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2021年1月の3件の記事

2021年1月27日 (水)

旅先のノート Ⅱ

Note-3

 

 何処で買ったか覚えてないけど、百貨店の本屋か商場でカラフルだから目に留まったのだと思う。
 奥付に、
 紙制品専用紙
 中国色装総公司
 重慶華彩印務実業公司出品
とある。
 ラミネートの厚紙表紙=硬面紗で、工作筆記とあるから、学童用じゃない工作=仕事用つまり一般用なのだろう。中の紙質はタイやイエメンのに較べると、一段落ちるものの実用に問題はない。当時の人民中国であってみれば相場。
 簡明なデザインで、朱地の重慶市人民大礼堂が如何にも中国風で好い。
 因みに、この北京の天壇に似た重慶のシンボル的建物は、鄧小平が推進し、1954年4月に完成した議事堂らしい。
 抗日戦争の頃は八路軍=人民解放軍で政治委員として活躍していた鄧小平、戦後毛沢東に国務院の副総理に任命されたりの上り坂の頃に、この重慶の議事堂を建てたってことになる。数年後には、悪名高い“反右派闘争”で陣頭指揮をとることになる。

 

Note-4  


 薄い模造紙の表紙に粗い赤の図像とアラビック文字が並んだ、中のノート部分も人民中国かく在らんとばかりの代物だけど、日本人から見たら、キィッチュ感に溢れた代物。
 如何見ても学童用だけど、紅いネッカチーフを首に巻いた小紅衛兵たちが粗末な机に向かって勉学に余念がない光景が浮かんできそう。
 何しろ、表紙絵の肖像が、文革時代の象徴の様な、人民解放軍兵士《 雷鋒 》“らいほう”なのだから。
 彼は別に軍高官でも、何処かの前線で英雄的な働きをしたって訳でもない、むしろそこら辺に幾らでもいる一兵士に過ぎなかった。文革前の1962年8月15日に事故で殉職。ところが、死後彼の遺物から、毛沢東の著作やらを学習してたりしたのが判明し、模範的革命戦士として全国的に宣伝されることになった。
 
「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」
 
 毛沢東たち文革派が見逃す訳もなく政治的に利用し、一大運動と化して中国全土を席巻。湖南省長沙市出身で、望城区に故居(記念館)まで建っているという。
 表紙と裏表紙ともアラビック文字だけで、漢字の姿はなく、ウイグル族なんかの西域の学童用だろう。
 イスラム少数民族エリアでもあり、中国共産党との確執的争闘も長い。
 そういえば、新疆ウイグル自治区なんかの西域じゃ、文化大革命って一帯どんな様相を呈していたのだろうか。
 旅のかなり初期に買ったものなのか、あのむしろ文革の偶像とも謂うべき雷鋒の絵故に衝動的に買ったに違いない。

 

2021年1月 9日 (土)

旅先のノート Ⅰ

Note-2

 

 

 

 
 旅に出る際には、基本日記帳を携えるのだけど、当然日本で購入する。
 いわゆるそれとして作られた日記帳じゃなくて、普通のそれなりの厚さのあるノートを選ぶ。それでも、半年以上の長旅になると、やはり足りなくなって現地購入。国によっては中々これといったものが見当たらないまま、間に合わせにメモ帳に認めたことがあった。シリアの、とりわけ第二の都市といわれた巨大バザールで有名なアレッポでの記述は殆どなく、後悔することしきり。
そんな日記帳とは別に、現地で珍しさで買ったノートもあり、いずれ帰国してから使って見ようと思いながら、結局記念品扱いのまま使わずじまい。昨今はいずれの国もそれなりのノートを作っているのだろうが、二十年近く前だと、結構粗末な物しか店頭に並んでいなかったことが少なくない。

 

  

 

 タイの大判ノート。
 中心にプミンポン国王の肖像、周辺にそれ以前の国王たちの紙幣になっている肖像が配された表紙・裏表紙ともルミネ―ト加工された同じデザインのもので、中のノートの紙質も悪くない。恐らく、学童用のノート。
 
 
 ラーマ9世プミンポン国王は、1946年6月から70年もの長期にわたって国王の座にあった人気のあった国王のようだ。
 終戦後、留学先のスイスから帰国した兄王マヒドン・ラーマ8世が、1946年6月9日に王宮の自室で殺害され、急遽後継者として戴冠。西洋教育を受けたラーマ8世が比較的自由主義的で開明的な思想の持主だったのを、米国やその息のかかったタイ国内権力の内部の反共勢力が容共主義と断じての抹殺ってのが相場だろう。下手人が辻正信であるとか他の誰であるかなんて枝葉な事柄に過ぎない。
 プミンポン自身は戴冠に余り乗る気じゃなかったらしい。
 

 

