魔窟小説・唐妓の死 大泉黒石
大正末、梅原北明が月刊雑誌《 グロテスク 》の前に、まだエログロを前面に出す以前の、いわば当時のプロレタリア文学( アナ・ボル )派総出の感すらある陣容を網羅した月刊誌《 文藝市場 》を世に出した。
その翌末年の“ 夏季特大号 ”として、この“ 世界魔窟小説集 ”が発刊される運びとなったのだけど、創刊以来、左翼系故にか、売れ行きが芳しくなく、同年、エロ・グロ的要素を前面に出した《 変態資料 》なる雑誌を新たに刊行し、時節柄、案の定売れまくったという。エロ・グロ物の出版で利益を獲て、売れない文芸誌《 文藝市場 》を出し続けるという真に功利主義的手管。
その上、既存の出版界に抗すという姿勢を体現するかの如く、路上で、有名作家のも含めて、作家の生原稿や校正刷りまでを叩き売りするパフォーマンスまでやり、毎回、警官が出動する騒ぎになるくらいに大盛況を博したという。
黒石とは、また別様の異端性だけど、ともかくアクティヴな北明。
《 グロテスク 》と違うのは、ともかく挿絵・口絵の類が皆無ってことだろう。
表紙のイラスト以外、写真の一枚すら掲載されてない。正に、文字・文だけの創作で勝負という本格派。《 グロテスク 》シリーズを先に見ていると、紙面的には些か物足りない。正に同人雑誌の態。既存のブルジョワ雑誌に対抗しようとしているのだろうが、舞台美術や絵も描く村山知義なんかもいるのに、否、辻潤や黒石も描けなくはないのに勿体ない。
で、巻頭に、黒石のこの短編《 唐妓の死 》が配されている。
「 人間の体も、血のめぐりが悪くなると、悪くなったふしぶしが瘤まるやら腐るやら、ぽこぽこと穴があいて、黴菌が湧くってんだが、都會とか街とかいうものが、やっぱり人間のような生きものと見えて地めぐりが悪くなると、ぽこぽこ穴がいて、あいた口から蛆がわいたり、黴菌を撒いたり、化けてふらふらと 」
大正末的黒石の都市的風景点描から始まる。
場所は長崎。
久し振りに故郷の長崎に戻ってきたらしい黒石とおぼしき『 聞き手の髭男 』。
例によって、永見徳太郎とおぽしき長崎在住の事情通『 話し手の髭男 』。
窓外は・・・
「 春とは名ばかりの、物侘しく冷える夕べを、烟りこめる青い雨ぎりに哺(はぐく)まれたる鐘あり。ぼわんぼわんと唸る音に、厭われて、あわてふためき、右に左に、高く低く、入り乱れ狂いとぶ素烏(のがらす)の影の落つるところ。倒れ傾き剥げめくれたる唐楼の甍のみ、朧ろ突兀たるものであります。」
突兀 =とっこつ : 高くそびえる様。
この頃、長崎の街は往時の殷賑さと較べようもなく凋落の一途を辿っていたようで、黒石好みの徳川後期の蜀山人(大田南畝)が長崎に役人として赴任していた頃に作った狂歌集《 崎鎮八絶 》中の【 和蘭館 】の一節を使って栄えていた頃の長崎を謳う。
紅白旗飄百尺竿
崑崙奴僕役和蘭
鋪氈且勧茴香酒
歩履閑過花薬欄
「・・・われわれが中学にいる時分には、ああまで惨くはなかったようだぜ。」
と、零落のほどを零して見せる。
