« 2021年11月 | トップページ | 2022年1月 »

2021年12月の3件の記事

2021年12月31日 (金)

 日本の悪霊 ニッポン挫折・馴致譚

3_20211113192601

 

 犯人は7人
 内、死体で発見された者2
 自殺と認定
 捕まった者3

 

 後2人
 2人は逃げた
 その内1人はリーダーだ
 もう1人はチンピラ
 左翼かぶれの大学生
 ともかくその2人が捕まらない
 

 

 
1970年、高橋和巳の原作を、監督・黒木和雄、脚本・福田善之、主演・佐藤慶の、しかし、原作は未読だけど、本来は強盗容疑者だった村瀬勝を、任侠組織幹部に仕立てた、それも県警本部警部・落合と一人二役の奇妙な構図の、如何にも60・70年代的アイコニック=ATGらしい作品。
 
 ちょっと前、“暴力革命”の未放棄の日本共産党と断じて評論家・古市憲寿が論難したとか、実際には、 日本共産党的には、六全協(1955年に暴力革命から平和革命路線に転換 )でとっくに極左軍事冒険主義の放棄を謳っていたにもかかわらずってところで、些かの話題になったことがあった。
 その、1950年代に,一瞬間,全国的に展開された暴力革命を企図した山村工作隊をモデルにした、仮称の日本前衛同盟・独立襲撃隊(7人)の山林解放を目しての山林地主襲撃( 中央本部からは中止を命じられていたにもかかわらず、むしろそれを蹴って )を基軸に据え、その襲撃殺人事件およびその不可解な結末の謎に、一人憤然と、任侠幹部・村瀬が迫ってゆく。
 

 

 偶然、それぞれ別の都市から、この小さな街へ派遣されてきた任侠・さんこう会幹部・村瀬と県警本部警部・落合が、客分・村瀬に鬼頭組が世話した女将が、容貌が瓜二つなので見間違えて刑事・落合を自宅に誘いこんだことからの正に奇遇。
 女将の寝室で素っ裸のまま横になった落合の面前に、のっそりと村瀬当人が現れる。
 些か分の悪い落合、村瀬に互いに立場を替えようと一方的に押し切られてしまう。
 村瀬曰く、共闘。
 村瀬と落合の二役をうまく演じ分けた佐藤慶の面目躍如。
 白黒画面が一層時代がかってリアル。
 やはり、そもそもの事件の中核に居た村瀬が主導的で、うだつの上がらぬ刑事・落合は従。( 落合は、特攻隊の整備兵くずれだった。)

 

 

5_20211113192601

 

 

 この街に昔からある任侠組織・鬼頭組の組長が長い刑期を了えて出所することから、もう一つの新興勢力・天地組との抗争の勃発に絡んでの二人の警察・任侠それぞれの組織からの派遣だった。
 村瀬は、警察署で、そもそもの鬼頭組の組長が、天地組のバックと目して殺害した地主の事件の調書を見ている内、余りの捜査と判決の杜撰さと、それ以上に不可解さに猜疑の眼を向ける。真相を探るため、署内の資料室で、事件当時の詳細を渉猟し、いよいよ疑念を深め、真相に近づいてゆく。
 実は、村瀬こそ、地主を刺殺した独立襲撃隊員その人であり、逃げた一人だった。
 つまり、警察(司法)発表の下手人=鬼頭組組長は、署長に頼まれ、引き換えに、天地会の縄張りを貰う取引の下での偽計に過ぎなかった。
 その辺の、当時の関係者だった署長との一問一答の駆け引き、というより、村瀬の一方的な事件の警察・司法の歪曲と隠蔽に対する揶揄的挑発が、けっこうスリリング。 

 

 事件自体は既に時効になっていて、村瀬も、署長もそれを口にする。
それ故に、

 

 
 何もどうにもならない。
 だから、
 どうでもいい 

 

 

 自嘲気味にそう吐露しながらも、、村瀬は、尚も追及せざるを得なかった。 
 反戦運動が70年安保に収斂していき、米国のトップが条約再調印に現れることもなく自動延長ってことで肩透かしを喰らって、以降急速に衰退していってしまった。新左翼諸党派は内ゲバへ、ノンセクトは武装闘争へと尖鋭化してゆき、運動の更なる減勢化を来たした。
 そんな予兆を孕んだ、諦念的吐露だったのか。

 

 「何もどうにもならない。だから・・・どうでもいい 」

 

