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2022年8月13日 (土)

 大正末 英露探偵物語 大泉黒石『 四輪馬車物語 』

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 大泉黒石の探偵物といえば、短編集『燈を消すな』( 昭和4年 )の《 六神丸奇譚 》ぐらいしか知らない。尤も、黒石があっちこっちの雑誌に発表した短編は大半が埋もれたままだから、探せば結構あるのかも。
 この大正15年(1926年 )12月1日発刊の雑誌《 雄弁 》に掲載された、《 探偵小説 四輪馬車物語 》もそんな一つで、黒石風に屈折した時代状況を反映した探偵物。

 

 「 外を張り番して居た警官達は何をしていたんだろうな? あれだけ注意して置いたんだから、よもやと安心していたんだがーー何故打ち止めなかったんだろう?」

 

 

 一晩中、ワルシャワ市内を、多数の警官を動員して、逃走犯追跡の大捕り物をやらかしたのはよかったが、捕まえれたのは雑魚ばかり。肝心の親玉は、眼と鼻の先でまんまと逃げおうせてしまった。事件の担当者・探偵イワンが、助手のガルシンに零した言葉だった。
 時代設定当時のワルシャワ=ポーランドは、まだロシア帝国の支配下。
 第一次世界大戦直前の、欧米列強とロシア、バルカン半島諸国がありとあらゆる利害打算、権謀術数の権化と化して一触即発のキナ臭さの充満した時代状況の真っ只中。ロシア・ツァーリ政府に雇われているのか探偵イワン、更に零す。

 

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 「 ・・・然し余りに独断に失した行動だね。探偵術と云う物は、そんな物じゃない。常識的に考えられる必然性にのみ視点を置く事は、少なく共( とも )大きな疎漏だよ。僕が第一に不安に思ったのは即ち其処だったんだ。此( こ )の前の失敗だって、矢張り此の僅かな疎漏から来ているんだからなあ、だがどうも仕方ないさ、結局は僕の失策と云う事に起因するんだから、万全を期する為に多勢を頼った生涯の不覚さ。モスクワの事件の時に、既に気がつかなきゃならなかった事だ。」

 

 

 「 未だ此の市( まち )に居る事は確かだ、何処かに隠れて居る。今の中( うち )にやっつけて了( しま )わないと、国外へ逸走したら大変だ。内地に居る間は、遅かれ早かれだが、ーー何( なあ )に、奴が奴なら此方( こっち )も此方さ。一件物( いっけんもの )を取り返す取り返さないよりも、それを奴の手から他へ渡させない事と、彼奴( きやつ )を国外へ逃れさせない事が、最も急を要する大問題だからね。」

 

 

 件の逃走犯、スタニスラフスキーはだしの変装の名人たる若いのっぽの英国人ウイリアム・モリスは、何と英国の諜報員。 
 同じ穴のムジナらしいゴネツキーが誰かからくすね取った一件物を、彼を殺害してまで奪ったモリス。
 一件物=置物=人形。
 モリスはその置物人形を手中にしたものの、果たして、その置物人形に隠された秘密まで知悉しているかどうか、定かじゃない。

 

 

 「 恐らく、知るまいと思う。モリスも今のように身体が忙しくちゃ、先( まず )安心だ。併し長く持たせる事は危険だ。奴もぼく等の裏を掻こうって程の男だから相当の時間を与えたら屹度謎を解くに違いない・・・」

 

 

 実は、ゴネツキーの内ポケットの中に、置物人形の秘密を記した手帳が隠してあったのを、イワンが見つけたのだ。モリスは格闘的状況にあって端折ってしまい捜し損ねたのか。そこには暗号の覚書が記してあった。
 

 

 「 ワルソー市街の目抜きの場所、常時、文明謳歌の合唱( コーラス )を奏でられつつある辺り、余程離れた場所の工場街道を行く人間も余程毛色が変わって見すぼらしい。革の靴も満足に穿けない労働者等が、木靴の底を騒々しく敷石の上を引きづり乍ら、往来している。
 それでも酒場は彼等の楽園で安火酒( ウオッカ )の酔いに乗じて、怒鳴り、わめき、床を踏み鳴らす。がむしゃらな喧騒が毎夜の如く、繰り返される。彼等は不断の鬱積せる心情のはけ口を、求めているのだ。此の辺りを警戒する巡査は、心得たもので、死人でも出ない限りは、大概の事は知らぬ顔に見逃しておく、事実上の治外法権、どん底の巷である。」