 自分の亡き後を慮り憂慮し、随分と頑張って長生きしたとも噂された国王プミンポン、とうとう力尽きて四年前にチャオプラヤー川の対岸、まだタイの伝説的人物シーウィーの黒化した蝋骸が陳列されていたシリラート病院で亡くなった。
 長男のラーマ10世ワチラーロンコーンが跡を継いだのだけど、プミンポンが亡くなる遙か前から、同様に王位継承資格を持っ次女のシリントーン王女の方が人気も高く、国王=女王待望の感すらあったという。
 しかし、そこはやはり王制=封建主義の定式通り、男尊女卑って訳で、長男が戴冠。
 で、案の定というべきか、評番通りの結果に到ってしまったという訳だ。
 どっかの似たような問題で騒いでいた国も、同様の精神構造から抜け切れない、否、自由主義的民主主義的宣揚とは裏腹に抜け出そうという気すら窺えないそのメンタリティーを見せつけられるにつけ、所詮一つ穴のムジナということなのだが。

 

 

Note-1 

 

 

 

 
 イエメンの神話的女王シバの肖像の、これまた、薄い光沢紙を使った表紙と裏表紙が対称の同じデザイン。
 中のノートの紙質も普通で、タイのと同じ青い薄い罫線だけど、こっちはその廻りに紅い縁取りつき。
玉座の女王の頭上に、シバの女王伝説に出てくる小鳥ヤツガシラが舞っている。
 その下に、ヤツガシラにシバの女王のことを聞いたソロモン王が彼女に興味を覚え、彼の下に届けるように命じた親書らしき巻物も。
 
 かつて当方が訪れた頃は南北対立の束の間の一時的休息の時期であったようだけど、再燃し、更に今度は、シーア派武装組織フーシ派と政府との内戦が勃発、イランとサウジアラビア(=米国)の代理戦争の様相を呈して現在に到っている。
 長い居した首都サナアも南の要衝アデンも戦場となったらしく、やがてシリアのような瓦礫都市の.惨状を呈するようにならなければ、と願うのみ。
 因みに、ダビデの子・知略にたけたソロモン王が政略・策謀、苛斂誅求でイスラエル王国を強大にしたものの、彼の死後、ユダ王国とイスラエル王国に分裂し、衰退の一途を辿ることになった。

 

2021年1月 1日 (金)

フンジェラーブ峠 【 旅先の一枚 】

Photo_20201204155101

 

 2021年。
 令和三年となった。

 和を令するーーーなんて碌な年号じゃないのは、端から分かっていたはず。

 そして正に現実がその如く結果した。

 昭和という年号と現実を見れば一目瞭然。はてさて・・・

 

 
 中国とパキスタン国境に聳える標高4700メートルのフンジェラーブ峠。
 '90年代に両サイドから越えたことがあった。
 この一帯はともかく景観が素晴らしく、このフンジェラーブ峠を越すと、そのカラコルム・ハイウェイKKHの両側に連なる光景が、両国それぞれで全く真逆の趣きを呈する。
 中国側のなだらかな緑の苔の間を湧き出した清水が縦横に流れてゆく湿地帯から、パキスタン側の、頂上付近の白雪を頂いた灰色の岩肌から、突然に黄土色の砂礫の山々の世界に変貌する様は、ともかく一見の価値あり。

 


 中国側からだと、ウィグル族の街カシュガル( 標高1200メートル )から、タジク族の町タシュクルガン( 標高3000メートル )に到り、そこから国境事務所=イミグレ・カスタムのあるピラリ( 現在はタシュクルガンに移設 )へ。
 フンジェラーブ峠( 標高4700メートル )を越え、パキスタン側の国境事務所スストへ。
パキ側からだと、ここで一泊だけど、峠を越えてきた側だと一気にパス―、フンザまで南下。尤も、二十年近く過った最近じゃ大部事情も良くなってきてるだろうが。
 そこから更に下る途中のパスー氷河の周辺の峰々山容は見事の一語に尽きた。

 

 一度このパス―で泊まり周辺を歩いて観ない手はないと一回だけ、カリマバードのフンザ・イン( 勿論ハイダル爺の宿・当時は元気でぴんぴんしていた )から上って行って、パス―でバトゥラ・インBatura-inn( ドミ30Rs )に泊まった。
 本棚には、日本語の本は、それこそもってこいの定番の《 大菩薩峠 》全巻はなかったけど、ハイデッガーの《 存在と時間 》全三冊があった。
 まあ、哲学するにはもってこいって訳なんだろうが。
 因みに、第一巻だけは手垢に塗れていたものの、後の二巻は殆ど手付かずのまっさら。
 パス―氷河まで歩いてゆこうと思ったが、時間がせいていたのと疲労で中途で断念。
 イージーな精神論で粋がると、フンザの背後のウルタル氷河、それもかなり麓の方ですら遭難したパッカーの二の舞。
 所が、事態はもっと切迫していたことに気づいた。パキスタン・ルピーの手持ち残額が幾らも残ってなかったのだ。三泊の予定が一泊になってしまって、翌日慌ただしくスストへ。

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