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2022年5月23日 (月)

とぎれないアメリカの長くて熱い夜 『わたしはあなたの二グロではない』( 2016年 )

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 黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの未完原稿《 Remember This House 》を元に、米国50~60年代のいわゆる黒人公民権運動の帰趨を、その象徴ともいえるそれぞれ諸派の代表メドガ-・エバース、マルコムX、マーティン・ルーサー・キングの3人の直接・間接のインタビューを通じて、ボールドウィンの視線から辿ってみようという試み。
 実は、一番華奢な感じのボールドウィンが最年長で、且つ、長生き(63歳)していて、3人は皆早々と30歳代で凶弾に斃れていた。そのことも、ボールドウィンには負目となっていたようだ。
 1950年代頃からテレビが普及していたこともあって、かなりの数のインタビュー・トーク番組のビデオが残っているらしく、うまく繋ぎ合わせて構成し、70年以上の歳月を隔てた今日でも、臨場感がある。

 

 

 当方もこの映画を観る迄はまったくその存在を知らなかったメドガ-・エバース、当時の黒人解放運動の中では、かなりアクチャルな存在だったのだろうが、この映画の中でも他の余りにも有名な二人に比して、割かれた時間も少ない。
 メドガ-・エバースは南部ミシシッピーのNAACP(全米黒人地位向上協会)の代表で、1963年に地元の白人至上主義団体の男に家族の面前で射殺された。犯人は捕まったものの、州当局の差し金で陪審員全員白人という絵に描いたような茶番、結局無罪釈放。それでも、1989年にその州当局の画策が明るみに出、再審となって、1994年に終身刑が下された。

 

 

 あまりにも有名過ぎたマーティン・ルーサー・キングは、バプテスト派の牧師で、平和主義的なガンジーの非暴力直接行動をモットーとし、白人との融和を計り、圧倒的な人気で黒人公民権運動のシンボルとも謂うべき人物であった。遊説先のメンフィスのモーテルのバルコニーで、銃殺された。犯人として逮捕された男は、何と強盗罪で服役中に逃亡していた囚人で、暗殺後、周到に準備された逃亡計画にのっとってすぐさま海外に逃亡。
 数ヶ月後にロンドンの空港で逮捕。
 米国に身柄を送られ、供述したものの、すぐさま陰謀に陥れられたと供述を翻したが、結局、禁固99年の実刑判決を受け服役。
 一目瞭然の組織だった犯行にもかかわらず、ジョン・F・ケネディー暗殺事件と同様、米国権力は、強権的に単独犯としてもみ消した。

 

 

 キング牧師と対照的に、所属していたイスラム組織NATION OF ISLAM( NOI )の影響下にあって、黒人至上主義故に白人社会への同化を拒否し、暴力的直接行動を謳うマルコムX、しかし、やがてNOIのトップ、イライジャ・ムハマドの余りの戒律を踏みにじった堕落さ加減にNOIと袂を分かち、正統イスラムめざしてのメッカ巡礼や世界歴訪を終えて新たに《 アフリカ系アメリカ人統一機構 》 OAAUを設立。彼に指弾されたイライジャ・ムハマドに眼の敵にされ、ムハマドに放たれた暗殺チームによって、ニューヨーク・マンハッタンでの集会場で殺害された。この暗殺事件も巧妙に仕組まれていて、現場で逮捕された3人の男の内二人は無関係だったにもかかわらず殺人罪で長期刑を受けることに。ニューヨーク市警すら関与していたという。米国権力の暗躍が見え透いているが、ご多分に漏れずの闇の中って定番。
 

 

 キング牧師も1963年の“ ワシントン大行進 ”、1964年のノーベル平和賞受賞等で運動を大いに盛り立てていったものの、その後の米国政府の弾圧と全米各地で発生した暴動の流れの中で、次第に急進的な方途とも謂うべきマルコムX的路線に接近してゆき、マルコムXもNOIを離脱し、世界の、とりわけ当時のキーワードでもある第三世界との交流で世界的視野を獲得し、キング牧師の方に歩み寄るようになっていったという。運動的柔軟性を持ち始めたってことなのか。そして、そこに折から世界を巻き込んだ変革運動の象徴ともいうべきベトナム反戦運動をも内に含み出したていったのが、何よりも、米国権力の逆鱗に触れたのであろう。
 米国権力にとっては、要は分離主義の台頭ってことなのだから。いずこの権力主義国家がもっとも厭うもの。
 インタビューでのボールドウィンの次の言葉が示唆的。

 

 「 もし我々がユダヤ人かポーランド人なら?
 ・・・だが、イスラエル人やポーランド人、国はどこであれ白人が“ 自由か死を ”と言えば ── 白人は拍手喝采だ。もし黒人が同じことを言ったら ── どうなると? 犯罪者として扱われ見せしめにされます。二度と反乱者が出ないようにね。」

 

 

 ジャズ・映画評論家の故・植草甚一が、『 ジェームズ・ボールドウィン君、この夏の黒人暴動が心配なんですが・・・』《 話の特集 》1968年9月号で、あるインタビューで、ボールドウィンが、“ ブラック・パワー”をぶち上げた学生非暴力調整委員会・議長のストークリー・カーマイケルに言及した箇所が、2022年の現代でも普遍的なくらいに正鵠を穿っている。

 

 
 「 そして彼(=カーマイケル)は、こういうんだ。もしアメリカに、こんなにも黒人がいなかったとしたら、白人たちは南アフリカの黒人たちを解放しようとしたかもしれない。つまりコミュニズムの恐怖を取りのぞくために、南アフリカを第二のベトナムにしてやろうと考えただろう、というのだ。ベトナムで起こっていることが、どういうことだとか、黒人たちは目つぶしをくわされないで、みんながよく知っている。そういった自由のための戦争じゃないんだ。ベトナム人のことなんか、てんで考えてはいない。それは黒人にたいすると同じように、西欧国家が物質的利欲と呼んでいるもののために戦っているんだ。われわれの過去、盗まれたダイヤモンド、盗まれた砂糖、それはみんな物質的私欲のためだった。」

 

                   
 映画内でも語られていたが、おとなしくしていたら、つまり良きサーバントでいたら、キリスト教的慈愛に満ち満ちた白人旦那たちが、大統領にも取り立ててくれるって寸法だけど、オバマが大統領になったからって、あるいはこの先、黒人女性大統領が生れたからって、米国の黒人たちの平等的解放なんておよそ程遠い代物。
 何しろキリスト=神が導いてくれた約束の地、先住民たちの虐殺・強姦・略奪の上にのみ成り立った合衆国であってみれば、血塗られた虐殺将軍=初代大統領・ジョージ・ワシントン以来、英国と覇を競うように世界にその因果の種子=一粒の麦を撒きつづけてきたあげくが現在の世界の惨状のありよう。それに比例するように、世界のキリスト教信者もうなぎ上りに増えつづけているという。
 そんな中での、新パラダイムの中での米国黒人たちの位置づけも微妙に変わりつつあって、白人・有色人種の間のクッションっの役割も担わされつつあるようだ。
 

 

 

監督・ラウル・ペック
ナレーター・サミュエル・L・ジャクソン
( 2016年 ) 

 

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