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2020年3月21日 (土)

旅先のミュージック・テープ Ⅰ

Tape-1

 

 

 1998年5月のジャカルタ暴動の余韻も生々しいはずの、けれど、ヒンドゥー教徒の多いバリ島だったので無関係と思っていたら都市部じゃやはり反-スハルト政権の学生運動はあってたらしいその6月下旬に訪れた時、1$=12000~14000インドネシア・ルピアというインフレ状態で、現地の人々は日々の生活に四苦八苦していた。
 ジャカルタ暴動じゃ、多くの華僑達が襲われ、女や少女達すらも散々な目に遭ってたのが新聞紙上で生々しく喧伝されていて、その前後だったか地方のキリスト教徒迫害の暴動も日々伝えられていたはずが、確認しようとネットを検索しても、少なくとも日本語検索じゃ精々数語の概念的記述ぐらいで、全くと言っていいほど出てこない。20年以上も過ぎて現実的価値が顧みるに値しなくなっのか、あるいは政治的変容ってやつなのか。
 それはともかく、所詮通りすがりの一外国人バックパッカーに過ぎない当方にとっては、僅少な予算故に束の間の余禄ってことで、バリ舞踊のチケットやまだまだCDより全盛だった音楽テープが、随分と手軽に買えたものだった。
 一々試聴するよりも買った方が早いとばかり可也の量を購入し、結局それほど気に入ったものがなく、大半は宿のスタッフにプレゼントすることになった。後にも先にも音楽テープをそんなに買ったのは、その1998年のバリ島でだけ。

 

 倉庫の棚に長年放り込んだままの段ボールにぎっしりと詰まったミュージック・カセットテープ。段ボールは長年の塵汚れにくすんでいるけれど、中のカセット・テープ自体は、ラジカセで聴いてみると、まだまだ問題なく四半世紀前当時のままの音質を保っている。
 当方のステレオ・コンポのMIDIもカセット・テープ機能も失われて既に久しく、専らCD専用となってて、だからテープを聴くことから遠ざかっていた。(因みにラジカセは家族の所有物)

 

Tape-5

 

 《巴山夜雨》光頭李進 (Ⅰ995年)

 

 昆明か上海、あるいはクアラルンプールだったのか、何処で買ったか定かでない。
 全く知らない歌手だったけど、“ 光頭 ”という字ずらとスキンヘッド顔の画像、そして何よりもタイトルの《巴山夜雨》(はざんやう)が気に入って買った代物。
 先ず日本には見られないカセット・ケースの外側にまでジャケットがはみ出ているタイプが多い中で、カセット・ケースがすっぽり納まる箱型のジャケットの内側に歌詞表が入っているタイプだった。
 光頭とは、文字通り照り輝くスキンヘッドの事らしく、敢えていうなら、秋山千春ほど高い声じゃないものの秋山に似た感じの高声で唄いあげる。A面2曲目のタイトル曲《巴山夜雨》は、晩唐( 9世紀前半 )時代の詩人・李商隠の当時の都・長安で彼の帰りを待ちわびた妻からの便りに、遠く四川・巴山でしとしと降りつづける夜雨が池に漲る様を眺めながら、長安の妻への熱い想いに駆られるという《 夜雨寄北 》に想を得た陳小奇の作品が雰囲気あって悪くはない。
 このアルバムが二枚目の李進は、四川省綿竹出身の1967年生れ。今年もう50歳。
 歌手以外にも手を伸ばし、2017年にマイアミ国際映画祭で新人監督賞を貰ったとか。

 

Tape7

 

《 LOLO倮倮摇 》倮倮 (Lolo) 1995年

 

 

 雲南省昆明市の少数民族イ(佤)族出身の歌手。
 中国名・張建華
 崔健・黒豹楽隊・唐朝楽隊・王勇・眼鏡蛇楽隊等のロック(揺滾)系グループの雲南省都・昆明でのコンサートの企画・プロデュースを手掛けたりもし、後北京に移る。
 楽曲に少数民族音楽の要素を組み込んだりしてるらしい。
 ギター片手のフォーク・ミュージック風だけど、彼自身による歌詞にもイ族文化を反映しているのか独特なものが多いようだ。
 2004年に《 倮倮摇 2 》( 香港大地唱片 )を出している。
 因みに、ロロというのは、イ族の本来の自称民族名。

 

 

 

Tape-4

 

 

 
 《 都是夜帰人 》許美静( メイヴィス・シュー )1997年

 

 シンガポールの1974年生れ。
1990年代後期中国圏で人気を博した。
 タイトル曲の《 都是夜帰人 》は、暗い深夜に囁くような曲調がひっそりとしたジャケット画像と相俟って、悪くない。このテープも、そのジャケットの静かな佇まいと“ 都是夜帰人 ”( 都=みんな、すべて ) というタイトルに惹かれて買ったもので、帰って聴いてみてその雰囲気そのままの作品ですっかり気に入った。
 大部過ってネットで調べてみると、2006年にシンガポールのホテルで、“ 私を神と呼べ!”と叫んだりして騒ぎを起こし、警察沙汰になったあげく、軽度の精神分裂症・抑鬱症ということで暫く精神科に通うことになったとあって、驚いてしまった。
 どうも以前からシンガポールの音楽界の重鎮との不倫的三角関係でかなり精神的にナーヴァスになっていたようだけど、中国揺滾( ロック )の雄だったドゥウェイ( 寳唯 )も、怒って週刊誌記者の車を燃やした事があった。 
 最近も、元気に歌手生活を送っているようじゃないらしい。       youtubeでこのアルバムより前に出した《 遺憾 》(1995年)の中の《 城里的月光 》( 城里=市、街 )のMVが900万再生回数を記していて、一応視聴してみた。当方的には、やっぱしこの《 都是夜帰人 》の方が全然気に入っている。精神をすっかり病んでしまった美静をつい想い浮かべてしまって、いよいよ彼女の囁きが哀切をもって迫って来る。

 

 

Tape-2

 

 《乾脆》那英 ( 1999年 )


 昆明で買った。
 この那英のこのアルバム、当方的にはマアマアだけど、決して凡作って訳でもない。
 三曲目の《 等待 》のリフレイン、

 

 這無聊的夜 無聊的風 無聊的愛
 這荒涼的夜 荒涼的風 荒涼的愛

 

の“風”フォンを伸ばす箇所、その発音が妙に気にいってる。
 中国エリアじゃ、かなり売れたようだ。

 

 彼女は満州族の出身で、本名を葉赫那拉・英。
 葉赫那拉は満州族支族の名。彼女の先祖は、清朝・宮中の御典医だったという。
 遼寧省・瀋陽生まれで、地元の瀋陽歌舞団で活躍していたのが、やがて北京に出て歌手として一人立ち。因みに、前年に出した《 征服 》は二百万枚以上売れたという。

 

 

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