「 そうさ。その頃は貿易も盛んだった。そういう泰平の逸民が、栄華の夢におぼれていた。それから十数年になるか知らん。門司や神戸にお株を奪られちまった。夢は破れた。奴等の中には、廓を棄てて本国へ引揚げるのもあれば、門司や神戸に移り行くものもあって、一人へり、二人へり、たった十幾年があいだに、亡びかけたる廓は、日に月に刻々と亡びつつ、今や廃墟も同然。」
そんな落魄した長崎を更に敷衍して見せる。
「 おい。君はクウプリンの『 黒い霧 』 (チヨルヌイ・ツウマン) を読んだろう ? ぺテルスブルグの街路に悪臭もった黒い霧が、蛯のように、のた打ちまわり触れる人をバタバタ打斃すというのだ。その蛯が、そォら、この街の空にも這いまわっている ! 見えるかい ? あの唐楼のあいだから、朦々と渦をまいて湧きあがる鼠色の烟(けむり)を ! 雨ぎりのように見えても、ただの雨ぎりじゃない。瘴気という奴。あれは烏かしら ? 鵲(かささぎ)かしら ? あれ。あれ。あいつの毒にふれて、目まぐるしく廻ってるじゃないか。あれだ。幾百年この方、放蕩三昧の快楽を尽くした残骸に蛆が湧いて、蛆の口から、どろどろ吐き出される奴が、廓の家の戸口や窓から集まって洩れるんだよ。わかったかい ? 」
朽ちた唐楼から、おどろおどろしい黒々とした霧=瘴気たち籠め、その毒素が触れた者たちを冒してゆくという恐怖小説、否むしろ戦後世界に瀰漫した光化学スモッグや工場から吐き出される有害物質を彷彿とさせるSFホラー世界すらがゆらいでいる。
「 君は中学を出ると、いきなり此の街を飛び出して、この頃まで寄りつかなかったんだから、知るまいと思うが、われわれ中学にいる時分、同じ級に、盧成方(ルウ・チャンファン)という福建省生まれの支那人がいたっけね ? そうそう。引っ込み思案の、無口な、おとなしやで、梅蘭芳に、ちょっと似ている美少年 ? あれだ。」
《 黄夫人の手 》でも、同じ中学のクラスに転向して来た中国青年・黄廛来が京劇の女形役者にしてもおかしくないくらいの美形で、つまり当代きっての京劇女形俳優・梅蘭芳も青年時代はかくあらんとばかり美少年二人が、異界=長崎・唐人廓に棲みつき、そこにそれぞれ別様の日本人同級生が訪れるという図式。
唐人廓は、両作品ともに、正に異界、摩訶不思議というよりも、生臭い異臭漂う魑魅魍魎の棲む仄昏い迷路といわんばかり。そんな怪しげな魔界に、地元住民からさんざ注入・刻印されつづけてきたおどろおどろしい風説・都市伝説の類が脳裏と五感にゆらめく中を、一歩一歩分け入ってゆく態なのだが、廛来に藤三が生々しく魅了され、この盧成方にも、『 話し手の髭男 』は、“ 僕も出来るだけ力になってやりたい、というと、大将、物をいう声も胸につまって涙ぐみながら、手を取って接吻せんばかりに感激する。”等と倒錯して自身の感情を吐露してしまう妖しげな境界世界。
確かに、黒石自身、俳優の息子・大泉滉よりイケ面だけど、実際に彼の中学時代に中国美少年が居ての形象化なのか、黒石の嗜好としての美少年配置なのか定かじゃない。思春に紛れた内的発露 ?
