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2023年5月14日 (日)

蒸発的至福  つげ義春のわび湯幻想

Photo_20230514221101

 

 

 最近、久しぶりに新刊書を二冊も買ってしまった。
 以前から《 図書 》( 岩波書店 )に大泉黒石に関して連載をしていたので、いづれ、ある程度貯まったらアンソロジーとして出すんだろうと期待して待っていたのが、ようやく出版された四方田犬彦の《 大泉黒石 》( 岩波書店 )。
 その広告の同じネット・ページに載っていた、つげ義春の新刊かと思ったら、つげ義春の温泉をテーマにした関連本だった岩本薫《 つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘味な世界 》( みらいパブリッシング / 発売・星雲社)。

 

 
 《 ガロ 》に掲載するようになってから、長年の閉塞的生活からようやく旅というものに興味を覚え始めていたある日、偶々開いた古い旅行本の朽ちたような湯治場の写真に思わず惹かれてしまって、憑かれたようにその東北の温泉地へ赴いたという。 
 秋田の八幡平・蒸之湯(ふけのゆ)であった。
 
 「 馬小屋のようにみすばらしい宿舎に泊まり、乞食の境涯に落ちぶれたような、世の中から見捨てられたような気分になり、奥深い安堵を覚えた 」 

 

 

 ガロ時代からの、いわゆる仄昏い路地裏の散歩者風味からすると特別な違和感ってものはないものの、あらためて現実世界での生なリアルなその落魄した佇まいに、つげの心奥に不確かなままわだかまっていたものが、俄かに溶けだしたのだろう。つまり、自身の本来的居場所の了解性。
 つげ自身の著した《 つげ義春の温泉 》( ちくま文庫 )に掲載された蒸之湯温泉の写真でも、いかにもつげの作品世界そのもののように、蝟集した褪せた板塀の粗屋の間から湯けむりが朦々と立ち上がっている。
 燻すんだ昭和の景観そのもの。
 当方は、温泉趣味の一片だにない類だけど、つげの撮った写真を見るにつけ、たしかにある種の原郷を覗き見た思いに駆られ、入浴はともかく、とっくに忘れ去られたかつての人々の息吹がそのまま刻印された眠ったような佇まいをせめてカメラに撮っておかなかった自身の迂闊さに後悔の念すら覚えてしまった。

 

 

 「 結局ね、死ぬに死ねないで生きていかなくちゃなんないわけですから、どうやって生きるのがいいのか考えると、乞食か山へ入るか、その辺しか考えられないのね。それももちろん死につながるものとしての乞食とか山人とかなんですけどもね。
 それで考えたんだけど、乞食のことをね。乞食になって、腐ったものを食べ、ボロをまとい、その辺で寝てしまうとか、ノミ、シラミはたかり不潔になって、ボロくずのようになれば、意識も死んでいるのか生きているのかも分からぬような、混濁してゆくんじゃないかと思えるんです。死の怖れもなくなるんじゃないかと。」
                                                                       つげ義春の乞食論《 無能の人 》

 

 

 これって、敗戦前年、米軍のB-29の爆撃が始まった都内の安アパートでシラミに塗れて餓死した放浪ダダイスト辻潤の死様そのもの。旅の出自・機縁は人それぞれ千差万別だろうけれど、つげと辻の凋落から始まった出自は似てるけど、牽強付会すれば大泉黒石もその範疇に入るのだろうが、やはりつげの場合、幼児的トラウマに浸蝕された精神構造の面が強いのだろう。

 

 

 この本の著者・岩本薫は、つげの〈 世棄て願望 〉に言及する。
 蒸発して虚構=フィクションの人になった《 ゲンセンカン主人 》。
 そういえば、元々つげは少年時に二度も密航を企ていて、有名になってから、九州に蒸発行をやらかしたことがあった。実際は、短時日で帰京してしまったのだけど。

 

 

 「突き破ってしまうと、・・・・二三日するとスッと憑き物が落ちたように、あらゆる束縛から解放されたような、身も心も軽くなり、それが蒸発の効果だったとはそのときはわかんなかったんだけど。・・・・・自分はどこの誰でもない・・・・ゼロですね。無ですね。」   
                                                                              《 無能の人 》

 

 

 つげは“ 自ら決行した蒸発旅のなかでそれを〈 実感 〉してしまった ”、つまり蒸発への失望を、岩本は指摘する。《 ゲンセンカン主人 》の二年後に発表された《 やなぎ屋主人 》は、つげがひそかに憧れを抱き続けてきた蒸発者への惜別の歌だったのではないだろうか、と。
 ゲンセンカン主人と相似な、店のそれなりの年の娘と一緒になる展開が、実は男の束の間の妄想に過ぎなかったという物語で、一年後再び東京から同じ温泉地に赴く列車の中で、ふと、過日の娘との妄想的馴れ初めに想い到る。

 

 

 「 あの店先で年取った自分と彼女が佇んでいる情景が色褪せた古い記念写真を看るように思い出されてならないのだ。」

 

 

 自分の願望がもうひとりの自分をつくりだしてゆく、あるいはリビドーによってつくりだされた自分。・・・・それは憧れと諦念の分裂。と、岩本は分析する。 

 因みに、写真家マキエマキのセルフポートレイトが何点か挿入されている。 

 

 

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