1984世界的白闇の只中での黒石的刺笑は風雲再起、それとも鬱々たる鬼火? 四方田犬彦『 大泉黒石 我が故郷は世界文学 』
ようやく出たか、って思いの方が強い、四方田犬彦のアンソロジー《 大泉黒石 我が故郷は世界文学 》。
何しろ、最近でこそ、ネットに黒石関係の論説・ブログなんかが散見されるようになったけれど、以前は殆んどなかった未明的黒石状況ゆえに、一冊の本として出版されるのは正に枯渇的待望だった。
四方田は、黒石の構築したロシア文学世界の理解のために、自身の稚拙なロシア語学能力じゃ覚束ないと、わざわざ本格的なロシア語学習得に勤しんだという。 その上、黒石の遺児達の協力もあって、正に満を持しての一作。
読み始めてすぐに思い至ったのが、それほど多いわけじゃない黒石の長編すら、まだほとんど手つかずなままってのもあって、ともかく、〈 木を見て森を見ず 〉だった当方自身の余りの無知さ加減だった。
たとえば、雑誌《 象徴 》が黒石の主宰したものだとは初耳で、五号まで発行(1927年)されていたとは・・・黒石もずいぶんと頑張ったものだが。只、残念ながら、国会図書館に保存されているようにもみえず、古書を購入にしても高価でとてもとても実見の機会も覚束なく確認のしようもない。
知らなかった戦前・戦中・戦後の黒石のエピソードも、興味を惹いた。
東京の黒石の家で亡くなった例の盲目の祖母、黒石の作品に頻繁に登場するのである種の親近感すら抱いてしまってたけど、その気の強かった祖母の遺骨を長崎まで持ち帰った時、中島川( 一瀬川 )にかかった阿弥陀橋を少し下った芝居小屋の隣にある黒石の生家があった宮地嶽八幡神社に向かうと、
「神社の境内にある生家に向かって歩き出したが、もはや家の痕跡も残されていない。」
なんと、境内右側にあったはずの家が壊され跡形もなくなっていたという。
現在は、更地の駐車場になっているけど、もっと遥か以前、まだ黒石が活躍している時代に既に無くなっていたとは・・・。
四方田は触れてないけど、その隣の長崎で最初の常設芝居小屋・八幡座は、長崎オリジナルの歌舞伎物なんかすらやってて、戦前昭和でも、昨今色々話題になっている何代前か知らないが市川猿之助が、コスモポリタン都市長崎に題材を求めた異国情緒溢れる《 漢人韓文手管始 》なる演目を演ったりしてたらしく、子供の頃から、間近かで異国風味漂う演目・創作に刺激・影響を受ける環境にもあったようだ。
〈 あとがき 〉で、《 大泉黒石全集 》の発起人・編集者の由良君美と出版者の緑書房の社長中村利一が、まだ少年だった戦時中、黒石の《 草の味 》を実用書として読み、食用山草・野草の知識を得たというエピソードに、思わず感心してしまった。食用本草綱目の戦時版ってことで流布していたとは。
《 ひな鷲、わか鷲 》を、四方田は、はしょり読みしているようだ。
黒石自身の衒学趣味というよりも時節揶揄的言辞は、 当時の定番的言い回しを使えば、時局柄、発禁処分~検束・逮捕までの可能性高かった・・・この著述、生活的必要に迫られてのものだったのか、酔友・辻潤が必敗必至の日米開戦に驚倒し大日本帝国の狂態をあっちこっちに触れ廻っていたのと同様くらいには海外雑誌等によって情勢に通じていたろう黒石にあってみれば、当初から了解済みの帰趨、在日朝鮮人・椋下父子と山本五十六をその一つの隠れたメタファーに据えたのも、一歩踏み込んだ挑発的な意図の下に企図されたものとみるべきだろう。 ( 当ブログの《 一億総玉砕的故事 異説 大泉黒石『ひな鷲わか鷲 』 》2020年11月28日を参照 )
黒石の基本的な姿勢は、むしろ、不動とも言うべき。
刻々迫る終末的カタストロフのど真ん中でのシニカリズム・・・正に黒石的真骨頂。
恐らく四方田、短期間の間に、黒石の決して少なくはない短編・長編の大半の著作に眼を通したのであろう。
当方が黒石の著作を読み飛ばした箇所や未読の短編・長編への四方田の言及は、示唆する処多々あり、期待に違わぬ力作ではあったものの、時折、はしょり読みを思わせる箇所が、否、これはむしろはしょり書きというべきか、ふと違和感を覚えてしまった箇所がなくはない。
とりわけ、黒石の戦前最後の長編《 ひな鷲、わか鷲 》で、黒石のスタンスの躓きを断じたのはちょっと残念。けど、それはあくまで、物理的な不可抗力としてのはしょり読みの故と解するのが一番合理的な所作に違いない。当方的には、この黒石( 著者名は本名の大泉清だけど )の最後の長編《 ひな鷲、わか鷲 》の、今度こそはの四方田のどっしり腰を据えた論究を期待したい。
この《 大泉黒石 我が故郷は世界文学 》と合わせるように、同じ岩波から、黒石の大正時代のスーパー・ベストセラー《 俺の自叙伝 》も既に文庫本で発売中で、巻末に四方田の解説が付されている。
ひょっとして、この《 俺の自叙伝 》の売れ行き次第では、黒石の他の小説も日の目を見ることになるのだろうか。
《 大泉黒石 我が故郷は世界文学 》四方田犬彦 ( 岩波書店 )
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