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2021年4月24日 (土)

 小郷村的終戦譚  飼育 ( 1961年 ) 大島渚

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 1960年前後、松竹のヌーベルヴァーグの旗手の一人として脚光を浴びたと思ったら、松竹とのトラブルでそそくさと退社し、これまた倒産した新東宝から分かれた超短命( たったの四ヶ月 )の大宝株式会社配給のもと、この作品を撮ったという。
 もともとこの大宝、余りに短命ってこともあってか、大島のこの《 飼育 》以外は皆フィルムが散逸したままだったのが、ごく最近になって漸く何本かが発見されたという。
 大正末の関東大震災直前にようやく試写会にこぎつけた溝口健二・監督+大泉黒石・原作《 血と霊 》 が震災で焼失・不明のままかれこれ一世紀にもなろうとするのも納得できよう。

 


 大島の助監督だった田村孟が脚本を担当し、その脚本協力に、松本俊夫、石堂淑朗、東松照明の名が連なってるけど、石堂は映画自体でも如何にも一癖ありそうな不敵な面構えそのままに、大地主の姪を犯しそのまま徴兵逃れに山奥に逃げ込んだ応召忌避者を演じ、松本俊夫は実験映画の旗手でもあったようだし、しかし、東松照明って写真家だったはず。
 この映画の後なのか大島の嫁さんになった小山明子が東京から疎開してきた母娘の母親役で、彼女も村の大地主・三國連太郎に襲われかけ、ともかく長い戦争末の長野の山奥のラジオすらない集落のそんな封建的閉鎖的抑鬱のど真ん中に、被弾したのか墜落した米軍機の生き残りの黒人兵が動物用の罠にかかったまま村民にひっ捕まえられ、集落に引ったてられて来たって設定。

 

 

 敗戦後15年も過った1961年頃でも、この国は、まだまだ戦前の明治維新以来の絶対天皇制の封建的閉鎖性色濃く、あの美輪明宏がまだ青年時代、彼の同性愛的傾向のボーイフレンドが、家族会議にかけられ、その傾向性をなじられ、女性との結婚まで迫られて自殺したってことからしても、それも当方の記憶違いでなけりゃ確か鹿児島のだったはずで、あの西郷隆盛はじめ衆道で高名な薩摩藩な訳で、これはちょっと矛盾が過ぎて小首を傾げてしまうものの、戦前戦後の欧化( キリスト教的 )主義の故なんだろうが、封建主義が明治維新的欧化主義によっていよいよの保守的封建主義を結果するというその根が根本的に封建制にあるからだろう。 

 

 

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 《 少年 》( 1969年 )や《 儀式 》( 1971年 )等に通底した絶対天皇制を俎上にのせた大島の情念と論理の初期的アプローチは如何。
 当然の如く、戦時中の書き込みの走った日の丸(日章旗)が、 《 少年 》や《 儀式 》と同様奥の間にこれ見よがしに掲げられている。
 正に絶対天皇制的戦争の怨念的凝結の如く。
 敗戦の年昭和20年、限りなく敗戦に近い初夏、空から降って来た異質の極み=黒人米兵の闖入によって、山奥の閉鎖的な小世界は揺らいだ。
 戦前から東北でなけりゃ長野・山梨が貧困エリアの代表格で、満州や海外への移民・出稼ぎの根拠地の観すらあった、電気は来ているもののラジオすらない貧しい僻地、遠い役場から戦争で片足を失った書記の戸浦六宏が剥き出しの義足を引きづりながらトボ、トボと山道を歩いて、捕虜の処遇や最後には敗戦の玉音放送の通達までしに来る。

 

 

 役場からそれなりの処遇の確保を指示され、集落で輪番制で捕虜=“ クロンボ ”を
“ 飼う ”、つまり動物・家畜を飼うように食事の世話から身の回りの世話まですることを寄合で決め、大地主の本家から分かれた分家の山茶花究がやることとなった。
 長い戦争の末期、いよいよ消費物資や食料の窮乏をきたし、どの小作農民たちも自分たちが食べるのがやっと。
 黒人など初めての子供たちは、皆好奇の眼差しで、閉じ込められた小屋の隙間から黒人兵を覗いては、檻の中の珍しい動物ででもあるかのように眺め、あるいは哄笑しあるいは罵った。それでも次第に慣れるにしたがって親しむようになってきた。

