民衆蜂起・疫病・魔術蔓延る17世紀初頭パリ 魔法の手=ネルヴァル
生来の盗癖故にとうとう刑死し、その美しい手指もあって役人に右手首を切取られ居室に飾られてしまった湘潭一とその美貌を噂された若き黄夫人、ところが、その手首、あろうことか彼女を官憲に売った義弟・黄隆泰への怨念と化し、東シナ海を越え、長崎まで黄隆泰を追いかけて来て、あげくの陰々たる復讐譚《 黄夫人の手 》だった。
その作者・大泉黒石の二世代前、1808年生れのジェラール・ド・ネルヴァル、社会的困窮、パリ・六月蜂起、折からフランス中、否ヨーロッパ中に蔓延し多くの犠牲者をだした黒死病=コレラ疫等で物情騒然とした1832年に、この《 魔法の手 》La Main enchantéeを書いた。奇しくも、黒石が《 黄夫人の手 》を月刊『 中央公論 』に発表したのも、戦後( 第一次世界大戦 )恐慌や全世界的パンデミック・スペイン風邪蔓延の真っ最中だった。
フランス語にも長けてたらしい黒石、フランス語経由でホフマンなんかも読んでたろうし、当然にネルヴァルのこの作品を読んでいた可能性も高い。似た体臭も漂っていなくもない。
ネルヴァルって名前だけは昔から知っていて、現代思潮社から出ていた《 幻視者 》はタイトルからして食指を動かさせられていたものの、結局今日まで到り、ようやくこの日影丈吉・編『 フランス怪談集 』の 《 魔法の手 》 を一読できた次第。
占星術師ノストラダムスに戴冠を預言されたというアンリ大王治世の末年、17世紀初頭、アンリ自身が命名したドーフィーヌ広場を囲む一画に、パリ奉行所民事代官・ゴディノ・シュヴァシューの居所があった。
小柄ででっぷりした、赤毛の髪には白いものが混じりはじめ、濃い眉の下に薮睨みの眼。大きな口。皮肉な口調。先の角ばった鼻に小さな耳。
「血のめぐりの悪い心に含みのない単純な人物」を厭わしく思うような「才知と術策」を無上の価値と尊ぶ、かなりシニカルな民事代官であった。
「 何といっても、日々彼の前に『 気ままな生活 』 と非凡な手管を汲めどつきぬ多様さでくりひろげている、かっぱらい、詐欺師、巾着切り、ジプシーといった連中の一大部族にしくはないものと彼には思えたのである。」
「大きな組織を持った盗みは、何物にもまさって巨大な富の分散と小さな富の流通とに寄与するので、その結果生ずるのは、ひとえに下層階級の福祉と解放だ、と彼は理解していた。」
彼がオーダーした服を持ってきたラシャ服飾商グーバール親方の奉公人・青年ユスターシュ・ブートルーに、縁の欠けたエキュ―銀貨を呉れてやる。
帰路、ユスターシュはアンリ大王が建てたポン・ヌフ( 新橋 : 幅22メートル 全長238m )に向かう。
「 セーヌ河を横切って流れる民衆の大河をきわけかきわけ、大骨を折って進んでいった。人々は、まるで水面に浮かぶ流氷のように、ちょっとした障害物にも停滞し、ここかしこ、手品師、唄うたい、呼び売り商人などのまわりで無数の渦や逆流をつくりながら、橋の一端から他端へ、のろのろと流れていく。」
ポン・ヌフの上の半月型の展望台で大道芸をしている古い道化師の衣裳を纏った“ ジプシー風の容貌 ”の奇術師・ゴナン先生に運勢を観て貰い、首吊台と漕役船を宣告されてしまうが、法官シュヴァシューに言われた通り、彼に貰った1エキュ―銀貨を渡す。
1665年の版画だと、橋の両側にずらり屋根付きの小さな建物が並んでいて、恐らく商店なんだろう。この小説の舞台設定に近く、猥雑なまでの殷賑さが伝わって来そう。