 

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 そんな貧民窟の入口に、市営職業紹介所があり、工夫、日雇人夫、女中、派出婦等の募集ビラがいつぱい貼り付けてあった。
 空腹と垢染み煤けた風貌の襤褸をまとった男達で犇めいた求職者控室は、彼等の異臭が充満していた。裁判官の如く横柄な受付の事務員達がさっさと昼食に席を立つと、残された男達の怒りと罵声が一斉に部屋中に響き渡った。
 その中に、ことさら猫背を偽った長身の男とうたた寝を装った50年輩男の姿があった。紛れ込んだモリスとイワンであった。が、イワンの一瞬の隙を衝くように、イワンに気付いたモリスが苦り切った表情を浮かべ姿を消した。

 

 

 その日の夕方6時、溜まり場のカフェで憩うイワンに、部下の一人が、たった今警察から届いた情報を知らせに来た。
 遠隔の地ピアロストックの警察から、照会のあった奇怪なる置物人形を持った紳士を拘留し留置所に身柄を確保している故、即刻の聴取を乞うというものだった。

 

 

 「 彼は、何が何だか、薩張( さっぱ )り訳が分からなくなって了った。先刻、昼頃、職業紹介所の控室で瞥見して、人混みの中で惜しくも、姿を見失った男は、確かにモリスに違いないと睨んだんだがーーさては? あの足で、直ぐ、厳重な警戒線を突破して、巧みに逸走したのかな?・・・否、併しそれは絶対に不可能な事だ。・・・上り列車の、午後、第一番に此の市( 待ち )を発するのは、一時半である筈だ。ピアロストック迄は、特別急行列車でも、少なく共、数時間を要する。俺が彼奴( あいつ )を見たのが、丁度正午頃、犯人逮捕が午後三時、彼には既に共謀者は、無い筈。ーー余りに辻褄が合わぬ。有り得べからざる事だ。」

 

 

 注 : ピアロストックは、ベラルーシ国境近くの都市 ビャウィストクbialystokのことだろう。ドイツ側と真反対。

 

 

 真夜中に駅に到着し、四輪馬車( ドロシキ― )を飛ばして警察本署に向かった。 その取調室で見(まみ)えたのは、果たして、モリス当人・・・否、彼と兄弟のように似た別の、イワンの顔馴染みの男であった。

 

 

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 「 彼の驚いたのも道理( ことわり )、彼の古くからの親友であり、外日( いつぞや )、彼の善良な、ロシア青年士官ピョートル・ゲラシモウィッチを闇討ちして、『 密書 』を奪おうとして、失敗した悪漢が、名を騙った、英国外務省の密偵ア・エヌ・ストロンスキー其の人であったからである。彼は長く政府の重命を帯びて、南欧バルカンの国々の間を経巡って、密偵( スパイ )生活を続けていたが、今度漸く休暇を得て、故国へ帰る途中、此の不慮の災難に会ったらしい。よく見れば、成程、彼の顔付は、モリスと、兄弟と言い度い位い、よく似てる。」

 

 

 ひょっとしてモリスの罠かも知れぬと半信半疑にやって来たのだけども、しかし、別人のはずが件の置物はちゃんと持っていた。聞けば、昨朝、ワルシャワの宿で、変な労働者風情の男に10ルーブルで売りつけられたという。ゴネツキーの暗号の覚書に記してあったとおり、置物人形の首を廻してみると、果たして、首が外れ、胴体に紙片が隠してあった。が、それはモリスがイワンを嘲笑する落書きであった。
 
