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2020年12月22日 (火)

維新の間の憑依譚  大佛次郎 『 手首 』

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 昭和4年といえば、 右翼による無産党議員・山本宣治殺害事件、共産党員一斉検挙、 ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落( 世界恐慌 )等の所謂昭和初期=暗い谷間がその底無しの淵を覗かせ始め、その鬱勃とした抑鬱的代償行為としてのエログロナンセンスが巷に瀰漫し始めた時節。黒石も何回か寄稿した梅原 北明《 グロテスク 》なんか、あの連合艦隊総司令官・山本五十六もファンだったという逸話すらある。 そんな仄昏い時代に違和を覚えていたらしい《 鞍馬天狗 》や幕末物ですっかり有名になっていた大衆文学作家・大佛次郎が、雑誌《 改造 》( 1929年9月 )に《 手首 》(当時のオリジナル・タイトルは《 怪談 手首 》)なる短編を発表した。
 

 

 その9年前に発表されていた大泉黒石の《 黄夫人の手 》(大正9年・1920年)は、若き黄夫人の妊娠的ゆらぎとしての窃盗癖、それはまた父親からの遺伝もあって、その加速的進展の果の官憲による刑死→晒しものとしての手首が、怨念的権化と化し、自らを貶め陥れた黄隆泰の跡を追い東シナ海を渡っての復讐譚であった。
 これは中編に近い短編だったけど、大佛のは20頁にも満たない文字通りの短編で、彼の得意のレパートリーである幕末が舞台。
 黒石の《 黄夫人の手 》と同じ“ 手 ”が主題ということで一読。
 当方にとって、大佛は《 鞍馬天狗 》や戦後の《 天皇の世紀 》の作者ぐらいにしか知らぬ正に未知の作家で、当時『大阪毎日新聞』で《 ごろつき船 》を連載中の売れっ子多忙のはずが、何故こんな恐怖度の希薄な恐怖・ミステリー短編なんかをわざわざ書いたのだろうと読んでいる途中から疑念を抱かされた。
   

 

 「 その家は牛込の通寺町にあった。その時分は ── はっきり云えば慶応二年の五月だが ── まだすぐ裏が畑になっていてそれを通り抜けると、赤城さまの境内へ、生垣の破れ目を抜けて入ることが出来た。」 

 

 

  商家の主・清兵衛と茶屋の女・お吉が晴れて一つ屋根の下に棲めるようになって、清兵衛の取巻きや茶屋の朋輩も駆けつけての祝宴も終り、夜の静寂にようやく二人きりなれた幸せの一時、二階の寝所で二人揃って掻巻きに寝入って深更、ふと清兵衛、自分の手をお吉が握ってきたが余りのその手の冷たさに眼も醒めたのか、そのままその手を辿ってゆくと、すっぱりと肘の手前で断(き)れていた。

 

 

 プロローグののっけから、“寺町”、“生け垣の破れ目”とか、主人公・清兵衛の妾宅の“階段”等のフレーズが、既に脳裏に刻まれた黒石の先行作的デティールと感応し既視感めいた想持ちすら覚えさせられ、一瞬、黒石の先行作の影響裡に作られた作品かとまで想い至ってしまった。
 けれど、読み進むにつれて、黒石のが呪われた血との相克を核にした貶められた若妻の呪詛的復讐譚であるのに比べ、大佛のはあくまで真相は不確かなまま、憑かれた当人にしか感取できぬ家に棲みついた呪縛霊から憑依霊と化し、やはり最後は復讐譚に落ち着いた女の怨念譚。
 手首と題されているが実際には肘の手前から先の腕のことで、清兵衛を含め大人には見えず、子供だけは見えるという。大人煩悩汚濁=稚児無垢説。
 黄夫人の手は役人に斬り落とされた手首だけど、清兵衛に憑いたのは女の右腕。
 その忌まわしい腕は清兵衛の全く気付かぬままずっと彼の左手首にぶら下がっていたのが、たまたま訪ねて来た子供によって初めて明らかにされる。それにしても手首ならまだしも、腕って見るからに長くて鬱陶しい。
 小説だからまだ成り立っているけれど、映像作品なんかじゃ余り見栄えもよくなく、むしろ珍妙に過ぎてしまう。ネット見てると、果たして、実際に映像化されていた。
 10年前の2010年のテレビ東京で《 女のサスペンス名作選 》の最終回、先だってコロナ禍で亡くなった岡江久美子と平田満がそれぞれを、現代の千葉の一戸建て住宅を舞台に演じたようだ。
 その時も、やっぱし、女の腕じゃなく、手首。
 

 

 おぞましい牛込の妾宅は早速うち捨て、市ヶ谷・谷町に引っ越したものの、結局そこで女と別れ、箱根・塔の沢に長逗留の客となった。
 維新戦争の波が箱根まで及んでいる最中、その宿に、ある侍と仲間( ちゅうげん ) の二人連れが入って来た。廊下で清兵衛とすれ違いざま、清兵衛に取り憑いていた腕が、知らぬ間にその侍に憑依していたのだった。
 侍は、そこの風呂場で、女の腕に首を絞められ悶絶の内に斃れた。
 その時、清兵衛は悟った。
 清兵衛が束の間棲んでいた牛込の家に以前住んでいた侍と女の二人連れの女の片腕の無い屍体が、階段の下の床下から発見され、腕の憑依霊の出自は清兵衛も了解出来てはいた。しかし、お門違いの清兵衛に取り憑く筋が何とも不可解・理不尽で、ほとほと疲れ果てた先のこの長逗留だったのが、ようやく一本筋が通った。
 その侍の名は、薩州新納権右衛門。
 幕末がレパートリーの大佛故に、敢えて実在の薩摩藩の役付武士の名( 権左衛門を権右衛門に変容 )を唐突に持ってきたのには、それなりの脈絡・因果があってのことだろうが、しかし、ここでは伏したまま、それ以上の展開は見られない。

 

 
 子沢山の喰わんがために、それこそその日の一膳の飯のためにともかく書きとばし続けた黒石とは些か別様の大佛次郎、大当たりの《 鞍馬天狗 》ばかりじゃさすがに辟易して時折異ジャンルの創作に息抜きを求めていたらしく、このすこぶる淡々とした語り口の妖魔短編もその類のものなのかも知れない。
 件の女の腕も、薩州新納権左(右)衛門の軌跡の何処かに、ひょっとしてその縁起があったりしてもおかしくはない、否、むしろそれを仄めかしてさえいるのだから。

 

 大佛次郎 《 手首 》【 文豪のミステリー小説 】( 集英社 )

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