 それにしても、ニヒルな断念・・・エナジーは、それでも、憑かれたように捨石的方途へと直走ってゆく。

 

   
 この時代(60・70年代 )の、もう一つのアイコニック、反戦フォークの象徴=岡林信康がギター片手に幾度も画面に現れ唄い出す。その時代1970年の風景としての岡林なんだろう。

2021年12月22日 (水)

 クメール的呪句世界の跳梁  《 ネクロマンサー 魔界大戦 》 (2005年)

 Necromancer-a_20211218094601

 

 

 しばらく御無沙汰だったタイ映画、ビデオだけど、些かの期待感をもって観てしまった。
 以前、このブログでも紹介した 《 ネクロマンサー (Necromancer)》 (2005年)の、同じ監督によるリメイク、しかし、実際には、かつての2005年オリジナル版の主演二人もちょっとだけど出ていての続篇だった。
 

 

 タイの十八番の黒魔術、それをあろうことか警官達が、いわゆるギャングたちと同様に駆使するモー・ピー( 黒魔術師 )・コップという新しいジャンルが出来たと、もう十五年以上も前に当方勝手に面白がっていたものだけど、その後のタイ映画でそんなジャンルの映画が続出したかどうか定かじゃない。
 予告編もさることながら、本編もそれなりに面白く出来ていて、好きな作品の一つだった。陥れられたチャトチャイ・プレングパニット演じる元黒魔術刑事とアカラ・アマタヤクン演じる若い刑事の対決って図式で、やがて若い現役刑事も黒魔術に染まり、二人の大黒魔術師=ネクロマンサーの座を巡っての対決にまで至る。結局、若い刑事の方が勝ってしまうのだけど、そのまま刑務所の奥深い呪文によって封印された獄房に幽閉されてしまう。
 おどろおどろしい如何にもタイ風味溢れる一作であった。

 

 十五年近く過っての今度の2020版は、しかし、前作の如く、暗雲垂れ込める沼地の一軒家とは無縁の、バンコクのど真ん中、コンクリ剥き出しの工事途中の上階で、主人公=路上格闘家・青年ジャイ( プリン・スパラット )が、金を賭けた路上ファイトをくり広げるシーンから映画が始まる。
 霊験あらたからしい彼の父親の魔術的ペンダントが一味に狙われていて、ファイトの帰路、父親とジャイの乗っていた車が銃撃され、父親は殺害、ペンダントも奪われてしまう。被弾し九死に一生を得たジャイは、父親の仇を討とうとして、黒魔術世界にのめり込んでゆく。

 

 

 全身呪句の入墨を付された身体のイケメン俳優も悪くはないのだけど、オリジナルほどにおどろおどろしさも希薄で、筋立ても、単なる格闘物のステレオ・タイプの域を出るものじゃなく、敢えて十五年も前の自身の作品をリメイクした意図も定かじゃない。
 復讐を了えたジャイが、呪符で封印された獄房に入れられたのと入れ替わるように、自分の弟を殺害され復讐のため獄房から出て来ていた黒魔術師(チャトチャイ・プレングパニット)が、何処かへ向かう車両のラスト・シーンで、後方に乗っていたも一人の黒魔術師(アカラ・アマタヤクン)がむっくり起き上がり、いきなり、背後からチャトチャイ・プレングパニットに襲いかかろうとするところで終劇になってしまうのだけど、むしろそっちの方が、この映画がその二人の大黒魔術師=ネクロマンサーの戦いのプロローグに過ぎないって趣むきが、次回作を予想させるのだけど・・・

 

 

 尤も、もうそれから二年も過ぎていて、果たして何時その双頭黒魔術師的一大対決篇がリリースされるのか。それとも、双頭が三つ巴の対決になってしまうのか。
 そういえば、化生達の暗闘を描いた《オ-パパティカ》(2007年)なんてのもあって、クローネンバーグの《 スキャナーズ 》(1981年)ともども、超能力者達の跳梁跋扈世界への渇望って、現実社会の構造的な軋轢葛藤・不如意の底からの超越的希求ってところなんだろうが、最近ようやくその端緒についたVRゴーグル世界はその端的というべき方途に違いない。
 映像の一層の精緻化と自在性が得られれば、単なるゲームから、正に如意的世界の実現って方途に大きく踏み込むことになる。やがて感覚性も加味されることになるのだろうから、随分と人間生活の有様も様変わりしてしまうのかも知れない。例えば、古くは映画 《 エルム街の悪夢 》 や最近新作として出た 映画《 マトリクス・リザクション 》なんかをゲーム化した世界の中に入ってしまうと可成りしんど、くメンタル的にもハードなものになってしまって、下手するとメンタルをやられてしまいかねない懸念も。
 尤も、権力と企業が、自己利益のために、その十全的展開を歪曲し阻害するのもみえみえで、支配的機能の一つとして構造化され、さながらSF映画そこのけの、バーチャルの薄い皮膜も霧散したシュールなまでの現実世界が冷え冷えと開けるばかりなのかも知れない。
  