ところが、1777年のN.J.B.ラグネの絵だとそんなものは綺麗さっぱり無くなっていて、この小説が書かれた1832年のジュゼッペ・カネッラの絵では、今度はアーチの支柱の上の見晴し台が小さな屋根付きの建物になっていて、これも店舗らしい。それでも、1855年に施政上の問題で、橋の上の店(屋台風の出店も)は一斉に撤去されたらしい。
因みに、カネッラの絵には、セーヌ川の手前側に、桟橋に繋がれた艀のような巨大な洗濯場らしいものが描かれていて、時代相を窺わさせる。
その後、ユスターシュは、背が高くすらりとした金髪の商才に長けた親方の娘、ジャヴォット・グーバールと一緒になったものの、以前から、クロカンの乱、つまり国王に対して人頭税支払いを拒否し蜂起した叛乱農民制圧のため派遣されてきた彼女の甥・騎馬銃士が、最初二人の結婚式に列席するためにやって来ていたに過ぎなかったのが、いつまでも家に居座り続け、それも常に新妻ジャヴォットの面前でユスターシュを嘲笑しつづける無神経ぶりにホトホト嫌気が差していた。
「 人の好いユスターシュを最も不愉快にしたのは、いつでも相手が彼を小僧っ子のようにあしらい、風采のあまりよくない点をことさらにあげつらい、要するに、何かにつけて、ジャヴォットの面前で笑いものにしたことで、これは、新郎が貫録をもってこの家に身を落ち着け、将来のための立場を築かねばならぬ新婚早々の時期にあたって、何とも都合の悪いことだった。」
ある夕方、思い余って酔って戻って来た甥を締め出そうとドアを閉めたユスターシュ、当然に一悶着、堪忍袋の緒を切って、とうとう決闘を軍人相手に宣言してしまった。
興奮から醒めてスッポかしたものの、決闘時間が過ぎると、甥の代理人が現れ、翌日同時刻に再度の決闘を通告。ユスターシュも意地になり、ポン・ヌフの南端川沿いのシャトー=ガイヤールに住むゴナン先生の居所に赴いて相談し、右手に魔術をかけられる羽目に。挙句、その代金が何と100エキュー。
「・・・で、結局、代金のかたには何が欲しいのですか ?」
「 お主の片手だけで」
ゴナン先生、 《 大アルベルトゥス 》 ( 十三世紀の神学者の魔術書 ) の 「一騎打ち」の項を開いて、素焼きの壺に呪文を唱えながら、種々の材料を入れて掻き混ぜ、その混合薬を、ユスターシュの右手の手首までべっとりと塗りつけた。とたん、右腕に異様な変化が起きた。
プレ=オ=クレール( パリの昔から決闘によく使われた場所 )で、それぞれの立会人含めて計4人が対峙し、剣の心得すらないユスターシュが、銃士の胸板を深々と刺し貫いて勝ってしまった。というより、腕自体が勝手に強力な動きを発揮したに過ぎず、ユスターシュ、青空を見上げたままピクリともしない銃士の屍を見て、あわてて逃げ出した。
ユスターシュ、民事代官シュヴァシュー先生に、件の決闘事件の顛末を告白し、民事代官は事件をうやむやにするのを請け合って呉れた。
ユスターシュを玄関まで送り出そうとした正にその時、そのシニカルな高齢の民事代官に、ユスターシュの手が強烈な平手打ちを喰らわせた。ユスターシュは驚き、老民事代官の足元ににしがみついて詫びたものの、その後も続けざまに手が民事代官を襲い続けた。
結局、ユスターシュは、決闘での兵士殺しと法官への暴力行為によって、シャトレの石牢に放り込まれてしまうことに。
ある日、突如、石牢に奇術師ゴナン先生が現れた。
ユスターシュが罵ると、
「 お主が十日目に約束の金を持ってまじないを解きに来なかったのを、わしのせいにするのか ? 」
奇術師がポケットから取り出したアルベルトゥス・マグナスの書物の一説を読み始めた。
「 絞刑囚ヨリ、手首ヲ、アラカジメ死ニ先立チテ買イトリキ、コレヲ死体ヨリ切リトリ、心シテ拳ヲホボ握ラシメタルママ、・・・・・・カクノゴトク整エラレタル手首ハ、《 栄耀ノ手 》( ラ・マン・ド・グロワール)ノ名ヲ与エラルルモノトス」