 その頃、ワルシャワの西北、露独国境にほど近いブロツクの町の、とある旅人宿の裏三階の一間に、逃げおおせたモリスが潜んで居た。夜明け前、階下が騒がしくなった。イワンの配下や警察の知るところとなったのだ。二階の窓から電柱に張られたワイヤーを伝って地上に降り、暗い街路を疾走した。それでも、街中に張り巡らされた包囲網の、もはや袋のネズミに過ぎなかった。郊外の森の中に潜んで居たものの、疲労と飢えに堪えかね、誘われたかの如く、ヒョロヒョロと食料品店に迷い込んだところを、一斉に踏み込まれ、あえなく逮捕。

 

 

 数日後、ツアール・スコエセロの豪壮な邸宅のベランダに、探偵イワンとこの事件の最初の責任者であり被害者でもあるアンドレイ・アンドレウィッチの姿があった。アンドレイが口を開いた。

 

 

 「 それで、文書の方はどうなったのです? 機密は完全に守る事が出来たんでしょうか。お話の風ですと、国外へ持ち出した者はいない様ですけど・・・」

 

 

 「 あー、其の事ですよ。ご安心ください。秘密は、徹頭徹尾掩( おお )い隠し得ました。其れが、せめての、目っけもんですよ。此の上暴露( ば )れでもした日にゃ、目も当てられやしない。外政上の事は、此んな小さな事には、こだわっていられない、露仏秘密条約が無事締結されて、公に発表されたのは、モリス捕縛の翌日でしたからね。つくづく自分のお目出度さ加減を見せつけられて、唖然たる有様ですよ」

 

 

 「 秋既に半ばの涼風が、厳冬の襲来を予告しようかと云う頃。
 こう云う事件が、北欧の一部を騒がした翌年、あの大きな、悲惨な、煉獄が、欧州の野に現出したのだ。戦前の一挿話。長ったらしかった此の物語りも、此れでお了いである。( 終り )」

 

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 “ 翌年、欧州に現出した未曽有の悲惨と煉獄 ”といえば、第一次世界大戦以外にはあり得ないだろう。それ故の“ 戦前 ”。只、黒石がここに展開した英・露の機密情報争奪戦の時代設定は些かブレていて、これは黒石が頻(よ)く使う韜晦術。最悪、検閲等の権力的追及をかわすためでもあろう。
 この大正末年は、年明け早々、初の治安維持法違反なる京都学連事件なんかが起こり、3月には、朴烈・金子文子夫妻が天皇暗殺=大逆罪で死刑判決(朴烈事件)を受け( 翌月恩赦で無期に減刑も、二人とも拒否 )、4月には“ 恐喝罪 ”で逮捕されていたギロチン社のリーダー格の中浜鉄が同じく英国皇太子や摂政宮・裕仁暗殺計画を仄めかしていたための、しかし表向きは“ 恐喝罪 ”のままの死刑執行という、仄暗い昭和のファンファーレともいうべききな臭さが漂い始めた時節でもあった。6月には植民地・朝鮮ソウルで、最後の国王・純宗の葬儀に乗じて、“ 朝鮮独立 ”を企図した6・10万歳運動が発生。逮捕者約200人。
 
 
 第一次世界大戦終わって8年にもなるのに、何故、第一次世界大戦なのか。
 この戦争が元々、フランスとロシアそれに英国がつるんだ三国協商、それに対したドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟間の対立に根を持った、欧米列強(ロシアも含む)およびバルカン諸国の複雑に入り組んだ確執・角逐、帝国主義的な論理的帰結であり、バルカン=サラエボ事件に直接端を発したものであった。
 1914年6月28日に、サラエボで、オープン・カーに乗ったオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるオーストリア大公フランツ・フェルディナントが、ボスニア系セルビア人の青年ガヴリロ・プリンツィプによって拳銃で暗殺された事件であった。
 これはセルビア軍内の民族主義的な組織だった暗殺計画( 勿論、その策謀の大元が何処であったかは別 )で、最初他のセルビア人メンバーが投擲した爆弾が時限発火爆弾だったため後続の車を吹き飛ばしてのすったもんだの後での、路地に迷い込んだ大公車両を見つけたプリンツィプが乗降用ステップに駈け昇り、極至近距離からの大公夫婦狙撃であった。

 

