カトマンドゥ―の眼差し 【 旅先の一枚 】
1992年12月の日付のネパール・カトマンドゥ―での一枚。
この頃、既に溢れる車とその吐き出す排気ガス禍がいわれていたカトマンドゥ―だったけど、まだその後年の社会的騒擾なんて予想だにすることもなかった。
小ぶりなトマト、キャベツ、インゲン、ブロッコリー等の盛られた野菜売の出店の若大将の手にしたチャイ・グラス、振り返った二人も若大将と親しいのか片手にチャイ・グラスを握っていたと微かに記憶している。とくに、イケメンのこちらに向けた鋭い眼光が中々気にいった。
ある種、象徴的一閃ともいえる。
端っこのショールを纏った少年は彼等の兄弟というより、チャイ屋の小僧って感じもしなくはない。
若大将も眼光鋭いクールな振り返り青年もイケメンで、そういえば左側に坐っている野菜売りの女達もそれなりに整った貌、首都カトマンドゥ―は、美形がけっこう多かった。古都ってことで、幾代もの間にそういう美形が集まり増殖してきたってことだろうか。古都的絢爛・糜爛の残り香って趣きすら窺えてしまいそうだ。
カトマンドゥ―は古い寺院やらの木造建築も多いが、近代的な、それでも結構旧い中層の建物も少なくなく、バック・パッカーたる当方もそんな独特の湿気に腐蝕したような佇まいの薄暗い中層のホテルに二週間ぐらい泊まっていた。
時折小雨も降ったりするカトマンドゥ―、陽のある内は、定番のダルバール広場のシヴァ神を祀った寺院Maju Degaの高い階段に、現地人や旅行者たちと一緒に日向ぼっこは欠かせなかった。周辺をずらり囲饒した古い木造寺院群や土産物屋の店先を眺めるだけなのだが、ウォークマンを聴きながら、あるいは連れと駄弁りながら、あるいは日記を書いたり本を読みながら人それぞれの束の間の日光浴。
しかし、国王・王族殺害事件や政治的動乱の後、2015年4月のネパール大地震でカトマンドゥーの少なからずの貴重な木造建築物が倒壊してしまい、件のMaju Degaの塔も石階だけ残して倒壊。現在もまだ再建されることなく廃墟状態のままという。
歴史とは日々更新し変容してゆくものだけど、再びあの石段に住民や旅行者が思い思いの仕方で憩うことが出来るようになるのは何時のことなんだろう。
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