アメリカン・ドリーム、あるいは侵略主義(国家)の常道 解放奴隷・黒人たちの繁栄の街タルサの破壊
今秋10月7日、半世紀以上ユダヤ人国家イスラエル権力による武力攻撃を含んだ弾圧と追放・封じ込めに呻吟してきたパレスチナ、その一角ガザで支配的な存在らしいイスラム組織ハマースによるイスラエルへの奇襲によって勃発した侵略的圧制に対する叛撃←それを口実にしたイスラエルによる更なるジェノサイド。
すっかり露呈してしまった米ソならぬ米露の代理戦争でしかなかったウクライナ戦争。所詮、第二次世界大戦同様の帝国主義列強の植民地争奪戦の域を出るものじゃないってところだろうが、もはや新興とはいえない小帝国主義覇権国家・イスラエルの暴圧を、常に、そもそものイスラエル国家の仕掛人・英国ともどもに支えてきた米国。今回のパレスチナ・ガザに対するジェノサイドを、その完遂の時間稼ぎとばかりあれこれの詐術的な政治的パフォーマンスを繰り広げ、影に陽に支え続けている。
その米国で、解放奴隷・黒人たちが、長年に渡る白人たちによる差別と悪辣からようやっと免がれ、自分たちだけの、それも “ 繁栄 ”の街を作り出した次の刹那、嫉妬と憎悪に駆られた白人たちに襲撃され、一昼夜の内に、殺戮・略奪・焼却破壊され、灰燼に帰してしまった。
前世紀前半、約百年前の1921年6月1日。
場所はオクラホマ州タルサ。
前日に起った靴磨きの黒人青年が白人のエレベーター・ガールの腕に触れるハプニング( つまずいて触れたとか理由ははっきりしていなく、女性の側も告発はしていなかった )がたちまちタルサ市の白人の間に伝わり、翌日、裁判所に留置されていた靴磨き黒人青年の身柄を求めて、白人たちが集まり始めた。
白人女があの黒人に変な目で見られたと騒いだだけで、たちまち武装した白人たちが群れを成して現れてその黒人の抗弁なんか聴き耳もたずリンチ(集団暴行)の果てにそこら辺の樹の枝に死体を吊るすのが当時の白人たちの常套手段であった。( 戦後も暫く続いていた。) それを分かっている黒人たちも彼を助けようと、直前に終っていた第一次世界大戦に従軍していて帰国したばかりの元黒人兵たちも居て、もしもに備えて銃で武装していたという。
が、所詮、多勢に無勢。
数千人の白人に対して黒人たちはたった50人程。
やがて銃撃戦に発展し、黒人たちは彼等の居住区=グリーンウッドに退却。
白人たちにも死者が出、一層激高し、黒人たちの繁栄の街グリーンウッドに押し寄せ、殺人・破壊・略奪と暴力の限りを一昼夜尽くし、店舗や民家どころか病院や学校まで焼き払った。翌日、戒厳令がしかれ、オクラホマの州兵が登場してようやく沈静化。
結果、数百人( 正確な数字は現在でも定かでない )の黒人たちが殺害され、八百人近くが病院に運ばれ、幾千人もがグリーンウッドから他の収容施設に強制的に押し込まれた挙句、一万人近くが商店や家を失ったという。
勿論、暴徒の白人たちの誰も罰を受けることもなかった。
グリーンウッドは、別名“ ブラック・ウォール街 ” とも呼ばれ、黒人起業家たちが多数集まって、黒人たちだけの街区を形成し、映画館や新聞社まで網羅した自立とプライドに満ちた黒人の街であって、周辺の白人たちにとっては、とりわけうだつの上がらぬ白人たちにとっては、嫉妬と憎悪の対象でしかなかった。要はどんな些細な出来事でも、自分たちよりも豊かな溌溂とした“ 二グロ輩”を叩き潰し高く吊るす口実には十分であったのだ。
事件後、生存者の大半が家をなくしたりして、タルサ市を去っていった。
公式的にはほとんど記録されず、1960年代になると、最後まで居続けた黒人たちの老朽化した住宅や店舗が、都市再開発の名のもとに、強制的に破壊され、所有者の黒人たちは追い出されてしまったという。
タルサ暴動( タルサ人種虐殺 )がやっと公式に認められグリーンウッドも観光客が訪れるようになった現在でも、黒人たちの営っている店舗なんかは皆賃貸の借店舗でしかなく、本来の彼等の所有権は奪われたままだという。
このタルサ人種虐殺事件の二年前、1919年は、大戦やロシア革命等色々な要因が重なって、赤い夏と呼ばれる人種( 白人たちの襲撃 )暴動が全米で頻発した年で、七月、シカゴ人種暴動が起り、白人の暴徒が、十三日もの間、黒人の住居や商店を破壊し、1000世帯の黒人がホームレスとなってしまった。
タルサの先駆けと云えなくもない。
第一次世界大戦で徴兵されて戻ってきた黒人帰還兵たちの存在が、以前の一方的に白人たちの暴虐に虐げられるばかりの黒人たちと一線を画し始めたってことはあったようで、黒人たちの抵抗で、白人たちにも死者が生じるようになって、事件によっては白人たちの死者数の方が多いケースも出て来るようになった。
百年近く過った現在でも、米国中で、黒人たちに対する差別と暴力は後を絶たず、人種差別的リンチをヘイトクライムとして罰する法案ができたのは、何と昨年!のことなのだ。
黒人男性の千人に一人が警察によって殺害されている国=アメリカ合衆国の、これは面目躍如ってことなのか。