 
 《 ネクロマンサー 2020 (Necromancer 2020)》 ( 2019年 )

 

 

Ee1_20211218094601

 

 ( アカラ・アマタヤクン演じる黒魔術師・モーピー・コップ )

 

2021年12月11日 (土)

ボヤンシー ポスト・ポルポト四十年物語

4_20211108140901

 

 

 

 ベトナム=フランスの監督・トラン(チャン)・アン・ユンの映画って先ずベトナムじゃなくてフランス製作ってことで、ベトナムがマルクス主義国家=全体主義故にってことが分かっていても、いつもどうも引っ掛かってきた。けれど、同じ宗主国フランスの元植民地だった隣国・カンボジアの2014年のソト・クォーリーカー監督の《 シアター・プノンペン》は、一応カンボジア製作のクレジットが入っていて、朽ちかけたようなポル・ポト以前の旧い映画館で古色蒼然としたホラー映画でなけりゃ隣国タイのこれまた旧い映画をばかり上映していたプノンペンで、フランスの文化施設でのみ(?)少しは気の利いた海外物を上映していたのを目にしてきた当方には、些かの好事に思えた。

 

 

 この2019年の映画 《 ボヤンシー 》 、てっきりカンボジア映画だと思って観てみたら、監督 ( ロッド・ラスジェン ) も製作もオーストラリア、つまりオーストラリア映画だった。
 ひょっとして、内容的に、タイ・カンボジアのマフィア絡みの事件を背景にしているが故に、カンボジア制作だと厄介なことでもあるのだろうか。何しろ、タイ・カンボジア国境で、自動車窃盗輸出入グループとタイ国軍がロケット・ランチャーまで駆使しての熾烈な銃撃戦まで行なわれているアブナい領域・・・さもあろう。

 

 

 カンボジアの何処にでもありそうな広々とした田園地帯で農業を営む一家の14才のチャクラ。少年と青年の端境、昨今、危険な十七才に取って代わった危険な十四才の正に揺れ蠢( うご )く危うい思春の年頃。
 次男なのか、何事につけ優遇される長男に較べて、厄介な汗みどろの重労働ばかり押し付けられ、あげく小遣いすら貰ったことのない救われない状況に、とうとう我慢できなくなったチャクラ。それでも、殊勝に隣国タイに出稼ぎに行って二年もすればそれなりの額の金を貯めて家族の下に戻って来る、という模範青年を決め込んで、前途洋洋と闇ブローカーを通じ一路闇から闇の国境越え。

 

 

1_20211108140901

 

 
 タイの工場で働くはずが、何と怪しげな漁船だった。
 同じ車に乗ってきたカンボジア人の親爺さんと別組の年輩のカンボジア人二人の計四人。如何にもって感じの三人組の危ない乗組員のタイ人の他に既に二人の恐らくミャンマー人が働いていた。
 さっそく沖合に出ての漁労仕事。
 網を流して捕獲し、それを親船に積み替える単純だけどしんどい力仕事なのが、食事はコップ一杯の米飯にコップ一杯の水だけ。それを早朝から夜遅くまで続ける奴隷労働。幾らもしない内に、一緒にやって来たカンボジア人二人が相継いで海に投げ込まれ殺害される。船長はカンボジア人はヤワだ、とミャンマー人を新たに二人買い込んでくる。
 最初から反抗的というよりも、生きて戻れない労働監獄船と喝破し、隙あらば逃げ出そうとしていた親爺さんが、この漁船の船長をスコップで海に叩き落すが、操舵士の男に拳銃で撃たれ、両手両足をロープで縛られてやっぱり海に放り込まれた。
それも、助け上げられた船長が、親爺さんと仲が好かったチャクラの手をエンジン・レバーに掛けさせ、発進させ親爺さんを八つ裂きにしたのだった。
 さっそくその夜、一人きりのカンボジア人となったチャクラの使っていた枕を、新入りのミャンマー人が強引に取り上げ自分の物にしてしまう。
 が、ある夜、そのミャンマー人が、深夜、船端で排便しているのを狙って、真っ暗な海に叩き落してしまう。奪われた枕を悠然と取り戻し眠りにつくチャクラ。
 チャクラの中で、何かが弾けたのか、崩落してしまったのか。
 最後には、その漁船の大体の操舵法すら会得したチャクラ、親爺さんの衝動的反撃を反面教師に、きっちりと計画立ててたった一人の叛乱を起こし、三人のタイ人を全員屠ってしまう。
 船長の隠し金をバッグに詰め、故郷に戻ると、父親や家族が黙々と田んぼで働いている光景に遭遇した 。
 しかし、あれだけ、何としても、この家族の下に帰りたかったのが・・・