そんな『 話し手の髭男 』は地元の医科大学を盧成方と共に受験し、彼は受かり盧成方は落ちた。再受験を狙う盧成方、あれこれアドバイスを得ようとしてか彼に接近、長崎に身寄りもあるわけじゃない中国人受験浪人・盧成方に次第に同情するようになり、親身になって対応しているうち、盧成方も兄の様に彼を慕うようになってきた。そんなある日、パタリと盧成方が顔を見せなくなってしまった。
さすがに『 話し手の髭男 』は心配になり、わざわざ盧成方が下宿している唐人廓まで尋ねて行くことに。
廓の唐楼の根つけのでこぼこと食いついている軒並の、歪みくねった黄色い泥塗りの、《 雙泰號 》 の看板のかかった韮くさい小さな乾物屋だった。
黄廛来の屋敷も、店の規模こそ違え、《 金腿彩蛋 》の看板を門上にかかげた乾物屋であった。
「 色の褪めた赤い紙貼りの硝子瓶づめの、棗の実やら、鱶(ふか)の鰭(ひれ)やら、龍眼肉などが、白い埃を浴びて、列んでいる正面の棚さ。棚の下の窖(あな)の中から、垢びかりのする木綿の上着に、吐物か、洟か、汚いものの塊りの、こびりついている褌子(中国はかま)をはいた猫背の、おかみさんが、黄いろい顔を出して、よろよろとあらわれた。」
棚下の暗い窖の奥に梯子段があり、その急段を昇ると盧成方の六畳間であった。毛布を頭からかぶって寐ている盧成方に声をかけると、吃驚したように跳ね起きた。しかし、窓の淡い光に照らし出された彼は、もはやかつての薔薇のような貌の美少年ではなく、両の頬はげっそり削げ落ち、両の眼の下には濃い隈、恐怖と疲労にすっかり病み疲れた別人の姿。
しつこく問尋ねてみると、何のことはない、女だった。
夜更けや昼間、姚玉芙(ヤオイーフウ)という娘が、執拗に梯子段の上の扉を叩くのだという。あわてて扉を開けて見ると、果たして娘の姿は微塵もなく仄暗い闇があるだけ・・・来る日も来る日も延々と続いているらしい。
「 ・・・いくら気の小さい大将にしろ、恋する女が、世間尋常の娘だったら、そう思って澄ましていたかも知れないが、姚玉芙ってのが、淫売婦さ。あの廓内の十善寺路に、保安司徒廟なんて邪神の龕(ほこら)があった。今でもある筈だ。ここへ参詣して、蝋灯を挑げ、紙香を焚いて御祷りをすれば、客脚がついて、景気がよくなるというのさ。・・・」
「 ・・・廓の中をブラブラ歩き廻った盧君が、ひょっくりとこの龕のまえに出ると、たちまちに眼に止まったのが、朱塗りの顔に金冠を戴いた神像の、その足もとに独り跪づいている年若い娘の後姿さ。姿の主は、ハッとして立ち停まる彼の靴音におどろいた按琲。くるりと振り返りさま、いささか羞らった面持ちに立ち上がって、チラリと流視をくれたかと思うと、繊い纏足の運びも、あぶなっかしく、スタスタ歩き出した・・・ 」
楕円形の顔のまん中の、すなおな鼻から頬へかけて、仄かに浮かぶ頬黄や口紅を拭き去っても、美しさに変わりがない尤物(シャン)。正に、掃き溜めに鶴。
因みに、龕に祀られた神像は、上海の南京東路から少し入った場所に明代萬歴年間に建てられた現在〈 虹廟 〉とも〈 紅廟 〉とも呼ばれている《 保安司徒廟 》じゃ、観音大士が祀られているらしいけど、黒石の頃には、長崎にもあったらしいこの《 保安司徒廟 》の龕に祀られた神像も、やはり同様に観音なんだろうか。
「 女というものが神秘に見える時代の情熱に、浪曼主義の魔がさすと、得て御苦労な真似をしたがるもので、よしゃいいのに、娘の跡を跟(つ)けて行ったのよ。何処を何う迂路ついたか、大徳寺路へかかる甃石(しきいし)に沿うて、古く立ちぐされた別荘風の、塀も崩れて見る影もない門がある。」
十善寺界隈から、《 血と霊 》の舞台にもなった坂の上にある大徳寺( 現在は跡のみ )方面に向かう何処か。
その廃墟の手前で忽然と娘の姿は消えた。
盧成方はあわてて錆果てた門の中に駆け寄った。
「 ・・・庭に一歩踏み込むと、こいつがまた塀や門に負けず、荒れるがままさ。蔓にからまれた鼠色の平屋が、へし潰れたような老躯をさらしているのだ。その平屋に娘が這入ったんだ・・・」