民主主義のお手本の国とか、世界の法の番人=警察とか自画自賛も喧しかった米国の、言語を絶する虚偽と悪辣の権化振りは、やっぱし、元々のルーツ=英国譲りなんだろう。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと世界に侵略支配という名の、暴力と虚偽、ありとあらゆる諸悪・災厄の種子を撒き散らしてきたのだから。
タルサで白人たちが繁栄した黒人街区を妬み破壊した同じ1921年、オクラホマ州の西隣の四州( フォーコーナーズ )に跨って居住するアメリカ先住民ナバホ族の居留地( 保留地 )で、スタンダード石油が大油田を発見。この辺りは、地下資源の宝庫の観すらあって、その殆んどが先住民部族たちの居住するエリアにあった。当のタルサも「世界の石油首都」と呼ばれる程に石油景気に沸いていて、同じオクラホマ州のオセージ族の居留地にも石油が出ていて、米国先住民部族の中で一等豊かな部族と云われてきたらしい。
オセージ族の場合、当時の悪辣な米国権力・企業および入植者=白人たちの手口を知悉していたのか、地下資源=鉱物資源の権利を管理権ともどもに確固として掌握していたようで、油田採掘で潤沢な利益を部族全体で享受してきたという。
殆んどの在米の先住民部族( アメリカ・インディアン )は、1830年に施行された《 インディアン強制移住法 》で、元々の豊かな先住民部族の先祖伝来の領地から追い出され、オクラホマや周辺の白人たちが到底住めないような不毛の地に意図的に集中的に移住させられ、ありとあらゆる詐術を駆使した米国権力に、最初割り当てられていた居留地の土地もどんどん削られ、そこに新たに白人の入植者や企業が入り込んできて更に横暴・悪辣の限りを尽くし、現在の惨憺たる悲惨な境遇に呻吟することとなってしまった。
オセージ族はそれを先読みしていたってことだろう。
同じオクラホマっていう訳でもあるまいが、黒人たちの繁栄の街・タルサとは又状況が異なって、何十人ものオセージ族の人々が、白人たちによって殺害され、その多くが未解決事件として捨て置かれてきたのは、未見だけど最近封切られた、マーティン・スコセッジ監督の《 キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン 》にも描かれているらしい。
ともかく、当時のオクラホマはゴロツキ=白人たちの悪事やりたい放題の州だったようで、タルサ事件の当時の警察署長自身、グリーンウッドの黒人たちが襲われている時にも最初っから傍観を決め込んでいたのが、やっぱし、もう腐敗・汚職の百貨店みたいな輩だったという。
因みに、これは最近のデータだが、1999年~2015年の間に、警察等白人たちによる銃撃やらで死亡した先住民の数は、「 人口 100 万人あたり 2.9 人であり,黒人の 2.6 人よりも多く,白人の 3 倍以上」(《 アメリカ先住民の貧困と自己責任論 》野口久美 )とある。
オクラホマ州の西側の四州( フォーコーナーズ )に跨ったエリアに豊富なウラン鉱脈があり、ここでもとりわけナバホ族の居留地に一番集中しているらしい。
但し、オセージ族居留地と相違して、このエリアじゃ、地下埋蔵資源の所有権・管理権が、白人権力・企業に横領・強奪されたままで、ナバホはじめ他の部族たちは貧しさの故にそこの鉱山で働かざるをえず、白人権力・企業の悪辣・でたらめなナウラン鉱山管理・運営のため、必要不可欠な設備・装備も与えられないまま剥き出しの放射性物質に晒され、多年、今現在も放射性障害に苦しんできているという。ブームが去ると、白人権力・企業は、廃鉱の事後処理もすることなく放棄したまま退散し、大量の主なウラン成分を採った残石( 尾鉱 )から出る放射性物質による放射性物質汚染が地下水にまで滲透し、いよいよ深刻な問題になっているという。
これは何も北米だけじゃなく、中米・南米なんかでも同様に、英国はじめ欧州の帝国主義国家=白人たちがキリスト教会と伴に、侵略・虚偽・略奪を常道として悪辣の限りを尽くしてきた侵略史そのままに、遙か離れた中東のパレスチナの地でも、イスラエル国家・権力が、殆んど相似に悪辣の限りを尽くしているのには、さすが当方も今更ながら辟易してしまった次第。
タルサの白人たちの、同様に黒人たちの街グリーンウッドへのあれこれ口実を設けての暴力と虚偽の侵略的攻撃に、余りに相似。
イスラエルの閣僚が、わざとらしく、ガザに対する核攻撃をほのめかしたらしいけど、そういえば、ベトナム戦争の折にも、米軍の高官が、やはり北ベトナムに対する核攻撃をほのめかしたのも有名。
( 1919年、ネブラスカ州オマハの人種虐殺暴動。白人たちが、裁判所を襲撃し、黒人青年ウィル・ブラウンをリンチの後、焼殺。真偽定かならぬ白人女の強姦容疑を口実に嗜虐されたウィルの背後の白人たちの愉悦。この構図って、世界中のあっちこっちで見て来た図でもある。勿論渦中のイスラエル兵士たちのそれでもある。それにしても、人間の業の一言で片づけられるものなのか。)
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