路地裏(ソイ)的酔爺 旅先の一枚
1996年といえば、それまで順当にいっていたタイ経済が、貿易収支赤字となり、翌年の汎アジア的通貨危機→バブル崩壊へと一気に雪崩をうって下降していった起点ともいうべき年だったようだ。
定宿のTTゲスト・ハウスに備わっていた《 バンコク・ポスト》紙に自虐的な見出しが出ていたりしてたのを思い出す。そのバブル崩壊の頃を題材にしたペンエーグ・ラッタナルアーン監督の喜劇仕立ての《 ルアンタロック69 》が作られたのはそのちょっと後であったか。バブル崩壊不況で会社を首になったОLがタイ女の自殺の定番=洗剤を飲んで死のうとして果たせず、ひょんな手違いから舞い込んだ大金を巡っての怪しげな連中との悲喜こもごもだったが、薄暗い高層タイ人アパートで展開される人間模様には悲哀のトーンが流れていた。
そんな時代背景とは、しかし、本来無縁な風のサバーイ・サバーイ=享楽的帰結の酔態的一幕。
酩酊的余韻の堪能三昧なのか、それとも酒精的陥落なのか。
夜でも夕でもない強い陽射しに晒されての、火照った酔体を持て余し、裸足のままの徘徊の果てって趣きが気に入った一枚。
場所はヤワラート( 中国人街 )の裏寂れた一角。
同じ頃だったか、ヤワラートのくすんだ佇まいの庶民的なカフェの奥にあるキッチンの窓口で、図体の大きな洗いざらしの服を纏った中年の親爺さんが、周りのテーブルでアイス・コーヒーやコーラに暫しの涼をとっているおばさん達の視線を気にしながら、何やら注文していた。奥のおばさんが再三にわたって断っているような口吻だったのを頼み込み、あげく出て来た物が砕氷と薄い琥珀色の液体で満たされたプラスチック( ビニール袋 )だった。
ウィスキーなんだろう。
巨体を小さくしながら、プラスチックを片手に、コソコソと外へ逃げるように去っていく親爺さんの背に、訝し気な眼差し向けながら店の女将や客のおばさん達は、一頻り咎めだて的口吻に余念がなかった。
インドじゃあるまいし、タイでも昼間っからアルコールを口にすると咎めだてられるのかと小首を傾げた。でも・・・・・定宿のTTゲストハウスのシープラヤ通りに抜ける細路の角にある売店の脇の空地に置かれたジュークボックスから大音量で流れるサム・チャーのリズムに乗った調子の好いルークトゥンだったかモーラムだったかの曲に合わせて、昼間っからでも一杯気分のおばさん達が巨体を揺るがせながら踊りまくっているのを頻く眼にしていたあれは一体?
つまり、くだんの昼間酒の親爺さんがおばさん達にヒンシュクを買ったのは、もっと別様の地元の住民達だけの知りえる込み入った事情からなんだろうと、背に流れ落ちる汗と細氷で満たされたグラスのコーラの清涼感に一抹の至福を覚えながらボクは、所詮は他人事、浮薄な旅行者意識剥き出しに、すっかり得心してしまった暑熱のバンコクはヤワラートの一角であった。
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