カルカッタの朝のチャイ屋 旅先の一枚の写真
何の変哲もない如何にも旅行者が撮ったスナップ写真ってとこだけど、当時はまだ、英国植民地時代の名称カルカッタのままで、植民地主義大英帝国の残滓たる色褪せ朽ちた赤レンガ造りの洋館があっちこっちに佇んでいた。
悉皆、燻み切った街だった。
如何にも古色蒼然とした巨大なインド博物館脇の一画、バックパッカー達の溜まり場、サダル通り界隈。
パラゴン・ホテル、マリア・ホテル、モダン・ロッジ、サルベーション・アーミー(レッド・シィ―ルド・ゲストハウス)等の安宿が軒を連ねていた。とりわけパラゴンはベッド・バグ、モダン・ロッジは鼠の出没で有名だった。
当方は、大抵パラゴンに泊まった。
フルの時は、隣のマリアで空き待ち。
日本人も白人も多かった。
カルカッタは地理的に湿気が強いようで、パラゴンはもろその影響を受け、布団が湿りがち。陽当たりの悪い部屋は嫌われたものの、何しろ泊り客が多く、順番待ちってことになってしまう。当方はシュラフ(寝袋)を敷いた上で寝ていたので、それほど害を受けることもなかったと記憶している。
写真は、サダル界隈の路地のチャイ屋の恐らく朝の光景。
背後の建物はひょっとしてモダーン・ロッジだったろうか。定かじゃない。
客の大半は地元民達で、外人は少ない。
左に映っている少年は、主に、注文受けたチャイを6~8杯のグラスを収めるホールダーで運ぶ仕事に従事してて、インドのチャイ屋では普通の光景。田舎から連れてこられた勤労少年ってことで、インド風丁稚奉公。勿論、他の大人のスタッフ同様、店を閉めてから店先で寝起きする。
ここに坐ってチャイをチビチビ飲んでいると、所謂中産階級以下の種々様々なインド人達の人間模様が間近で見られる。クローズドな建物の中じゃなく、オープン・エアーの開放的な雰囲気が好い。
三十年の歳月を経てインド版“ 改革開放 ”宜しくとっくに小奇麗な通りと化してしまっているのかと、YOU TUBEで確かめてみると、サダルのパラゴン・マリアなんかが蝟集した一画は、そんなに変わってはいないようだったけれど、パラゴンなんかは落魄の趣きすら呈していて、コロナ禍の影響なんかでか、いよいよ危うい気配。
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