ガンジスの此岸 旅先の一枚
ガンジス川( ガンガー )といえばボク的には専らヴァナラシーだった。
旅行者によっては、もっと北のリシケシもいれば、淵源のガンゴドリーもいる。
仏陀の昔、否それ以前から修行者=サドゥー達は、古聖都市・カーシー=ヴァナラシ―の汀で、対岸=彼岸に向かって瞑想してきたという。
巡礼のヒンドゥー教徒たちで日毎溢れ、死に逝き、焼かれあるいは流される永劫回帰的一大景観図。異教徒・無神論者の観光客たちも押し寄せる。
そんな煩悩・業(カルマ)の只中にあって、ほんの少し離れたガートの早朝、一人孤然として汀に端座したその白髪を乱雑に束ねたサドゥーは、傍らにシヴァ派の定番・小太鼓のついた三叉鉾を立て、マントラを唱えつづけていた。
汀に繋がれた川向う=彼岸に向けられた小舟が何とも象徴的に意味深で、ボクは後方の石段に腰掛け、興味津々に眺めていたのだけど、ふと、マントラも了ったそのサドゥーが身体をねじって後方を向いた刹那、一瞬、自分の眼を疑った。日焼けでなのか黒々とした相貌の真ん中が一層黒々とし、光線の加減でそう視えているのかと怪訝にじっと凝視すると、果たして、鼻孔であった。
不治の病に罹った人々も世間を捨て、インド大陸中を巡る修行者の仲間入りをするという話を聴いたことがあった。梅毒や、旧インド大陸やアフガニスタンにも多いと言われる癩病( ハンセン病 )罹患者たち。日本でも、かつては家族と別れ果てしない巡礼の旅に出、放浪癩と呼ばれれていたという。
亡くなった甲斐大策の《 グリスタン【 花園 】》でもマジュザムと呼ばれる癩病罹患者の女と出会ったカバーブ職人がやがて自分も癩病に冒されていたのを悟り、その女とその女の連れ子と一緒にあてどもない巡礼の旅に出る悲哀に満ちた物語があった。
そのサドゥーがどちらの病に冒された果てのあてどない修行旅なのか知る由もないけれど、あるいはもっと別様の経緯が秘されているにしても、まだまだ中世の残影色濃いインド大陸であってみれば、容易にあてどない流浪の〈 聖者 〉たちの姿が消滅することはないだろう。
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