 

 

 やっぱし、ポスト・ポルポト40年・・・。
 ポスト・ポルポト20年(1998年)の短編小説《 なぜ 》マイソン・ソティアリー著でも、大都市プノンペンで、両親とも子供達を見捨ててトンズラし残された小さな弟妹達を嫌でも面倒みなくてはならなくなった青年ネート、こっちは真面目な長男、押しかけて来る借金取り、弟妹達の学校での諸々の諸雑費、米櫃の底に残った一握りの米、正に万事休す的窮乏に、女ならまだしも、男故に如何なる潰しもきかず、やむなく金周りの好い友人の処へ赴く。
 ところが、これがバイク窃盗団一味だった。
 結局、ネートは、警察の張った罠にはまり、1人は女から強奪したバイクで難なく逃亡できたものの、まだ慣れぬネートは警官達に追われ、角から突然現れた乗用車と激突・・・小説はそこで終り、即死なのか跳ねられ警官に逮捕されたかは不明。

 

 

2_20211108141001  

 

 確かに、当時、プノンペンでまともに働く場所ってそうなかったようで、バックパッカー上がりの日本人の開いたパッカー相手の安レストランでも、ちゃんとしたどこの高級ホテル・レストランのウェイター・ウェイトレスかと眼が点になるくらいにきちっとしたスーツ姿の、恐らく新大卒か何かと思われる場違い的青年男女が、短パン、よれたジーンズにサンダル姿が大半のパッカー相手に、汗まみれに懸命に働いていたこともあったぐらい。
 確かに、ジャパニーズ・レストランといえば、確かにそうだけど。

 

 

 奴隷漁船・殺戮漁船って、古くは蟹工船・ある種の遠洋漁業船からザラで、遠隔過疎地での建設工事絡みの飯場・タコ部屋なんてのも戦前から跋扈し社会問題化されてきた同様の代物。
 貧しさ故の出稼ぎって、これはもう貧困が世界を蔽っている限り、そのよって来たる社会構造故に、むしろ活況を呈し続ける類。
 それを喰いものにする零細搾取、それを更に搾取する中小搾取・・・。
 コロナ禍で一層拍車がかかるのだろうか。                                                 因みに、この船で採れる魚って小魚ばかりだけど、これってひょっとして、タイでナンプラー、ベトナムでニョクマム、カンボジアでトゥック・トレイと呼ばれている魚醬の原料なのじゃないだろうか。  

                                       

 

 

 

 

 当方は、アマゾンで観たのだけど、ネットのこの映画評みてると、どれも判で押したように、「拷問」、つまり前園似の殺戮船長達が雇われた( 船長は買った、と表現 )出稼ぎ男達に拷問を加えていたのに言及してるけど、アマゾンのビデオじゃそんなシーンはなかった。
 恐らく、皆映画を観ての評だったのだろう。
 映画での特定シーンをビデオじゃカットすることはよくあるし、逆もある。
 

 

 タイの殺戮漁船の船長、サッカーの前園真聖似のタナウット・カスロ、中々に不気味に鬼気迫って好演。タイのアクション系の俳優らしく、Siam Yuth: The Dawn of the Kingdom(2015年)じゃ俳優兼監督までやってるという。

 

 

3_20211108141001

« 2021年11月 | トップページ | 2022年1月 »

2026年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

フォト

  • フォト蔵

昆明・旧市街

逍遙遊片

  • 20070702100005
    三千世界の逍遙遊片
本コンテンツをご覧になるには、Flash Playerプラグインが必要です。FlashのWebサイトよりインストールしてください。

上海の弁護士・公認会計士・税理士