怪奇小説 一體二心物語 (二) 大泉黒石
講談社の前身 《 大日本雄弁会 》 発行の月刊 《 雄弁 》 に掲載された大泉黒石の探偵物 《 四輪馬車物語 》 、実は半年に渡って連載されていたのが後になって分かってしまって、幾ら戦前の出版事情の情報が五里霧中的にお粗末極まりないものであったにしろ、単体的作品と決めつけたのは些か軽率であったか。
ところが、もう一作、連作物の体裁をとりつつ、実はたった二回で終わってしまったものがあるのが分かった ・・・・・・ ( 本当に ? )
それが、大正十五年( =昭和元年 )発刊の 《 雄弁 》 に掲載された 《 怪奇小説 一體二心物語 》 で、これは2021年6月に、既にこのブログで《 怪奇小説 一體二心物語 大泉黒石 》のタイトルで紹介していた。
これは大正十二年、《 春秋社 》発刊の《 血と霊 》の再版ともいうべきもので、今回懸案だったその翌月( 2月 )号に掲載された2回目 《 怪奇小説 一體二心物語 》 を見る機会をようやく得て、12ページ程度なのに丹波黙仙の挿絵が三点も這入っているのに感心してしまった。
前回、短絡的に 《 血と霊 》 と同じ文章ってことで、 《 血と霊 》 の文章をそのまま再版したものと断じてしまったが、今回の大正十五年( =昭和元年 )、《 大日本雄弁会 》 発刊の雑誌 《 雄弁 》二月号 の 《 怪奇小説 一體二心物語 》 をじっくり確かめてみたら、結構相違があるのが分かった。
これは前回全く気にしてなくて実に迂闊だったが、《 血と霊 》 に較べて、というより全部の漢字という漢字にルビがふってあった。《 血と霊 》 がドイツ表現派的映画( 日活 : 監督・溝口健二 )の原作ってことで些かハイソな層向け故のルビの少なさなのか、今回の雑誌《 雄弁 》という一般大衆向け総合雑誌の読者層に合わせての所作なのか。
小さな異同も、句読点や、ベトレヘム→ベツレヘムなんて綴りの変化もあって、一応は黒石、自らが訂正・改訂したってことだろう。
物語自体の変化・変容はなく、多少の表現の異同ぐらい。
《 血と霊 》 じゃ杉貞子の「展観会」となっていて、意味は確かに「展覧会」と同じだけど、大正時代は「展観会」と呼ぶ云い方もあったのかと感心していた。(尤も、後の別の個所では「展覧会」と記してあった。) ところが、数年後のこの作品では、「展覧会」と変わっていて、これは素直に時代的変遷に対応したものと了解すべきなのか、それとも黒石の恣意的産物なのか。
黒石、結構絵画が好きなようで、あっちこっちの画廊等を訪れたりして、美術雑誌なんかに感想・評なんかを書いたりしてるので、そんな呼称に疎い訳もない。
鳳雲泰の寝室に飾っている絵画に言及した際に挙げた画家たちの名も、ちょっと変化している。
「 チントレットやホルバインやゴロイツェやシャドリンなどの版画を飾ってます。」
《 血と霊 》 29 頁
「 チントレットやゴロイツェやモヤドリンなどの版画を飾ってます」
《 怪奇小説 一體二心物語 》
以下、若干修正例を挙げると、
「 私は耳環が手に戻って大変うれしいのですが、これは今日かぎり私の物ではなくならねばならなかったのです。妙な事を云う様ですが、『 楊妃の瞳 』の耳環はあなたに差上げるつもりで、実は私の弟子の、秀夫と云うやつと二人で、一生懸命に仕上げたのです。」
《 血と霊 》 29 頁
「 私は耳環( みみわ )が手に戻って大変うれしいのですが、『 楊妃の瞳 』の耳環は、あなたに差上げるつもりで、実は私の弟子の、秀夫と云うやつと二人で、一生懸命に仕上げたのです。」
《 怪奇小説 一體二心物語 》
「 乳母は自分が死ぬと聖母マリアが祭壇の上から下って来て、自分の額に沁み出る臨終の汗を、御裳の裾でソッと拭いて下さるという信仰を抱きながら、実は主人杉貞子が、一人まえになり、そこで最早この世に思い残すことはないので、いつでも死ぬ覚悟をしている、と云うよりは、早く死にたいと願っていたのでした。」
《 血と霊 》 37 頁
「 乳母は自分が死ぬと聖母マリアが祭壇の上から下って来て、自分の額に沁み出る臨終の汗を、御裳( おんも )の裾でソッと拭いて下さるという信仰を抱きながら、主人杉貞子が一人前の女になり、そこで最早この世に思い残すことはないので、いつでも死ぬ覚悟をしている、というよりは、早く死にたいと願っていたのでした。」
《 怪奇小説 一體二心物語 》
「 『その男の呼び出し場所を調べてみればよかったのに』と杉貞子は気がかりになる様子で言いました。彼女の心には、いつの間にか、一種の不安と疑惑の影がさし込んでいたのです。気強い性( たち )だとは云うものゝ、やはりこうした事に面と向かえば、うっちゃって置くことも出来なくなるのでした。それが杉貞子と云う女なのかも知れません。」
《 血と霊 》 41 頁
「 『その男の呼出場所を調べて見ればよかったのに』と杉貞子は気がかりになる様子。彼女の心には何時の間にやら一種の不安と疑惑の影が差し込んでいました。気強い性( たち )だとは言うものゝ、矢張りこうしたことに面と向えば、打ち棄てゝ 置くことも出来ない。それが杉貞子と云う女なのかも知れません。」
《 怪奇小説 一體二心物語 》
半年後の同年十月特大号からは《 四輪馬車物語 》の連載が始まっているので、この二月号で打ち止めに違いない。《 血と霊 》の発行元《 春秋社 》からクレームでもついたんだろうか。
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