 

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 ( 東京から子供達を連れて疎開して来た小山明子。白黒だから余計掃き溜めに鶴感がつよい。そんな小山明子を、本家・大地主の三國連太郎が手籠めにしようとするが失敗。極限的抑鬱状態の真っ只中で自分の小さな娘が、黒人兵を集落の少年が刃物で襲った際に、はずみで崖下に落下し死んでしまい、燻り始めた盲目的怒りを黒人兵に向ける。)

 

 

 やがて、地主・小作、本家・分家、村人・租界の都会人、自国・敵国、男尊女卑的関係性が複雑微妙に絡み合って、集落は大きく揺らぎ始める。
 大地主の娘を犯しそのまま山中へと遁走して応召から逃れた石堂淑朗、村の主婦を襲う本家・大地主の三國連太郎や役場書記・戸浦六宏、それまで黒人兵を率先して世話して来た少年が自分の兄・石堂が徴兵逃れで姿をくらましたことで非国民の弟ということで誹られ、兄・石堂が犯した娘に屈折した怒りをぶつけ暴力を揮って木に縛り付けられたあたりから、集落の雰囲気は一切の禍いの根源=“ クロンボ ”を断つことに収斂してゆく。
 とうとう件の少年が黒人兵に刃物で襲いかかり、かわした拍子に傍にいた疎開組少女がはずみで崖下に転落し死に、終いには集落住民達の鬱屈した感情の矛先が大地主に向かい始めると、本家・三國連太郎は刀を持ち出し、皆の気勢を一気に黒人兵に向けるべく同調を煽り、黒人兵を助けようとした少年の肩越しに、黒人兵の頭上に何度も、返り血を浴びながら、刃を叩きつけた。
 黒人兵の死を逃亡した石堂淑朗のせいにしてしまうことにした宴会に、なんと突如当人が現れる。ところが、その宴会場で役場書記・戸浦と刃物を持った徴兵逃れの石堂が口論の末争ってはずみで石堂も死んでしまう。
 黒人兵と徴兵逃れの屍棺を並べ一緒に荼毘に附す。事件を隠蔽しようとのたくらみ・・・しかし、子供達は、その不正と瞞着的虚偽に猜疑の念を燻らさせる。
 
 
 大江健三郎の原作じゃむしろ子供達と黒人兵の関係が主だったらしいが、その子供達に自身の少年時代を重ね合わせた大島は、もっぱら絶対天皇制的典型として僻地的小集落を提示したのだろう。
 敗戦間際ってのが周到というか、何よりも一切を凝縮し易い。
 戦争中に少年時代を過ごした世代って、さんざん叩きこまれてきた絶対天皇制的一切が、敗戦によって、ものの見事に瓦解していったのを身を持って体験してきているので、その絵に描いたような虚偽性に疑念以上に憤りを覚えることが多かったようだ。
 あの今じゃコロナで転んで一層その正体を剥き出して余りある利権の宝庫=東京オリンピックの大立者たる森元総理と並んで、同じ青嵐会の保守の元凶ともいわれている石原慎太郎すらも、終戦後、東条英機が自殺未遂でGHQに捕まったニュースを知って、敗戦時に当然にとっくに割腹自殺して死んでいたとばかり大方の当時の国民ともどもに思い込んでいたら、何とその後もえんえんとあれこれ口実を設けて生き延びていたと知って、正に晴天の霹靂、その驚天動地の無責任・無恥さ加減に唾棄したという。
 大島も、石堂も、同様に唾棄し怒ったのだろう。
 最初昨今米国で喧しい人種差別問題を念頭に黒人兵ってことで期待していた要素は、主眼が閉鎖的封建性に向けられている関係から、もう一つ感は否めない。それでも、大島渚らしい作風ではあった。

 

 《 飼育 》( 1961年) 大宝。 監督・大島渚。

 

 

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