ボヤンシー ポスト・ポルポト四十年物語
ベトナム=フランスの監督・トラン(チャン)・アン・ユンの映画って先ずベトナムじゃなくてフランス製作ってことで、ベトナムがマルクス主義国家=全体主義故にってことが分かっていても、いつもどうも引っ掛かってきた。けれど、同じ宗主国フランスの元植民地だった隣国・カンボジアの2014年のソト・クォーリーカー監督の《 シアター・プノンペン》は、一応カンボジア製作のクレジットが入っていて、朽ちかけたようなポル・ポト以前の旧い映画館で古色蒼然としたホラー映画でなけりゃ隣国タイのこれまた旧い映画をばかり上映していたプノンペンで、フランスの文化施設でのみ(?)少しは気の利いた海外物を上映していたのを目にしてきた当方には、些かの好事に思えた。
この2019年の映画 《 ボヤンシー 》 、てっきりカンボジア映画だと思って観てみたら、監督 ( ロッド・ラスジェン ) も製作もオーストラリア、つまりオーストラリア映画だった。
ひょっとして、内容的に、タイ・カンボジアのマフィア絡みの事件を背景にしているが故に、カンボジア制作だと厄介なことでもあるのだろうか。何しろ、タイ・カンボジア国境で、自動車窃盗輸出入グループとタイ国軍がロケット・ランチャーまで駆使しての熾烈な銃撃戦まで行なわれているアブナい領域・・・さもあろう。
カンボジアの何処にでもありそうな広々とした田園地帯で農業を営む一家の14才のチャクラ。少年と青年の端境、昨今、危険な十七才に取って代わった危険な十四才の正に揺れ蠢( うご )く危うい思春の年頃。
次男なのか、何事につけ優遇される長男に較べて、厄介な汗みどろの重労働ばかり押し付けられ、あげく小遣いすら貰ったことのない救われない状況に、とうとう我慢できなくなったチャクラ。それでも、殊勝に隣国タイに出稼ぎに行って二年もすればそれなりの額の金を貯めて家族の下に戻って来る、という模範青年を決め込んで、前途洋洋と闇ブローカーを通じ一路闇から闇の国境越え。
タイの工場で働くはずが、何と怪しげな漁船だった。
同じ車に乗ってきたカンボジア人の親爺さんと別組の年輩のカンボジア人二人の計四人。如何にもって感じの三人組の危ない乗組員のタイ人の他に既に二人の恐らくミャンマー人が働いていた。
さっそく沖合に出ての漁労仕事。
網を流して捕獲し、それを親船に積み替える単純だけどしんどい力仕事なのが、食事はコップ一杯の米飯にコップ一杯の水だけ。それを早朝から夜遅くまで続ける奴隷労働。幾らもしない内に、一緒にやって来たカンボジア人二人が相継いで海に投げ込まれ殺害される。船長はカンボジア人はヤワだ、とミャンマー人を新たに二人買い込んでくる。
最初から反抗的というよりも、生きて戻れない労働監獄船と喝破し、隙あらば逃げ出そうとしていた親爺さんが、この漁船の船長をスコップで海に叩き落すが、操舵士の男に拳銃で撃たれ、両手両足をロープで縛られてやっぱり海に放り込まれた。
それも、助け上げられた船長が、親爺さんと仲が好かったチャクラの手をエンジン・レバーに掛けさせ、発進させ親爺さんを八つ裂きにしたのだった。
さっそくその夜、一人きりのカンボジア人となったチャクラの使っていた枕を、新入りのミャンマー人が強引に取り上げ自分の物にしてしまう。
が、ある夜、そのミャンマー人が、深夜、船端で排便しているのを狙って、真っ暗な海に叩き落してしまう。奪われた枕を悠然と取り戻し眠りにつくチャクラ。
チャクラの中で、何かが弾けたのか、崩落してしまったのか。
最後には、その漁船の大体の操舵法すら会得したチャクラ、親爺さんの衝動的反撃を反面教師に、きっちりと計画立ててたった一人の叛乱を起こし、三人のタイ人を全員屠ってしまう。
船長の隠し金をバッグに詰め、故郷に戻ると、父親や家族が黙々と田んぼで働いている光景に遭遇した 。
しかし、あれだけ、何としても、この家族の下に帰りたかったのが・・・
やっぱし、ポスト・ポルポト40年・・・。
ポスト・ポルポト20年(1998年)の短編小説《 なぜ 》マイソン・ソティアリー著でも、大都市プノンペンで、両親とも子供達を見捨ててトンズラし残された小さな弟妹達を嫌でも面倒みなくてはならなくなった青年ネート、こっちは真面目な長男、押しかけて来る借金取り、弟妹達の学校での諸々の諸雑費、米櫃の底に残った一握りの米、正に万事休す的窮乏に、女ならまだしも、男故に如何なる潰しもきかず、やむなく金周りの好い友人の処へ赴く。
ところが、これがバイク窃盗団一味だった。
結局、ネートは、警察の張った罠にはまり、1人は女から強奪したバイクで難なく逃亡できたものの、まだ慣れぬネートは警官達に追われ、角から突然現れた乗用車と激突・・・小説はそこで終り、即死なのか跳ねられ警官に逮捕されたかは不明。
確かに、当時、プノンペンでまともに働く場所ってそうなかったようで、バックパッカー上がりの日本人の開いたパッカー相手の安レストランでも、ちゃんとしたどこの高級ホテル・レストランのウェイター・ウェイトレスかと眼が点になるくらいにきちっとしたスーツ姿の、恐らく新大卒か何かと思われる場違い的青年男女が、短パン、よれたジーンズにサンダル姿が大半のパッカー相手に、汗まみれに懸命に働いていたこともあったぐらい。
確かに、ジャパニーズ・レストランといえば、確かにそうだけど。
奴隷漁船・殺戮漁船って、古くは蟹工船・ある種の遠洋漁業船からザラで、遠隔過疎地での建設工事絡みの飯場・タコ部屋なんてのも戦前から跋扈し社会問題化されてきた同様の代物。
貧しさ故の出稼ぎって、これはもう貧困が世界を蔽っている限り、そのよって来たる社会構造故に、むしろ活況を呈し続ける類。
それを喰いものにする零細搾取、それを更に搾取する中小搾取・・・。
コロナ禍で一層拍車がかかるのだろうか。 因みに、この船で採れる魚って小魚ばかりだけど、これってひょっとして、タイでナンプラー、ベトナムでニョクマム、カンボジアでトゥック・トレイと呼ばれている魚醬の原料なのじゃないだろうか。
当方は、アマゾンで観たのだけど、ネットのこの映画評みてると、どれも判で押したように、「拷問」、つまり前園似の殺戮船長達が雇われた( 船長は買った、と表現 )出稼ぎ男達に拷問を加えていたのに言及してるけど、アマゾンのビデオじゃそんなシーンはなかった。
恐らく、皆映画を観ての評だったのだろう。
映画での特定シーンをビデオじゃカットすることはよくあるし、逆もある。
タイの殺戮漁船の船長、サッカーの前園真聖似のタナウット・カスロ、中々に不気味に鬼気迫って好演。タイのアクション系の俳優らしく、Siam Yuth: The Dawn of the Kingdom(2015年)じゃ俳優兼監督までやってるという。
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