処刑の朝、以前よりも明るい独房に移され、教誨僧の説教を受け、トランプに興じ、二時になると、シャトレを後にし、ドーフィーヌ街の入口になっているオーギュスタン広場に護送された。
石の首吊台で、最後の祈りの願いも断ち切られ、執行。
が、すっかり身動きしなくなったユスターシュの屍の腕だけが動き始め、首吊役人がもはや脈拍もない男の踝の動脈を切ってみると血も流れなかったものの、件の民事代官の時と同様に、首吊役人にも襲いかかった。役人はナイフでその腕を斬り落とした。
途端、その「魔に憑かれた手」は、高々と飛び上がったかと思うと、群衆のど真ん中に落下し、恐怖した群衆が左右に分かたれた道を、シャトー=ガイヤールの小塔まで飛び跳ねながら突っ走り、塔の壁を昇って、ジプシー・ゴナン先生の待つ小窓まで辿り着いた。
ベルフォレは次のような言葉で結んでいる。
「 コノ椿事ハ、注釈・註解・評釈ヲホドコサレテ、常ニ奇談怪談ヲ求ムルコト熱烈ナル一般庶民ノミナラズ、長ク上流人士ノ話題トモナリタルモノ。・・・」
但し、この本の末尾の訳者の注釈にもあるように、ベルフォレの《 ベルフォレ悲史集 》の件りは、作者ネルヴァルの創作のようで、脚色・韜晦の類ってことらしい。黒石の常套的韜晦も、ひょっとしてここら辺に淵源があるのかも知れない。
ネット見ると、元々スカンジナビアの伝説であったものを、12世紀末、サクソ・グラマティクスが《 デンマーク物語 》で取り上げ、更に1570年、ベルフォレが《 悲話集 》の中で言及あるいは紹介したものが、シェークスピアの《 ハムレット 》の原型となったという。
実際の実物の『 魔法の手 』自体は、ヨーロッパでは比較的人口に膾炙したとまではいかないのだろうが、それなりに知られた魔術的産物で、その手の博物館なんかには陳列されていたようだし、現在でもあるようだ。
人体丸ごとの陳列も、つい最近まで、タイ・バンコクのチャオプラヤー川沿いの大きな博物館の一室に煌煌と照らし出されてシー・ウィー( 当初から冤罪が疑われていたという )と呼ばれた中国からの出稼者の黒々と変色した骸が展示されたりしてたもので、世界中に同種の陳列・展示が見られるのだろう。
黒石もそのくらいの知識はあったであろうし、斬取られた黄夫人の手が役人の居所に飾られた、というエピソードもそこから来たものだろう。 只、作品中じゃ、実際には何処に飾られかは触れられてなくて、ひょっとして役人の居所じゃなく、ヨーロッパと同様なもっと公的な場所を発想していたのかも知れない。
日本じゃ、今一つピンとこない。
日本だと、もっぱら斬首=晒し首。
中国同様、往来の要所に高々と高札と共に掲げられてきた。要は、庶民に権力の威力を見せつけるための見せしめ。
ところが、所ろ変われば品変わるで、アーサー王の根拠地ともいえるケルト=ブリトンのアニミズム的産物としての生首信仰から始まって、ヨーロッパ自体が、昔から生首志向強い文化だったようで、ヨーロッパ絵画に生首が登場するのは珍しくない。
つまり、生首志向は汎世界的なんだけど、手首信仰はやはり少数派のよう。
因みに、法官シュヴァシューがユスターシュに呉れた縁の欠けた一エキュー銀貨って、ジプシー奇術師・ゴナン先生にも渡って来るのだけど、これって些か意味深な描かれ方してて、当時のフランスや、あるいはオカルト的な隠された意味でもあるのだろうか。
魔法の手 La Main enchantée ジェラール・ド・ネルヴァル
(1832年 ) 訳・入沢康夫( 河出文庫 )
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