砂礫郷の無言歌 《 夾辺溝 》監督・ 王兵
1949年、毛沢東の革命は希望だった。
1956年、毛沢東は自由な批判を歓迎すると言った。
人々は未来を想い、はつらつと発言したものだ。
しかし、その数ヶ月後、―――― 彼等を弾圧する「反右派闘争」が始まった。
この映画の冒頭にあるこの簡明なアウトラインにすべてがつきている。
いわゆる、毛沢東が1956年4月に【 百花斉放百家争鳴 】を提起し、とりわけ知識人たちに再三に渡って要請し、その結果、毛沢東たちの思惑以上に中国共産党およびその政策に辛辣な批判的意見が噴出し、危機感を抱いた毛沢東たちが当の批判的知識人たちを反革命的な“ 右派 ”としてやり玉に挙げ全国的な一大運動として展開していった【 反-右派闘争 】。
この背信的な流れを、最初から毛沢東たちが企図し仕掛けた罠とする論潮が支配的だったようだけど、必ずしもそうではない毛沢東=中国共産党が、想定外な共産党支配の根幹を揺るがすような批判的論調に、心底危機感を覚えてしまった挙句の、つまりすぐれて(汎)権力主義的な自己保存本能的盲動=弾圧・抹殺的方策と捉える向きも増えてきているという。
只、1940年代に毛沢東は同じような手口を既に共産党員たちに使って反対派を炙り出し、挙句、少なからずを極刑に処したらしい。
原作は、楊顕恵( ヤン・シエンホイ )の小説『告別夾辺溝』で、何年も前から準備しての映画化だったようだ。
撮影場所も、原作と同じ、甘粛省酒泉市境内巴丹吉林沙漠( バダインジャラン砂漠 )=ゴビ砂漠の南端に撮影用に作った労働改造農場。
正に一面、砂礫・沙漠の黄色い大地。
その黄色い大地を掘って作った“ 溝 ”が彼等【 反革命的右派 】のレッテルを貼られた人々の放り込まれた棲家・収容所であった。
1958年には55万人が全土の辺境の労働改造農場に送り込まれた。
その年に始まった毛沢東主導の悪名高い【 大躍進 】政策の論理的帰結とも謂うべき生産過程の破綻=物資・食糧不足+旱魃で、全中国的に飢餓が蔓延し未曽有の死者を出し、最果ての労働改造農場の惨状推して知るべし。
1957年~1960年の間、この夾辺溝の労改農場には三千人近く収容されていたのが、その大半の二千五百人以上が餓死したという。
因みに、1954年《 国営夾辺溝新建労改農場 》であったのが、1957年に【 反-右派闘争 】が始まると拡大され《 酒泉夾辺溝労改労教農場 》となったらしい。
その只中に、上海から送られてきた政治犯が同僚に、やがて上海に居る嫁さんが訪ねて来るから、もう幾らももたない俺の遺体は上海に埋葬してくれと告げてほしいと頼み込む。同僚は本気にしていなかったものの、すぐにその上海の政治犯は死に、暫くして言葉通り彼の嫁さんが差し入れを携えて現れた。
しかし、同僚は、砂礫の曠野にある形だけの墓場にぞんざいに置かれた政治犯の屍骸の一部が何者かに喰われているのを見ていたのもあって、その無惨な姿を眼にしたらショックを受け取り乱すであろう彼女に決して墓場の在処を教えなかった。ところが、その妻は、やがて旦那が亡くなったのを知って、何としても旦那の遺骸と対面し遺灰を二人が暮らしていた上海に持って帰ろうと、曠野に拡がった無数の墓標の一つ一つを掘り返しては確かめ始めた。
何処までも広がる黄色い砂礫の大地と青い空あるいは鬱々とつづく灰色の雲、その下での政治的虜囚たちの呟きと喘ぎが一種シュールなまでに1960年ゴビ砂漠南端・夾辺溝を垣間見させる。
《 無言歌 》夾辺溝 監督・ 王兵( 2010年 ) 原作・楊顕恵『告別夾辺溝』 ( 香港・フランス・ベルギー合作 )
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