と、背後で妙な軋りがしたので振り返ると、朽ちた鉄門が閉ざされ、その前に袍子を纏った一人の老婆が立っていて、やがて揉み手をせんばかりに近づいてきた。
「 ・・・旦那さま。そんなにボンヤリしてござらんで、さあ、どうぞ此方へ、いらっしゃいな。あなたが跡をつけて、おいでなすった姚玉芙さんが、もう先刻から、お待ちかねでございますよ。」
そう言って老婆は彼の手を握るや強引に落魄的惨状を呈した平屋の方へと引きずっていった。『 話し手の髭男 』 にいわせると、遊女・姚玉芙が男を誘ってきて、その遣りて婆さんが平屋に引き込むという常套手口に過ぎないが、初心な盧成方であってみれば、あれよあれよの茫然自失の態ってことらしいものの、果たして、物語は、 【 未完 】でプツリ。
問題は、何時だったか何かのブログだと思うけど、結局、この短編の続編は書かれなかったような記事を読んだような記憶があって、この月刊誌《 文藝市場 》の後続号に期待はもてないってことだ。
それなりに面白いし、いよいよこれからってところで置いてきぼり喰らっちまって何としても残念。いかなる仕儀・経緯で、初心な受験浪人中国青年・盧成方が、遊女・姚玉芙に、夜な夜なで飽き足らず昼間すら彼の部屋の戸を叩き続けられるようになったのか。
昨今なら、さしづめストーカーってところ。
彼女が平成以降すっかりこの列島に瀰漫し尽し風土的症候群として定着してしまった感のあるストーカーの祖形との一つと謂えなくもなく、又、幕末の怪談《 牡丹灯篭 》(もとは明代伝奇小説集『剪灯新話』中の『牡丹燈記』)の新三郎に懸想したお露の如く精気を最後の一滴まで吸いつくそうとする魑魅魍魎的妄執性はストーカーの原形とも謂えるものだろう。
そもそも唐妓の死とは、盧成方の前に現れる以前に既に死んで亡霊だった故なのか、それとも彼との関係の中での何らかの死を謂うのだろうか。
それにしても、お露や麗卿の妄念を断ち切る呪文呪符をあてがってくれたような僧や道士が、盧成方の前に現れてくれるのだろうか。それとも、定式通り、最後には精も根も吸い尽くされて、冥界に引きづり込まれてしまう無惨が待っているのだろうか。
もはやそのなりゆきを読むことができない。
その分、読み手が自身の想像力を逞しくし完結する他ないようだ。
辻潤も、
「 蝋燭が三寸程、燃えつきている
戸外には寒風が四十哩(マイル)の速力を出して吹き荒れている
銀のタガをはめた白い歯を二枚むき出した男が、パレットの脳漿を時々甞めな がら微笑している、いる、いる、いる、る、る
真赤な幻の東が、青黄色な舌をダラリと垂れて、凍った地上をしきりと模索しているヒュ ッ、ヒュッヒュッ、ウ、ウ、ウ
すこるぴよんが鋭い眼付でアンドロメダの秘密を嗅ぎつけようとする
・・・」
ではじまる、《 不協和音でarrangeされたMOZAIKU ( あるいは麻痺狂患者の悪夢 )》 なるタイトルのダダ詩を投稿しているが、多才な村山治義はこの頃、柳瀬正夢と左翼前衛演劇等の舞台装置を一緒に制作していたりしていて、長谷川伸も同年、江戸川乱歩や国枝史郎等と大衆・探偵小説の共同執筆団体《 耽綺社 》を結成するなど、放浪的ダダイスト・辻潤以外は、それぞれ活躍中の作家ばかり。
中野正人はプロレタリア作家だけど、梅原に師事に近い関係性をもっていて、多忙な梅原に代わって実質的に編集を担っていたようだ。井東憲も、当初は大杉栄に傾倒していたようなのが次第にマルクス主義的方途に赴き始めた、いわゆるアナ→ボル的変容を経た通俗性の高いプロレタリア作家のようで、《 変態人情史 》、《 変態作家史 》等の作品もある。
また、《 中央公論 》での黒石の“ 説苑欄 ”仲間・村松梢風も、同時期、個人雑誌《 騒人 》を刊行。この“ 世界魔窟小説集 ”の裏表紙にその広告を載せている。執筆陣を見ると、同じく説苑欄仲間・田中貢太郎や室生犀星、黒石、田漢(中国劇作家。数年後、「済南事件」で梢風が日本軍を支持したことから決別 )の名がある。
大正15年7月発刊 《 文藝市場 夏季倍大号 世界魔窟小説集 》 定価 70銭。
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