旅先のノート Ⅱ
何処で買ったか覚えてないけど、百貨店の本屋か商場でカラフルだから目に留まったのだと思う。
奥付に、
紙制品専用紙
中国色装総公司
重慶華彩印務実業公司出品
とある。
ラミネートの厚紙表紙=硬面紗で、工作筆記とあるから、学童用じゃない工作=仕事用つまり一般用なのだろう。中の紙質はタイやイエメンのに較べると、一段落ちるものの実用に問題はない。当時の人民中国であってみれば相場。
簡明なデザインで、朱地の重慶市人民大礼堂が如何にも中国風で好い。
因みに、この北京の天壇に似た重慶のシンボル的建物は、鄧小平が推進し、1954年4月に完成した議事堂らしい。
抗日戦争の頃は八路軍=人民解放軍で政治委員として活躍していた鄧小平、戦後毛沢東に国務院の副総理に任命されたりの上り坂の頃に、この重慶の議事堂を建てたってことになる。数年後には、悪名高い“反右派闘争”で陣頭指揮をとることになる。
薄い模造紙の表紙に粗い赤の図像とアラビック文字が並んだ、中のノート部分も人民中国かく在らんとばかりの代物だけど、日本人から見たら、キィッチュ感に溢れた代物。
如何見ても学童用だけど、紅いネッカチーフを首に巻いた小紅衛兵たちが粗末な机に向かって勉学に余念がない光景が浮かんできそう。
何しろ、表紙絵の肖像が、文革時代の象徴の様な、人民解放軍兵士《 雷鋒 》“らいほう”なのだから。
彼は別に軍高官でも、何処かの前線で英雄的な働きをしたって訳でもない、むしろそこら辺に幾らでもいる一兵士に過ぎなかった。文革前の1962年8月15日に事故で殉職。ところが、死後彼の遺物から、毛沢東の著作やらを学習してたりしたのが判明し、模範的革命戦士として全国的に宣伝されることになった。
「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」
毛沢東たち文革派が見逃す訳もなく政治的に利用し、一大運動と化して中国全土を席巻。湖南省長沙市出身で、望城区に故居(記念館)まで建っているという。
表紙と裏表紙ともアラビック文字だけで、漢字の姿はなく、ウイグル族なんかの西域の学童用だろう。
イスラム少数民族エリアでもあり、中国共産党との確執的争闘も長い。
そういえば、新疆ウイグル自治区なんかの西域じゃ、文化大革命って一帯どんな様相を呈していたのだろうか。
旅のかなり初期に買ったものなのか、あのむしろ文革の偶像とも謂うべき雷鋒の絵故に衝動的に買ったに違いない。
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