麗江の門扉
( CITS指定の麗江賓館。かつてはそれなりに瀟洒なホテルだったのだろうが、当時はもうかなり朽ちた代物で、だだっ広いドミトリーにぼくや他の数人だけ。季節のせいか、じめついて洗濯物が乾かなくて閉口した。シャワーも先のない蛇口、トイレも人民厠的惨憺。それでも、人民中国の初期の頃の雰囲気が残っていて、嫌いじゃなかったけど、当然に、再開発で大きな近代的な建物に再建されたようだ。)
トンパ( 東巴 )教の聖地である白雪を頂いた玉龍雪山が背後に聳える標高2400メートルの高原の街、中国雲南省・麗江。
ぼくが訪れたのはかれこれ4分の1世紀前。
ここは、少数民族ナシ( 納西 )族の古城( まち )で、旧い銀灰色の甍の民家が網の目のように走る水路沿いに立ち並ぶ街並みが人気の観光地でもある。他の少数民族や漢族も住んでいて、人口百万人以上。
当時も既に観光地化されていたが、まだたまだ素朴な味わい・佇まいも残っていた。最近の様子をYOU TUBEで確かめてみると、軒並み叩き潰し、無味乾燥な高層ビル・マンションばかりが立ち並ぶという昆明の旧市街再開発みたいな行政的ゴリ押しは、さすがに為されてはいないようで安心した。それでも、当時には殆んど見られなかった紅提灯がづらり下がり、夜も煌煌と電飾三昧の中国の何処の観光地でも見られるような没個性的な街並みになってしまっていた。
当時、バックパッカー達の間で好まれたのが、釜めし。
入口の扉なんかをとっぱらって、ずらり並んだ七輪の上で、アルミの手鍋や土鍋や鉄鍋を載せ調理する光景を通りから見えるようにしていた。米線(ミーシェン)、餌糸(アルシ)、釜飯。釜飯(6元)は、ライスの中にジャガ芋、上にエンドウ豆、ベーコンを載せたもの。塩味。小皿に唐辛子と赤い大根の唐辛子漬けが付いてくる。勿論店によって具は異なるけど、総じて味は悪くはなかった。
当時はまだ改革開放路線そのままに、様々な環境も整っていない中での、中国民衆の試行錯誤的商才的発露といった風潮、沸々とした息吹が伝わって来て、面白くもあった。
当時巷で騒がれた商的成功者の象徴が《 万元戸 》、昨今《 億元戸 》と言われるようになって久しい。
ぼくが訪れたのは、大地震の翌年で、本来の佇まいとは異なったものかも知れない旧い街並みだけど、表通りの商店街から一歩奥へ入った細路に並んだ民家は、しかし、以前と変わらぬような落ちついた佇まいを呈していて、とりわけ興味を惹いたのが、各家の門・門扉だった。
中国の伝統的民家は、基本両開き扉で、旧正月=春節の際に貼ったものをそのままにしているのかも知れない縁起物の対聯や門神・年画。日本にはない風情がなかなかにエキゾチック。( 但し、対聯の貼られてある民家はひょっとして納西族じゃなくて、漢族の家屋だったかも知れない。納西族も漢族の文化・風習をけっこう受け入れているとは言われているものの。)
尤も、それは中国のだけにとどまらず、インドや中央アジア、アラブ世界の門扉も、それぞれ独特な意匠・様式を湛えていて、珍しく、つい写真に撮ったりしてきたものだ。
対聯や門神・年賀は、旧正月の前夜、年除日( 日本の大晦日に該当 )の陽が暮れる前には貼りつけてしまわねばなないってことらしく、その後、一家団欒で年夜飯( 年宴 )を楽しみながら、子供達は紅包( お年玉 )を貰い、年を越す。
勿論、対聯って、旧正月=春節の際だけじゃなく、慶弔時にも貼り出し、さすがに弔事の際には挽聯と呼ばれる白色紙の対聯。
左右の両柱に対聯を貼り、両扉には対の門神・年賀を貼る。一枚画の場合もある。扉の上の部分には、横批と呼ばれる聯も貼られるのが定番。
( この家は門の背後に影壁が設けられている。一種の魔除け。魔物・邪気は
直進する性質をもつらしく、それを阻止するための衝立。)
( この家の内なのか外なのか崩壊してるけど、これは朽ち果てたというより、
恐らく、前年の大地震の痕跡だろう。)
( 表側の石塀の単体の門石に、白紙に手書き文字で書かれた対聯は、上方の
横批「當大事」ともども、弔事の際に用いる所謂挽聯だけど、その少し奥
の扉には、春聯らしき紅紙の対聯と年画が貼ってある。)
( この通りに面した商家の単体の門扉も、白紙の挽聯が貼りつけてある。
二年の文字が見えてるので、服喪二年目か知れない。「孝」の字なので
も一つ定かじゃない。)
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