冷戦時代下の変身 《 蠅男の恐怖 》
ある日起きてみたら虫になっていた、というカフカの 《 変身 》(1912年)から、半世紀後、カフカも好んでいたらしい映画で、《 蠅男の恐怖 》 (1958年)なる、これは知らぬ間にじゃなく、しかし、殆んどやはりそれに近い、予期せぬトラブルの結果、偶然に紛れ込んできた蠅と合体してしまったというSFホラー映画も、半虫半人であったとしても、同様に変身してしまったってことには違いない。
実存主義的不条理劇のラベルを貼られた 《 変身 》は、サラリーマン=グレーゴル・ザムザが、朝、ベッドの中で、人間大の虫に変身してしまい、家族や周辺を巻き込んでのすったもんだのあげく屍んでしまう。テントウ虫やゴキブリのイメージで挿絵なんかが描かれることが多いものの、実際のところ、カフカは変身したグレゴールの帰属する種は特定していないようだ。
一方、《 蠅男の恐怖 》 The Flyの方は、軍と係わりのある物理学者アンドレが、瞬時に遠方に物質を転送する物質転送、最終的には人間の瞬間転送・移動を目的とした実験中に、自身をモデルにした際、一匹の蠅が紛れ込んだため、転送された再生装置には、頭と片手が黒々と艶光した蠅と化した異形のアンドレが再生されてしまった。
こっちは、もろ、蠅。
それも、部分的な畸形で、時間の経過とともに、何しろ頭部が蠅なので、思考・感情も蠅性に支配・統合されてゆくようで、次第に人間らしさが減勢してゆくのが如実に体感され、完全に蠅的な野生・獣性の淵に陥ちてゆく恐怖と危機感に、まだ人間的意識のある内に、妻・ヘレンに、何としても自らを、工業用大型プレス機で潰滅するように説き聞かせる。世間に、半蠅半人の痕跡すら残す訳にはいかないという訳だ。
ヘレンは肯い、完全に蠅的痕跡を潰滅するために、二度もプレスのスイッチを押した。殺人事件か事故なのか、捜査に訪れていたチャラス警部とアンドレの兄・フランソワは、アンドレのまだ幼い息子・フィリップに、蜘蛛の巣にかかった頭の白い蠅が居ると教えられ、確かめてみると、果たして、今にも蜘蛛に喰われんばかりの、アンドレと合体した頭がアンドレの蠅であった。
小さな人間の声で、助けを求めていた。
二人は暫し茫然とし、もはや、如何ともし難いとばかり、チャラス警部が傍に転がっていた岩を投げつけ、畸形蠅に襲いかかった蜘蛛もろとも殺してしまう。確かに、人間としての蠅頭のアンドレはもはや再生不可能にプレスで潰滅されているので、頭部だけアンドレの小さな畸形蠅じゃ打つ手なしってことなのだろう。
この蠅男、シリーズ化し、息子のフィリップが父親・アンドレの物質転送の研究
を引き継いで、やはり同様に、自身も蠅男と化してしまう《 蠅男の逆襲 》(1959年)、但しフランソワ達に再-再生して貰って元の人間フィリップに戻れることができた。
更に、1965年、 《 蠅男の呪い 》では、ドランブルの姓は同じだけど、別の名の、初代アンドレの息子と孫達が、尚も物質転送の研究・実験を続けていて、孫マーティンの妻なんてその研究の不首尾に終わった人体実験の検体にされ、悲惨に変容した姿のまま、裏庭の隔離室に幽閉されていた。他にも二人が閉じ込められていて、人体実験も厭わないかなり暴力的且つがさつな研究者に堕ちていた。三代に到って、いよいよ用意周到って訳じゃないところが、リアル(?)。
結局、マーティンの父親は、遠くロンドンで受信装置を担当していた長男が人体実験の余りの惨状に絶望して装置を破壊してしまった後に転送されてしまって、空間中に原子に分解された状態のまま霧散あるいは漂いつづける集合体、つまりこの世的には屍体無き死、マーティンも自分の乗用車の中でかつての転送失敗の後遺症に効く薬物を接取できず肉体が溶解屍の自業自得的結末。
蠅男とはいっても、要は、物質転送装置の研究・実験の過程で不慮の事故として派生した副産物に過ぎない。基本、軍・権力に係る研究・実験だったらしい。
軍・権力に係わった科学者なんて、戦中・戦後、枚挙にいとまがない。
ナチ関係や石井部隊や帝大医学部だけじゃなく、アインシュタイン達も酸鼻を極めた原爆・核兵器開発の音頭をとったり。
シリーズ三作目 《 蠅男の呪い 》での人体実験の被害者達の症状は、原爆・核兵器の被害者達=被爆者達のケロイド状症状に相似。
1950年代は、台頭する核兵器・核(原子力)産業がらみの事故・事件が頻発し、北極圏での水爆実験に端を発した一億年前の恐竜出現、ニューヨークで大暴れという、ゴジラの前身ともいえるSFホラー映画《 原子怪獣現わる 》The Beast(1953年)が既に作られていて、翌1954年、ビキニ環礁で行われた米軍の水爆実験の死の灰を大量に浴びたマグロ漁船第五福竜丸事件が起こる。(実際は、福竜丸以外にも、周辺で操業中だった数百隻の漁船が放射線降下物によって被爆したという。)
同年、水爆大怪獣映画『ゴジラ』が封切られる。
水爆実験の放射能によつて覚醒し巨大化した一億四千万年前の恐竜ゴジラが深海から現れ、東京で大暴れ。
1957年には、英国の原爆製造用の軍用原子炉が火災を起こしたウィンズケール原子炉火災事故が発生。当時のソ連でももっと大規模な事故が発生していたが、極秘にされ世間には明らかになっていなかった。
米ソ冷戦の軍拡・核兵器の蔓延による核戦争への危機感・不安が基底にあって、核=原爆・原発に更にもっと強力な水爆まで研究・開発され作られた底無しに増長してゆく不気味な科学技術への不安と不信の形象化されたものが、原子怪獣でありゴジラであり、蠅男であるのだけど、もはや戦前のフランケンシュタインなんて19世紀的産物かの如く古色蒼然として見えてしまう。こっちは、むしろ、ゾンビーとして、初期の頃こそフランケンシュタインと遜色ないほどに、棺桶からむっくりと起き出し、覚束ない足取りで、一度は死滅した意識・神経のほんの幾つかを辛うじて誤魔化しゴマかししながら駆使していたのが、次第に歩速も早くなり、疾駆し、更に人並みを越えて、身軽に壁まで駆け上り、あるいはジャンプまでするようになって、原始獣人さながら。
このゾンビーも、世界に正に伝播するようになったジョージ・A・ロメロの《 ドーン・オブ・ザ・デッド 》 (1978年)でも、カリブ的ブードゥーじゃなく、米軍の化学兵器が元凶として取沙汰されていた。正に、パンデミック的世界伝播的蔓延という訳だけど、それに較べて、蠅男の何とミクロな小世界的現象であろうか。
それでも、米軍の、あるいは旧ソ連軍の化学兵器的トラブルによって、世界中に、ゾンビーならぬ蠅男・蠅女達が跋扈・蔓延し出したとしたら、下手すると、元々蠅なので、両翼を蠢動させて頭上高く飛び上がり、ナチスの急降下爆撃機ユンカース宜しくのビルの谷間を掻いくぐって頭上からの急襲って事態が、ゾンビー映画にない新機軸って展開にもなるのだろうが。
《 蠅男の恐怖 》 (1958年) 監督・カート・ニューマン(米国)
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