に隠れながら応戦した弾が周克華の頭部に命中しその場で死亡。
 警官と周克華の距離は数メートルだったともいわれ、そのあっけない死に、こめかみに被弾していることから自殺じゃないかとも、そもそも射殺されたのが周克華本人なのかとも世間に取沙汰されたようだ。あれこれ曖昧な部分が少なくなく、中国銀行前で強奪された現金も25万元~7万元までとはっきりしない。

 

 因みに、周克華の死亡現場での遺品も明らかになっていて、
 “五四”制式オートマチック拳銃( ソ連軍用トカレフのコピー : 7.62ミリ弾 ) 一丁。
 92式オートマチック拳銃( 9ミリ・パラベラム弾 ) 一丁。
 マガジン( 弾倉 ) × 3個。
 実弾62発。

 

 
 賈樟柯のこの映画、国内上映に拘って作ったらしいのだけど、やっぱし中国じゃ上映禁止になった。比較的最近の《 帰れない二人 》原題 : 江湖儿女 ( 2018年 ) は上映されそれなりにヒットしたらしいものの、全体主義的な方途から一向に抜け出る様子もない体制下にあっては、やはり、詩人・秋山清の言うところの「現実に語らせる」、つまり「存在の現実を描いて真実を語らせる」という方法に如(し)くはないのだろう。
 

 

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