 
 因みに、プリンツィプが暗殺に使用した銃は、ブローニングのセミオートマチックMⅠ9Ⅰ0で、弾は380ACP。シリアルナンバーはⅠ9074。このMⅠ9Ⅰ0は、元々セルビア王国向け生産モデルだったという。つまり軍用配給品をそのまま使ったってことになる。

 

 

 サラエボ事件じゃ、もう王族の移動手段は自動車であったが、この短編のタイトルにもなっている四輪馬車は、物語の中で、“ ドロシキ― ”とロシア語のルビをふっていることからも、いやでもロシア王族の四輪馬車を想起させる。
 四輪馬車=テロリズムといえば、もう世界史に刻印されるぐらいに有名で、ロシア革命前の十九世紀後半から、革命派の常套手段であった。
 有名なのは、アレクサンドルⅡ世暗殺事件で、1881年3月13日、ロシア帝国の首府サンクトペテルブルクで発生。
 革命組織『人民の意志』党の4人と逮捕された夫に代わって現場の指揮をとった女性テロリスト=ソフィア・ペロフスカヤの計5人で実行された。4人は皆それぞれに爆弾を隠して現場に待機したしていたが、実際に投擲されたのは2発。
 Ⅰ発目は、防弾装備の皇帝(ツァーリ)の馬車に大した破損を与えなかったものの、一命を取り留めた皇帝アレクサンドルⅡ世がショックで外に這い出て来て、右往左往する家臣達にねぎらいの言葉を発している間に、イグナツィ・フリニェヴィエツキが傍まで近寄り2発目を投擲。フリニェヴィエツキともども皇帝達や周辺に集まって来た群衆もろともなぎ倒した。
 ソーニャ・ペロフスカヤは、もし爆弾攻撃がすべて失敗した際、とどめを刺すべきピストルと短剣を隠し持っていたという。

 

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 それ以上に有名なのが、アレクサンドルⅢ世の弟、モスクワ総督( 事件直前に辞任したらしい )・セルゲイ大公の暗殺事件で、血の日曜日事件の翌月、1905年2月15日、モスクワ・クレムリン郊外でセルゲイ大公の乗った馬車に、社会革命党戦闘団のイワン・カリャ―エフが爆弾を投擲し暗殺。
 その数日前にも、セルゲイ大公の馬車に爆弾を投げ込むチャンスがあったのが、大公の隣に甥の子供達や妻のエリザヴェータ・フョードロヴナ大公妃が同乗していたので中止した経緯があったりして、A・カミュの小説やあの宝塚歌劇団の演目になるくらいに人口に膾炙した事件であった。
 そのカリャ―エフ、ロシア警察警部の父と貧しい貴族の娘であったポーランド人を母に持つワルシャワ生まれの詩人でもあった。大学はセント・ぺテルスブルグ大学に通い、やがて学生運動に没頭。社会革命党戦闘団のメンバーとなる。事件の3ヶ月後に早々と絞首刑。
 

 

 黒石がここで展開した物語、英・露の秘密外交文書争奪戦、実際に当時の海外雑誌に原型となるものが載っていたのかも知れないし、純粋に黒石の創作的虚構なのかも知れないけれど、仏・露・英の三国協商の関係にあったのを前提とすると今一つピンとこない。が、現実にはそんな最中であっても、ギリギリまでの疑心暗鬼って充分にあり得る事態でもある。但し、黒石の筆致にそんなスリリングさは見られない。
 むしろ、当時の日本の状況の只中に有って、黒石は、第一次世界大戦前のサラエボを想起し、更に、革命前の帝政ロシアの状況、ツァーリ専制支配に対する革命派、就中テロリスト達の暗殺事件を見据えていたのだろうか。
  
 
 因みに、この短編、紙数の割にゃ挿絵がけっこう入っている。当時、内外の探偵小説を中心にした月刊《 新青年 》の表紙画を長期に渡って担当していた松野一夫
の作で、4点。

 

 月刊《 雄弁 》第17巻第12号 大正15年12月1日発行( 大日本雄弁会 )
  大日本雄弁会=講談社の前身。
 探偵小説《 四輪馬車物語 》大泉黒石 計14ページ ( 260p~273p )   

 

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